第十楽章

 館の裏に設置してあった大きな乗り物に乗って、向こう岸へと渡っていく。


「この…ろーぷうぇい?があったら怖い思いしなくて済んだのに…」


「怖い…?もしかして、行きはロープウェイを使わずに?」


激しく頷いてやったら、ミアは大爆笑した。そんなにロープだけで来たのがおかしいか…?


「おっ、着いたぜ」


ミアが、閉めていたドアに鍵を差し込む。閉じた状態がきつかったのか、鍵を回した瞬間勢いよく外へ開いた。


「んじゃ、正二らのとこ行くぞ」


「あ、はい」


館の背が歩くたびに遠ざかってゆく。しかし、歩くたびに正面は近づく。そんな当たり前のことを感じながら、雑草を渡っていった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「おーい。正二、乗せてくれ~」


「…早く乗んべ」


行きは水月と僕だけで来たから、荷馬車は少しだけ広々と乗れた。しかし、三人となると…僕は一番小さいので、押しつぶされそうになった。


「東風、前行ったらどうだ?」


ミアに誘導されるようにして、僕は前の運転席っぽいところに座らされた。隣には、もちろん正二さんがいる。


「……」


「……」


やっぱり話すのは明日でもいいかなぁ…?この状況から会話を成り立たせるのは結構キツイぞ。しかも猫は被れない…。


「は、ハクシュッ‼」


「ウェイ!」


び、びっくりしたぁ…。どこかで爆発でも起こったのかと思いましたよ……。


「だ…い丈夫?」


「あ゛ぁ」


うん、絶対大丈夫じゃない声してる。というか、返事の時に視線も合わせてもらえなかったよ?ここからどうやって友達ってヤツになんだよ?!


「あのー…正二さん」


「…なんでぃ?」


「友達になってください」


「は……?」


やっちまった…。目的達成のための手段が全て塞がれたときに、後はどうにでもなれ——ってするヤツ。


「と…友達だぁ?」


「あ…ハイ。友達…」


余程驚いたのか、今度は顔をこちらに向けてくれた。驚愕した表情に、僕自身も怖気づく。


「おめぇ、また嘘つくんのか?」


「あー…っと…しないように努力します…いや、努力するぜぇ…?」


「は…?」


猫被るって、どういう意味だっけ?敬語は猫を被ってるのか?猫を被らないで話すのって、どうすんだ…?


「おめぇ、ホンマに大丈夫か?」


「大丈夫で…だぜぇ」


「重症だべ…」


やっぱり無理だ!そもそも素の自分ってのを十分理解できてねぇ!


「と、とにかく友達になってくだ…なりやがれぇ?」


「……あ―もう分かったかんよ、その話し方やめてけんろ!」


今分かった、って言った?もしかして成功した?……意外と簡単だったな。


「ありがとうご…ありがとよ…?」


「ダメだ、こりゃぁもう無理だ…」


正二さんは項垂れてるけど、一応成功で良いだろう。…というか、さん付けもしない方が良いのか?


「正二さ…正二、今どこに向かってるんで…向かってんだぁ?」


「あの東風が呼び捨て……ミア、あいつ何したんべ…?」


どうやら行先はしばらく答えてくれなさそうだ。まぁ、ミアに聞けば分かるだろう。荷馬車を覆う布の間へ手を入れ、のれんのように布を上げる。


「ミア、行先って分かる?」


「水月に聞け~」


あ、あいつ…正二も水月も一気に仲直りさせるつもりか…!正二だけでも疲れたのに…。


「あー、水月…さん、行先は分かりますか?」


「オラにはため口なんべか…?」


外で正二がぼやいているが、気にしないでおこう。


「安心して…ちゃんとあなたを集落に戻してから薫風は助けに行くから」


安心できない。確かに兄さんも助けたいとは思うけど、ちゃんと薫風さんも助けるつもりだった。それに、何故か集落には戻れないし。


「僕、絶対集落には戻りませんから」


「え?ど、どうして?」


「僕が集落に戻ったら、兄どころか薫風さんの救出まで遠のいてしまいますよ?」


兄を助けたいという本音は隠さない。隠してしまえば、嘘をつくことになる。嘘をつけば、猫を被ってしまうかもしれない。


「…ねぇ、東風は青嵐か薫風のどっちかが助かる場合、どうするの?」


「え…?」


「こんなこと聞くのは酷いかもしれない。でも、私はずっとこれが気がかりだった」


兄か薫風さん、どちらか一人だけを助けられるなら…。


「もしかしたら、東風と敵対するかもしれない…。そんなこと、私は起こってほしくない」


僕だって、水月達と敵対する勇気はない。というか、そんな事態になってほしくない。


「確かに水月と敵対してしまうかもしれない。でも……」


でも、僕は……。兄よりも大切なモノは、まだない。でも、僕は水月と敵対してでも…。


「でも僕はあなた達と敵対してもいいから、仲間になりたい」


「…?矛盾してるように聞こえるんだけど…?」


さっきまで黙っていたミアが発言した。


「だから、僕も敵対するのは嫌ですよ。でも水月達の仲間になれないことは、もっと嫌です」


自分でもよく分からない主張をしていると思っている。でも自分の本音を自分の言葉で言ったまでだ。何も恥じることはない。


「良く分かんないけど…東風は仲間になりたいっつう話か?」


「そう思っといてください」


「東風、結局…どうなの?二人を救えないとき……」


水月が遠慮がちに聞いてくる。自分が水月への返答を濁していたことに、今気が付いた。


「…やっぱり、兄を優先してしまうかもしれない。でも、二人一緒に助けることが出来れば…!」


「……うん。じゃぁ…沢山練習しないとね!」


無理して笑っているのか、スッキリして笑っているのか…僕はまだ水月のことをよく知らない。ミアのことも、正二のことも。薫風さんだって、よく分かんない。


「おめえら、オラん村に着いたべ」


「は?なんで正二の村なんだ?東風等の小屋がある山はどうしたんだ?」


ミアが僕に答えを求めてくるが、僕だって分かんない。正二がどういう意図で山の入り口でもなく村のど真ん中に荷馬車をとめたのか。


「はぁ、おめぇら、外見て見ろ」


「外…?」


布の隙間から外の様子を伺う。……真っ暗だ。


「どうでぃ。山登りすんば?」


「や、やめとく…」


そういや、正二とミアってどういう経緯で仲良くなったんだろう。…いつか聞いてみよう。


「今日は野宿ですか…?」


僕は野宿なんてしたことない。というか、野宿する場面にあったこともない。


「オラん家に泊ってけ。母ちゃんも父ちゃんも優しくしてけんろ」


「いいんです…いいのか?!」


「……いいべよ」


荷馬車が止まり、ミアが一番初めに下車した。その次に水月。そして、最後に僕。


「ふわぁ~…眠……」


あくびをするミアと水月の間へ走っていき、並んで歩いて行った。

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