ローリ・クレイン。13歳

01 目覚め

「あ、起きた?」

 

 思考が定まらないまま見覚えのある天井をぼんやりと眺めていたら、視界を遮ってこちらを窺い見るよく知った顔が現れた。

 

「ルシア先輩? …ここって」

「救護室だよ。気分はどう?」

「寝起きで頭がぼんやりしていますぅ。…あれぇ? 私、いつ救護室に?」

「ローリ、貴女は3日寝ていたんだよ」

「えぇ………は!? 3日!?」

「ああ、急に起きちゃダメ」

 

 寝起きで働かない頭だけど、救護室で休んだ覚えがない事だけは思い出す。

 じゃぁ、なんで救護室にいるんだろう。と疑問をそのままに口にしたら思わぬ答えが返って来て心底ビックリした。

 慌てて起きようとしたけど、ルシア先輩にベッドへ押し留められる。

 そのまま腰を下ろしたルシア先輩が私の脈を測り始めたので、状況は分からないままだけど、邪魔にならないよう静かにする。診察中治療中のルシア先輩の邪魔はしない。救護クラブのお約束である。

 

「…うん、問題なさそうだね。さて、寝る前と寝ている間の事は覚えている? ローリは授業で【記憶の魔法】を習ったんだよ?」

「記憶の魔法……あっ。そっか…私…」

「そうそう。自分以外の記憶は、面白かった?」

 

 よく分からないでいた自分の状況が、ルシア先輩からのヒント1つですぐに理解出来た。

 同時に夢の中の光景が鮮明に蘇る。

 夢の中で自分が見たモノ、知ったモノ。

 それら全てが夢だけど夢じゃない事実に、自覚した心は酷く慄く。

 だけど、

 だけど、

 その内容は間違いなく…。

 

「はい。ドキドキ、ゾクゾク、わくわく、ハラハラがいっぱいで、凄かったですぅ!」

 

 抑えられない感情を目一杯に込めて私は答えた。

 自分でもとびきりの笑顔だったと分かる。それを見てルシア先輩も朗らかに頬を緩ませた。

 

「あはは、凄い感想。混乱はないようで安心した」

「つい読み耽っちゃいましたけど、3日も経っている自覚はなかったです! なんか、なんか、そう言う意味でも、凄いです!」

「私も同じだったから分かるなぁ。夢の中だからね、時間感覚は当てにならないんだよ。3日と言うのは目安と目印みたいなもので、大抵の人がそれくらいで起きるらしいの」

 

 自覚した途端、興奮で一気に熱が上がる私の頭をルシア先輩が「どうどう」とゆっくり撫でて落ち着かせてくれる。

 ルシア先輩の掌に小さな光が宿っている。【癒しの魔法】かな? 頭だけじゃなく、火照っていた顔にもひんやりとした感触あって、気持ちいぃ。

 なるほど、こう言う使い方もあるのかぁ。

 

「吸ってぇ~吐いてぇ~。…落ち着いた?」

「はいぃ」

「うん、良かった。ぶり返したら、今の感覚を思い出して」

 

 促されるままに呼吸を繰り返していると、私の急激な興奮はいつの間にか冷めていた。

 ルシア先輩の手が離れていく。お礼を言おうとルシア先輩の方を見ると、好奇心に満ちた瞳と目が合う。

 

「因みになんだけど、どんな記憶だったのか聞いていい?」

 

 ちょっと気恥ずかしそうに聞く姿がさっきまでの大人のように頼りがいのあるお姉さんではなく、年相応の少女そのもので素直に可愛いと思った。

 でもそうだよなぁ。この人も、今はまだ、18歳だもんなぁ。楽しそうな事、面白そうな事に目がないお年頃だよなぁ。

 そう考えたら自分の頬が自然と緩むのが分かった。

 しかし困ったな。

 どんな記憶と言われても…。

 

「あー…えっとぉ…」

「言いたくないなら無理に言わなくてもいいよ。継承した記憶の内容は当人だけのものだから」

「いえ、言いたくない訳じゃなくてどう言えば分からなかっただけですぅ。一言で言えば物語でして、それも沢山シリーズがありましてぇ。あぁ、それに関しての感想みたいなのも幾つか。…そう考えたら、3日で見終わる量じゃないかも」

「それはまた膨大な。でもそっかそっか、ローリが継承したのは物語だったんだね」

「…この世界の物か、異世界の物かは分かんないですけど」

「うん、まずそこから調べるのが醍醐味みたいなものだから」

「どっちにしろ、ルシア先輩みたいに世の為人の為に使える情報じゃなさそうですぅ」

「そんな事はないよ。ローリと同じく、継承した情報が物語だった人達も勿論いる。過去その人達が名を残した事例は幾つもあるのだから」

 

