第2話「食える肉、食えない肉」

焚き火の上で肉を焼く音と香りに包まれ、思わずため息がこぼれる。


「……やっぱり、戦場よりはだいぶマシだな……」


 肉はうまいし、誰にも襲われない(今のところ)。

 しかしこの“異世界グルメ体験”も束の間、背後からガサガサ、と草を踏む音。

 

「……え?」


 振り向くと、数人の村人らしき男女が、木の陰からこちらを覗いていた。


 しかも、なんか……

 全員、めちゃくちゃ怖がってる。


 「あ、あの……!」


 一番年かさの男が、おっかなびっくり声をかけてくる。


「そ、その……それ、どうやって倒したんですか?」


 俺は苦笑いで答えるしかない。


「……普通に、ナイフで。あと、運良く急所突けたんで。」


「な、ナイフ一本で……!? しかもこんなサイズのボアを……?」


 ざわめきが広がる村人たち。

 ちょっと待て、これ、もしや悪目立ちしてる?


 

「えーっと、あんたら、この辺の村の人?」


 頷く村人たち。

 どうやら、この辺りの危険な魔物(ボアも含む)は、村を襲うから討伐対象らしい。


「……あの、それ、良かったら村まで持ってきませんか?

 報酬も、出せる範囲で払いますんで!」


  ――まったりスローライフ(仮)、即バイト決定。


「まあ、俺も食い扶持が欲しいし、助かるよ」


 なんだかんだ言いながら、デカいボア肉を背負って村へ向かう。


 


 道中、こっそり村娘っぽい子が

「……なにあの人、軍人さん? それとも冒険者?」とひそひそ声。


 いや、無職だよ!

 ……って心の中で突っ込みながら、内心ちょっと和んでしまう。


 


 ――でも、村の入り口には立派な教会が。

 思わず足を止める俺。


【信仰値:-99999】の文字が、視界の端でちかちか点滅している。


「……あそこだけは、近寄るなってことだよな……」


 未だに神なんて、大嫌いだ。



 玄関の戸口で、教会の男たちがわらわらと覗き込んでいる。

 ざわめきと、微妙な敵意の空気。


「そ、その男だ!加護石が真っ赤に――」

「悪いモノを連れてきたんじゃ…」

 

 だけど俺は、無言のまま椅子からゆっくり立ち上がる。

 何も言わず、ただ一歩ずつ、ゆっくり、静かに近づいた。


 ――まるで森の中でボアに忍び寄る時みたいに。


 右手を、ナイフの柄にそっと置く。

 顔は無表情、でも殺気だけは隠さない。


 村人たちの間に、ピン、と緊張が走る。

 誰もが一歩、二歩と後ずさる。


 そのまま、完全な沈黙で玄関まで詰め寄り、

 男たちの目を真っ直ぐ見て――


 ……何も言わない。

 だけど、“いつでもボアのように捌けるぞ”という圧だけは、

 場の空気にねっとりと広がる。


「ひっ……」

 思わず声を漏らして腰を抜かす神父。

 後ろの青年たちも、明らかに戦場経験ゼロの動きで戸口から転げ落ちる。


「悪いけど、俺は静かに食事がしたいんだ。

 邪魔するなら、もう少し静かにしてくれ」


 低く、短く、それだけ呟いて

 またエマたちの方へとゆっくり戻る。


 背後で誰かが「な、なにあれ……」「人間の目じゃない……」と小声で震えている。

 エマだけが「ごめんなさい、私の家だから大丈夫です」と、

 必死に場を和ませようとしてくれていた。


  ――まったりスローライフ(※予定)は、今日も遠い。

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