04 ルシア先輩
ルシア・ヴァーチュ先輩。
テフル魔法学園最高学年の6年生。
【記憶の魔法】にて異世界の高度な薬学と医療知識を得ており、自身の魔力適性と相まって救護クラブの部長を務めている。知識を用いた新たな薬や治療法を幾つか発表していて、まだ学生の身分にも関わらず既に治癒魔法使いとして名が知られている存在だ。
異名は聖女。知識と能力だけでなく、面倒見がよくお人好しとも言えるが安心感を与える柔和な性格から誰ともなくそう呼ぶようになった。
性格を現しているような柔らかな茶髪に、意志の強さを写した少し目尻が上がった大きな瞳。ちょっと抜けたところもあるけど、優しくて頼りになる先輩の事を嫌いな後輩はまずいない。
まさに、THE主人公。
私とシシーが所属するクラブの部長と言う事で、先輩の中では一番関わり合いがある。
例に洩れず、私も優しいルシア先輩が大好きだ。
救護クラブと言うのはテフル魔法学園に9つある、生徒達が授業以外で各種活動する部活の一つ。
1年生は全員が絶対参加。しかも魔力適性からいずれかのクラブへ強制的に振り分けられる。
魔力適性は生まれ持った属性…その人が一番使いやすい魔力の系統を指す。大きく9つに分類されていて、同じ数あるクラブの活動内容はその特性に沿っている。
救護クラブを例にすると、学園関係者の治療ほか健康状態を測る活動を、治したり守ったりする魔法が合っている生徒が入部し行う。
ちなみに2年生以上は入部の有無含めて自由に選べる。魔力適性は使いやすいと言うだけで、適性外の魔法が使えないって訳じゃない。適性外の魔法を覚えたいと思って、1年生で振り分けられたクラブとは別のクラブを選ぶ事は珍しくない。
ルシア先輩は6年間救護クラブらしいけど。
閑話休題。
「このまま未来が『カログリア王国戦記』と同じになったら、ルシア先輩は何度も悲しむ事になるんだよねぇ」
主人公と言う事もあり、ルシア先輩は最後まで生き残る。
だけど先輩にとっての大切な友人や仲間の多くが消えてしまう。誰かが消える度に先輩は悲しみ、どれだけ医療知識があっても戦場では大して役に立たない現実に自分を責め、聖女と言う異名にすら苦しめられる。
何よりラスボス…戦争を引き起こしたとされ最後に戦う人とは旧知の仲と言うのもあって、とにかく終始ルシア先輩には悪い事だらけだ。いや、戦争に良い事なんてないんだけど。
そもそも作者が語るには「怪我でも病気でも一切の苦しみ無く安らかに逝ける方法を、魔法でやりたかった」が、執筆するきっかけときたもんだ。お陰様で描写的にはとても素晴らしい場面の数々を見せていただいたけど、現実的には、と言うかルシア先輩的には救いがない。
戦争が終わった後のラストのルシア先輩だって、まぁそれはそれでありだとは思うけどハッピーエンドとしてはどうよってもので…。
そんなんだから名作なのに最初売れなかったんだよ! なんて…。
「私も、死んじゃっているっぽいしなぁ」
『テフル魔法学園生シシー』には私、ローリ・クレインも登場している。同じクラブ所属とあって、主人公シシーがクラスメイト以外で仲良くしている同級生のキャラクターとなっている。
アニメの絵姿を見ても、私で間違いない。
ただし『テフル魔法学園生シシー』のローリ・クレインが【記憶の魔法】で何らかの知識を得ている描写はないのだけど……この違いは一先ず置いといて。
『カログリア王国戦記』内でルシア先輩の後輩は、一巻の段階で所在不明の1名を覗いて壊滅したと先輩自身が述懐し、三巻ではある人が全滅したと明言している。
この場合のルシア先輩の後輩とは、救護クラブの後輩を指す。
後から作られた作品の主人公だから仕方ないけど、『カログリア王国戦記』にシシーは名前すら出てこない。ついでに私も。
でも読者からの質問コーナーで作者が、私とシシーが先輩にとって最後の後輩、と述べているから私もシシーも全滅の内に入っていると考えていいはず。ファンもそう認識していて、主人公なのに…とシシーの扱いを憐れんでいる。
所在不明の1人とやらについてだけどこれも質問コーナーで作者は、シシーではない、とだけ答えるに留めて誰なのかは明かしていない。
「ごちそうさまでした」
考え事しながら黙々と口に運んでいた雑炊が食べ終わった。
大変美味しゅうございました。
ふぅと人心地がつくと、また扉が開く音がする。
