第八楽章
束の間の静寂の後、一斉に発言しだす。
「風の民の笛、持ってるんですか?!」
「というか、僕達んこと恨んでたんかよ…」
「んで、風の民ってなんでぇ?笛なんぞそない珍しいんば?」
飛び交うそれぞれの意見を振り払うように、ミアさんの祖父さんはソファアと反対側にある椅子へ腰かけた。
「何度も捨てようと思った。じゃが……ミアが興味を持つとは思いもしのうて」
「え、俺?」
ミアさんが風とか水の民に興味を持っていたから、笛を捨てるのを躊躇った……そう言いたいのだろうか。
「ミア、お前が水月さん達について行け」
「は?…ついて行くって、何をしに?東風が話してた、薫風さん絡みの事か?」
僕は呼び捨てで、薫風さんはさん付け。……この差はやはり年なんだろうか?いや、深く考えないでおこう。
「あぁ…その笛を極めて、水月さん達を手伝ってやれ」
水月と正二さん、どんな勧誘の仕方をすればこんなに積極的に協力してくれるようになるんだ?今後の参考として、ぜひ聞きたいものだ。
「なんで…?」
「薫風さんとやらに話を聞きたいが……わしはもうあの山を登る程の体力は無い。ミア、承ってくれないか?」
「そんなの…」
これは断られるヤツだろうか。もし断られたら、伝手が完全に途絶えるのだが…。
「承るに決まってるじゃないか‼」
え…?あ……いや、協力してくれるのは嬉しいよ?でも呆気ないというか…そんなにすぐに決めても大丈夫なのか?
「風の民の笛も吹けるし…何より、風とか水の民に会えるなんて‼」
「…目の前にいるよ?」
そうツッコミを入れたが、興奮状態のミアさんには僕の声は届かなかった。
「サインしてもらおぅ~」
……ホントに付いてきても大丈夫なのか?夢を壊すようなことは言いたくないが…サインは諦めた方が良い。というか、僕が書いちゃ駄目なのか?
「ミア、真面目に考えろ!」
「ひっ……真面目って言っても…」
「はぁ…やはりミアに行かせるのは良くないか」
その祖父さんの一言が、ミアさんの情熱という名のガソリンに火をつけた。燃え盛る炎を消す手段としては…水かな?
「えぃ!」
アームの掴んでいたコップを、思いっきりミアさんに向かって振る。中に入っている透明な液体は、ミアさんに覆いかぶさった。
「「「は?」」」
「み、水ぅ?」
「頭冷めましたか?一旦目的の確認をしときますけど、これは薫風さんを助けるための話し合いですよね?」
さっきから少しづつ話題が変わってきてる気がする。話題が変われば、薫風さんの救出から一歩遠ざかってしまう。兄を助けることなんか、二歩下がってしまう。
「このままじゃ…兄どころか薫風さんまで助けられない」
「こっちゃん……どないしたんだべ?」
「あっ」
ここに正二さんという村の人が居るのを忘れていた。意識せぬ間に素を出してしまった…。
「いや、その…正二さん、今のはちょっと気が動転してしまって……」
「こっちゃん……おめぇ、あれが素なんか?」
「っ……」
図星、その言葉が似合う。僕はずっと猫を被ってきたけど……素の自分がバレるリスクを、軽く見ていた。
「水月、あんたの前ではこっちゃ…東風は、どうなんだ?」
「私の前……」
出来るだけ言ってほしくない。いや、絶対に本当のことは言ってほしくない!
「正二さん、そんな訳ないでしょう?僕の素があれだなんて…」
「東風…おめぇ、嘘ついてたんか…?」
「嘘なんか、付くわけないでしょう?」
「そないか……オラもう荷馬車に戻んべ」
騒がしかった部屋は静まり返り、正二さんがドアを開く音だけが妙に耳に響いた。
「正二さん、待って…」
「東風、もう無理すんな」
「無理なんて…」
何故だ。別に利用してただけの人間一人…。村にはまだ沢山、僕の素がバレてない人が居る。だからこんなに焦る必要なんてないはずなのに。
「情けなんていらねぇべ」
「情けなんて…」
「精々薫風っちゅう奴んために頑張んな。いや…おめぇの兄んためんに、か」
兄のために頑張る…?一体素の自分はどこまで本音を吐き散らしたんだ?冷汗が背骨を伝る。結局その一言に対して何も言えぬまま、正二さんは行ってしまった。
「で…結局俺はついて行っても良いの?」
「……好きにしろ」
正二さんに続いて祖父さんもドアを通った。静かな部屋には、三人が残った。
「東風……薫風じゃなくて、青嵐のために今まで手伝ってくれてたの?」
「水月さ…ん」
「そうよね…まったく知らない他人よりも、自分のお兄さんを優先する方が普通だわ。私個人の事情に他人を巻き込むなんて…東風、今までごめんね」
僕は今、何かを失いかけてるということは分かる。でも、その何かって……何なんだ?分からない。
「私も荷馬車にもう戻るわ。…ミアさん、案内を頼んでも良い?」
「あ…うん」
ドアを閉めるとき、ミアさんがこちらを少しだけ見た。哀れな物を見る目なのか、同情の目なのか……分かりやしない。
「…なんで……」
水の跡が残るソファアから天井へと顔を上げる。そうしないと、目から格好悪い熱いモノが流れ出てしまいそうだった。
「なんで僕は今泣くんだ…?」
涙が溢れる前に瞼で蓋をする。今僕に寄り添ってくれるものは、頬を伝る一筋の温かい水だった。
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「なぁ東風、ポンチョ探すの手伝ってくれよ」
「え゛?な゛に゛?」
かすれた声で返事をしても、ミアさんは表情一つ変えなかった。
「ポンチョ、探すの手伝ってくれ」
「あ゛、う゛ん」
半ば強引に僕はミアさんに物置へと連れて行かれた。移動中は不気味なほどに、ミアさんは一言も発しなかった。やっとミアさんが話したのは、物置に着いてからだった。
「どうせ笛を吹くなら、ポンチョを着て吹きたいんだ」
「……もう゛ないんじゃないの?」
多分物置から祖父さんのお古を探すんだろう。でも外見からして重圧感の半端ない物置を見ると、自然とそんな考えになる。
「はぁ…もう、いいから探すの手伝えよ」
「……分かった」
物置と言われる建物の扉を開ける。中は意外と広いが…想像通り汚かった。ポンチョがあったとしても、絶対ボロボロになってそうだ。
「ホントに探すの?」
「あぁ」
そう言って、ミアさんは倉庫の中へと足を踏み入れた。
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