第六楽章

 キツネの面の少女たちに案内された場所は、豪華な扉の前だった。スイートコーンの模様が彫られており、金箔も貼られている。そういえば、キツネはスイートコーンが好きだったっけ。


「神主様、入ります」


キツネの面の少女のうち、一人が言った。後ろ姿だけでは、どちらがその1なのか2なのか分からない。


「お客様、お入りください」


こちらに向いたキツネの面その1が促すままに、豪華な扉の中へ入る。


「わぁ…」


「おぉ…」


思わず感嘆の声を上げる程、室内は大正ロマン系の家具に囲まれていた。さっきまで和室に居たためか、タイムスリップした感じだ。


「ようこそ、我らのキツネ隠れの敷へ!」


神主という程だから、大人をイメージしていた。しかし目の前のアンティークな椅子には、同い年ぐらいの少年が座っていた。いや、キツネの面で顔が見えないため、背が低い大人と子供を見間違えたのかもしれない。


「総支配人の代理を務めております、雷狐と申します!あっ。でも、雷は操れないので、そこはよろしく!」


代理か…。総支配人本人じゃなくても、大丈夫なのだろうか?それに、今の話し方などを見てると同い年、もしくは年下のように窺える。


「神主様、お客様が例の」


「あぁ!珍しい訳アリ者でしょ?大丈夫大丈夫!許可するよ」


「えっ、そんな簡単に…」


「今はお客様の安全を考えないと!」


何の話をしているのだろう。水月も、良く分からないと言いたそうに苦笑している。


「ってことで、お客様の逃走支度が整うまでの間、世話を見ます!ほら、月白に残月も自己紹介!」


月白と残月?もしや、私が勝手にその1とか2とか呼んでた人の名前かな。


「申し遅れました。薫風様の周辺警護をさせていただく月白です」


その1さんが頭を軽く下げる。それにつられて頭が少し下がる。


「水月様の警護をさせていただきます。残月です」


その2さんと水月が、同時に頭を下げる。私も心の中で、その1さんとかその2さんとか呼んですみませんでした、っと頭を深く下げる。


「ちなみに、僕は雷孤です!」


いや、さっきも聞いたんだが。しかし、いくら代理であっても総支配人にはツッコみなんて出来ず、只々微笑むだけしか出来なかった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「ではお客様、ごゆっくり」


「おくつろぎください」


そう言い残して月白と残月は客室を出て行った。どうやら、部屋の中までは来ないみたいだ。


「薫風、お菓子食べよ」


水月は机の上に載っている、一口も手をつけていないままの湯呑と和菓子を指さす。たしかに、今日食べた物は干し長芋だけでお腹が空いている。和菓子も、少しは腹の足しになるだろう。


「水月はどっち食べる?」


「ん-っと、こっち」


水月はピンクの丸い和菓子、私は白くてやはり丸い形の和菓子を手に取った。そして、一口かじる。


「「ん―――」」


どちらも感激のあまりか、言葉にすることが出来なかった。丸い謎の和菓子は、饅頭だった。しかも、春限定の桜饅頭。甘さの中に、塩味を感じる。本で見たときは、桜と饅頭は合わないと思っていたが、そんな過去が恥ずかしいぐらい美味い。


「薫風、やっぱり逃げ出して正解だったね」


「ホントにその通り」


後悔など、みじんも感じない。むしろ、山を下りてから新しいことを沢山知り、14…15年間も山に閉じこもっていたことを後悔しているぐらいだ。


「ここ、温泉も美味しいご飯も、大きな庭もあるらしいよ」


「見た目は普通の旅館だね」


二人で談笑する時間が、やっぱり楽しい。友達…最近、そんな言葉がよく頭に浮かぶ。良い言葉だけど、少し胸が痛くなるのは、何故だろうか。


「お客様、ご夕食の時間です」


「どうぞ、大広間へ案内いたします」


いつの間にか、月白さんと残月さんが扉から顔を覗かせている。水月は美味しいご飯を無料で食べられるので、とてもテンションが高そうだ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


木特有の匂いがする階段を下りて一階へ着くと、美味しそうな匂いと木の匂いが混ざりこみ、和の匂いが鼻をくすぐる。涎が出てきた。


「お客様の席は、あちらとなります」


「良いお食事を」


月白さんと残月さんが指さす机につく。和食といっても、私は旅館みたいな手のかかった飯は食べたことが無い。だから、知らない食べ物の方が多かった。


「ふぅ…お腹いっぱい」


「水月、ここで寝ないでよ」


「流石にそこまで子供じゃないわ」


そういって、頑張って目を見開く水月が少しおかしくて笑った。水月は私の笑い声なんて聞こえてないかのように、睡魔と戦っていた。


「少し顔洗ってくる」


「分かった。いってらっしゃい」


席に一人。私はよく、暇なときは周りを観察している。客室に帰るのか、出口へ向かう者、酒に酔い倒れている者、友と大声をあげて笑いあっている者。この中の人たちは、ほとんどが訳アリ者だということを知らなければ、普通の旅館だ。


「ふぅ~…水月、遅いなぁ」


水月が席を立ってから数分。どこかで迷っているのだろうか?いや、残月さんが付いてるから大丈夫なはずだけど…。


「水月、遅いなぁ」


自分が恐ろしい思考をしないよう、思いついたことをそのまま言葉にする。大丈夫、水月には残月さんがついてるから。


「薫風様!」


「わぁ!」


目の前にキツネの面が現れる。これは…月白さんだ。気のせいか、荒い息をしている。


「残月を見ませんでしたか?!」


「へ?残月さん?」


残月さんなら、水月と一緒に…。


「月白さん、水月と残月は一緒に顔を洗いに行きましたか?」


「ええ。でも、15分経っても帰ってこないの。ここからお手洗いまで5分もかからない距離なのに…」


水月と残月さんが行方不明…。もうすでに15分経っている…。


「水月!」


「薫風様!落ち着いてください!」


立ち上がろうとした体を月白さんに押し戻される。ちょっと乱暴だったが、そんなの今は気にならない。


「薫風様、まずは神主様に報告いたしましょう」


月白さんは、段々と落ち着きを戻していった。しかし、月白さんが落ち着くにつれ、私の鼓動は早くなる。


「月白さん、早く行こう!」


「承知しました」


まだ飲みかけの湯呑をその場に残して、神主かつ総支配人の代理人がいる部屋へ全力疾走した。

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