「あ、食べ終わった?」
「ルシア先輩!」
扉の方を見ると、入って来たのはルシア先輩だった。
「ちょうど食べ終わったところですぅ」
「そう。なら一緒に来てほしいのだけど、動けそう?」
「はい問題ないですけどぉ、どちらへ?」
「学園長先生の離れに。ローリが起きた事を伝えたら、連れてきてって」
「えぇ…」
「身構えなくて大丈夫だよ。私の時も起きてすぐお話させてもらったけど、予期せず得てしまった知識をどうすればいいのか、これからどう過ごせばいいのか、学園長先生なりに気遣ってくれたお言葉を掛けて下さったの。お陰で自分の中で整理が付いた、と言うより整理する気になれた」
学園長の呼び出しと聞いて素直に緊張が顔に出る私に、ルシア先輩は優しく微笑み掛けてくれる。
「私とローリへの言葉が同じとは限らないけど、きっと、今のローリに必要なお言葉をくれるよ。こう言う時の学園長先生はとても頼りになる方だから」
「普段暇だからって、生徒達を巻き込んだお遊びを満喫するような困ったさんなのに?」
「それは…普段は、そうだけど。そのお遊びだって一応、魔法使いに必要なあれそれを生徒が学べる仕様になっている訳で、一応…。だからそうだけど、そうじゃなくて、えっと」
忙しなく視線が左右を行き来するルシア先輩の反応に、笑いをかみしめる。
ルシア先輩をいじるつもりはないのだけど、学園長についての認識は関係者なら皆同じ。1年生の私より6年間ガッツリ関わって来たルシア先輩の方が身に染みて分かっているので、フォローしたくても私を言いくるめる良い感じの言葉が上手く出てこないようだ。
これ以上ルシア先輩を困らせてもいけないので、ベッドから降りて準備する。
「3日も寝ていた割には服とか綺麗なままですねぇ。髪もべたついてない」
改めて自分の身なりを確認すると、学園から支給される制服の内、ローブだけがないシャツとスカートの状態。チラリとシャツを少し開いて中を覗き見るに、下着も【記憶の魔法】の授業を受けた日と同じ物で、つまり3日前のままだ。
でも不快感はない。お風呂にも3日入っていないはずなのに。
「衛生は大切だからね」
私の疑問にルシア先輩が微笑みながら答える。その腕にはローブが。
赤色なので、どうやら私の物のようだ。制服は基本デザインこそ同じだけど、学年ごとに色が分かれている。1年生は赤色、6年生なら緑色と言った具合に。
「意識がない人、意識があっても自分で身なりを整えられない状態にある人には、清潔さを保つ魔法を掛けるようになっているの。今年でその処置が必要になったのはローリが初めてだから、知らなくても仕方ないね」
「なるほどぉ」
予想通り差し出された赤色のローブを羽織る。
成長を見通してやや大きいサイズで作られている1年生用のローブにもたもたと袖を通していると、後ろからルシア先輩が髪を整えてくれてくすぐったさに頬が緩む。
髪も制服も、身なりがすっかり整え終わったところで「じゃぁ行こうか」とルシア先輩に先導される形で救護室から出た。
向うは学園長先生の離れ。
テフル魔法学園の学園長。名前は……いつも「学園長」「学園長先生」って呼んでいるから、咄嗟には出てこない。覚えていないんじゃないよ? ど忘れだよ?
普段はさっき言ったように、暇にまかせて生徒を巻き込むような困ったさん。茶目っ気たっぷりの好々爺ってやつ。
『カログリア王国戦記』には出てこないけど、魔法学園が舞台の『テフル魔法学園生シシー』は度々登場している。暇つぶしと称し時には問題児クラスである1年3組すら翻弄する、とても愉快で愛嬌のあるキャラクターだ。あくまでも蚊帳の外で眺める分には…ね。
まぁ、稀に厳格な姿勢や生徒思いな教育者としての一面も見せるから、生徒は嫌う事なく「おじいちゃん」のような感覚で学園長を慕っている。
かつては天才の呼び名をほしいままにした高名な魔法使いで、現在でも魔法使い界の重鎮として絶大な影響力を持っている、らしい。
ーーーあ、そうか。
「学園長先生なら、戦争を止められるかも…?」
「え? 何か言った?」
「いいえ、何でもないでぇす」
つい零してしまった呟きに前を歩いていたルシア先輩が振り返る。
内心では必死に誤魔化しつつ、ふと湧いて出た希望に胸がドキドキしていた。
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