 私がこっそり混ぜた嘘にルシア先輩は気付かなかったらしく、ニッコリと見る人を安心させる笑顔を浮かべながら再び私の頭に手を置く。

 

「でも忘れないで大切なのは世の為人の為に活用する事でもなければ、名を残す事じゃない。そっと自分の胸の奥に仕舞ってもいいの。大切なのは、その情報をローリがどう受け止め、どう昇華するかなんだから」

 

 ルシア先輩の言葉と瞳には溢れんばかりの優しさと、その根底にある意志の強さあった。

 

ーーーあぁ…、やっぱりこの人は“主人公”なんだなぁ。

 

 私がそんな事を思っているなんてルシア先輩は予想もできないだろう。だってそれは、あの物語と言う情報を継承した私にしか分からない事だから。

 黙っている私をどう思ったのか、ルシア先輩はぽんぽんと二回程私の頭を撫でて立ち上がる。

 

「さて、何か食べ物を貰ってくるよ。3日も寝っぱなしでお腹が空いているでしょう?」

「……本当だ」

 

 ぐぅー。指摘された途端鳴り出したお腹の虫。

 くすくすと笑いを零しながら「ちょっと待っていて」とルシア先輩は救護室を後にした。

 

「ふぅ…」

 

 ルシア先輩を見送ってから改めて救護室の天井を眺めながら息を吐くと、脱力して重くなる身体を救護室の柔らかいベッドが優しく受け止めてくれる。

 救護室には私以外いないらしく、シーンと静まり返っていた。そんな所に1人でいると耳鳴りと共にさっきの急激な興奮とは違う何かが込み上げてくる。

 

 落ち着け、落ち着け。

 

 私の名前は、ローリ・クレイン。13歳。

 テフル魔法学園の1年生。

 よし、ちゃんと覚えている。ちゃんと私は、私だ。

 

 一度深く、深く息を吸ってゆっくり吐き出す。

 それからルシア先輩に教えてもらった感覚を思い出して自分を落ち着かせる。

 

 よし、よし。

 もう少しこのまま、状況を冷静に整理しよう。

 第三者目線で自分を見る事は大事だって、先生も言っていたからね。

 

 

 ここは魔法が存在する世界ーーーカログリア王国。

 

 世界の中央に位置する首都メディウムを中心に、各地方に都市や街、村が形成されている。

 テフル魔法学園は首都メディウムにあって、魔法適性のあるその年13歳になる子供が世界中から集められ最長6年間のカリキュラムを学ぶ。

 魔法適性に身分は関係ない。血筋は…多少の影響はあるかな。

 要は、いつどこに魔法適性を持った子が生まれるかは分からないって事。現に私も平民である。

 生まれると同時に魔法適性がある事は分かり、テフル魔法学園への入学資格が与えられる。魔力を持つ者が最低限覚えなければならない事を学ぶので、入学は義務だ。

 代わりと言っては何だけど、入学費に授業料、その他在学中の諸々の費用は全部国持ちでタダ。世界中から集められる事をふまえて全寮制なのだけど、生活費も勿論タダ。

 成績次第だけど就職にもほぼ困らないとあって、貧しい家ほど子供に魔法適性があると喜ばれる。私の家は貧しくはないけど、稀有と言う事もあってやっぱり喜ばれた。

 そう、魔力を持つ者は稀有な存在だ。

 国が費用を持つのも人数がそう多くないのもあるけど、教育を施した魔法使いにはそれだけの価値があるから。

 

 さてさて、“世界設定”はこれくらいで良いかな。

 何はともあれ、そんな訳で私ローリ・クレインは13歳になるこの年にテフル魔法学園に入学したわけなのである。

 親元を離れての寮暮らしに不安や戸惑いがないと言えば嘘になるけど、生徒全員が同じ条件なのだし、明るく迎えてくれた先生や先輩達が細やかにサポートしてくれたお陰で前向きに受け入れられた。何より元来好奇心旺盛な私にとって、入る者が限られている魔法学園と言う場所に行ける事自体にこそ心が躍った。

 実際に学園生活は驚きの連続で、日々何処かしこで大小様々な事が起き退屈する暇がない。ハラハラドキドキが沢山で、私は非常に満足していた。

 そうして、最初の長期休暇を越え1年生が魔法学園の環境に慣れた頃、合同授業で新しい魔法を教わる事になった。

 

 それが、【記憶の魔法】である。

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