冷たい缶の温もり

sui

冷たい缶の温もり

夜の静かな港町。

潮の香りとともに、海風が肌を刺すほど冷たく吹き抜けていた。


少年は古びたベンチに座り、小さな缶コーヒーを両手で包み込むように持っていた。

自動販売機で買ったばかりの冷たい缶。

なのに、その金属の冷たさは妙に心地よかった。


なぜか今日は、温かい飲み物じゃなくて、冷たい缶コーヒーが欲しかった。

指先は冷えているのに、心の奥にだけ、じんわりと温かさが広がっていく気がした。


遠くに見える港の灯り。

波音。

誰にも聞こえない小さなため息。


少年は思い出していた。

あの日、父親と一緒に来たこの場所。

缶コーヒーを渡されて「飲めるか?」と笑われた、あの夜。

子どもの自分には苦くて飲めなかったけれど、あの缶の冷たさと父の手の温かさは、忘れられなかった。


だから今日は、あの日と同じ缶コーヒーを買った。

飲めないとわかっていても。

それでも不思議と、心が少しだけ軽くなった。


「また、いつか。」


小さく呟いて、少年は冷たい缶を握ったまま目を閉じた。

その冷たさが、いつかの温かさに変わる気がして。

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冷たい缶の温もり sui @uni003

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