人魚姫の病 わたし、絶対恋愛できません!

幸村かなえ

《プロローグ》人魚姫の病とわたし

 四月十四日。日曜日の夜。

 わたし――中学一年生の小夜美波さよみなみは、自室のベッドに寝転がって恋愛小説を読んでいた。

 小説の中では、主人公の女子が二人の男子に告白されて恋心をゆらしている。

「うえ~~ん、いいなぁ。わたしもこんなふうにドキドキしたいよぉ~っ!」

 でも、わたしにはできないっ。(泣)

 なぜなら――恋をすると死んでしまうかもしれないからっ!!

「――とか言って、キセキが起こって病気が治ってたりしないかな~っ」

 わたしは本を閉じて枕元に置くと、ベッドから下りた。

 どうか治ってて~! と祈りつつ、扉の右横に置いている姿見の前に立つ。

 そして、ピンク色のパジャマのえり元をそっとくつろげた。

「ふえ~ん、やっぱりキセキなんて起きるわけないよねぇ~っ」

 左の胸元にあるのは、親指のつめくらいの大きさの、魚のうろこのような黒いあざ。

 もう何回も試したことだけど、黒いあざを指で擦ってみた。

 でもまったく消える気配はない……。(泣)

「あぁ、ど~して『人魚姫の病』なんてレアな病気にかかっちゃったんだろ……」

 黒いあざは人魚姫の病のあかし。

 この病気、名前はロマンチックだけどすっごく厄介な病気なの。

 厄介なのはその症状。三つあるんだけど、こんな感じ。(↓)

 一つ目は、恋した相手に告白して両想いになれなかったら死ぬ。

 二つ目は、恋した相手が自分以外の人に告白して両想いになったら死ぬ。

 三つ目は、恋した相手にすでに恋人・配偶者がいたら死ぬ。

(ね、厄介すぎる病気でしょ? 死、死、死って~!)

 しかも未解明なことが多い病気で、特効薬はないんだ。(泣)

 ただ、ただね、不治の病ってわけじゃないの。

 もし好きな人と両想いになれたら……黒いあざは消えて完治する。

「でも死ぬのがこわくて、とてもじゃないけど恋なんてできないよぉ~」

 わたしは悲しい気持ちでえり元を正し、ベッドに腰をおろした。

「ああ……病気になる前はクラスメイトに恋してたのになぁ」

 わたしがこの病気にかかったのは、小学四年生の時。

 突然黒いあざができて皮膚科を受診したら、『鱗型黒斑病うろこがたこくはんびょう』って診断されたの。

 人魚姫の病っていうのは通称なんだ。

 とってもめずらしい病気で、治療法は研究中なんだって。

(お医者さんの話を聞いて、わたしとパパとママはもう大あわて!)

 幸い、わたしが恋した男子に恋人はいなかったから、わたしは死なずにすんだ。

 でも失恋して命を落とす危険性があるから、保健室登校することにしたの。

 教室を出て、恋愛対象の男子と接する機会を減らし、恋心を消すことにしたんだ。

 そのおかげでわたしの恋心は冷め、消えてなくなり、それから恋をしていない。

(あ、ちなみにだけど、学校の子たちには病名と症状は伝えてないよ)

 生死に関わる病気にかかっているなんて知られたら、心配させちゃうから。

 学校の先生方にたのんで、難しい病気にかかって治療しているって伝えてもらっていた。

(でも、厄介な病気になったからって、一生、男子と離れて生きてはいけないよね)

 だからパパとママと話し合って、中学校から通常登校にきり替えたの。

 親元にいるうちに、男子のいる環境に慣れておこうって話になったんだ。

 わたしが人魚姫の病の患者だと知っているのは、学校の先生方だけ。

 学校の子たちには、難しい病気は完治したって伝えているの。

 そんなわたしが通っているのは、音川おとかわ市にある星見ほしみ中学校。

 市内の女子中学生の間で「制服が超かわいい!」って有名な学校なんだ~。

 白いブラウスに深緑色のブレザー、茶色のチェックのリボンとスカート。

(ね? なかなかオシャレな制服でしょ?)

 もし人魚姫の病じゃなかったら、この制服を武器に中学生らしく恋をしていたと思う。

「くぅ~、でも病気だからムリ! 死ぬのはイヤだし……」

 わたしはボフッ! とベッドに体を投げ出すと、枕元にある本に手をのばした。

 物語のヒロインに感情移入して、物語の中だけで恋を楽しむ――。

 この方法だったら死なないってお医者さんが言っていた。

「よ~しっ! 気を取り直して続きを読むぞ~っ! ドキドキ体験スタート!」

 わたしはパラパラとページをめくると、恋愛小説の世界へ入りこんでいった。

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