24話
西の空が仄かに白いものの、全体的には濃紺の色へと変わっており、星も数個光始めている。
あの後、佐伯を見送り教室にすぐさま戻った。案の定渚には色々と聞かれ、答えるも、最終的には深い溜息をされ、一言『お疲れさま』と労ってこの話しは終演となったのだ。 まあ彼女が想像していた展開がなかったという事なのだろう。
(渚も何期待してるんだか)
そんな事を思いつつ、クラスの出し物の片づけを手伝った。文化祭開催中は想定以上の人が来てくれたからしく、疲労感は滲んでいるものの、それよりも充実感の方があるようだ。片づける間も皆の表情は明るかったのが印象的だった。そんな中ある程度の片づけが終わり、後夜祭の為に校庭に出るまでになっていた矢先、校内放送のチャイムが響く。私を含むクラス居た全員が後夜祭開催の放送と思い、賑やかだった教室が一瞬静まりかえった直後。
『あ、あーー 陸上部の皆さん。至急社会準備室に集まって下さい』
ゆるーいいつものトーンの後藤の声と、放送内容が期待と違ったせいで、クラス内で苦笑じみた声が聞こえた。確かにタイミング悪いのは否めない。
そんな中、私は渚に一言告げ、彼の居る社会準備室へと赴く。後藤は社会科の教師と言うこともあり、職員室とは別に部屋があり、彼はほぼこの席に居る。部屋の広さに比例しない教材量の為か埋め込まれた感が半端ではない。周りに大量の物が置かれた中央にどうにか確保された机が三つ。社会科目の先生達の机だ。三者三様の卓上はその物の性格を如実に表していた。
勿論後藤の机の上は書類の山である。そんな準備室に集められた部員達。
案の定嫌みを言われつつ、彼は謝り、事の経緯を話した。何でも、今度の大会のエントリーシートに関して、主催から訂正があったらしい。ただその連絡を見落とし、しかも明日消印有効という書類らしい。その為、記入してほしいとの事。それを伝えると更に頭を数回さげ部員に書かせていく。が、後夜祭は後藤の放送の後直ぐにグランド集合のアナウンスがかかった事により、既に始まっていた。そんな状況もあり、最後の宴を楽しみたい部員は事を済ませ早々に立ち去って行く。
その様子を私見つめつつ、私は皆の最後にペンを握る。私自身、雰囲気を味わいたいのみであり、花火が見れればそれで良しだったからだ。後藤の指示の元、言われた所に記入をする。
「すまなかったな筒宮。後夜祭出遅れさせちゃったな」
「良いですよ。それより記載ミスなく投函出来そうで良かったです」
「本当そこだよなーー 久々にヒヤリとしたわ」
「反省してくださいよ」
「そうだな。正に正論だ」
会話しつつ、書き上げた書類を彼に渡し目を通した所で、確認、記入は終了した。私はその後、準備室を後にして直ぐ、渚にLINEを送る。が、返信がない。そんな中、賑やかな声の聞こえるグランドへと向かうと、校庭の中央には火柱が火の粉を巻きなが周りを照らし、曲が流れている。楽しそうな雰囲気と高揚感が入り交じる中、私はその様子を暫し見つめる。
(うん。完全に出遅れてる)
しかもこの状況では渚にLINEをした所で気づかない率の方が高い。私は早々に彼女との合流を諦めると共に、グランドから離れる。とりあえず、日頃やりなれない事をやったせいで、私自身疲労は溜まっているわけで、少しゆっくりとしたかったのだ。そこで頭に過ったのが第二体育館の渡り廊下付近である。あそこなら人もいないだろうし、花火も見れるからだ。
誰一人すれ違うことなく、校舎の外を歩き目的地へと向かう。数分歩いた所で、自動販売機が暗がりの中、光っているのが見える。と同時に、自販の前に立つ人を目視したのだ。一瞬足と息がが止まり、鼓動が一回大きく跳ねた。だが、それもつかの間安堵の溜息を吐きつつ近づくと共に、気配に気づいたのか、自販の前の人物が振り向いた。その表情も一瞬険しかったが、すぐさま表情が崩れる。
「驚かすなよかのか」
「そんなつもりないから。それよりも碧映君こんな所でどうしたの」
軽く笑いながら私も自販機の前に立つも、彼が動かない。既に碧映は購入し、片手にはペットボトルを握っている。すると、自販機を指し示す。
「この前奢ってもらったから今回は奢る」
「え、でもっ」
「いいから」
「わかった。じゃあお願いしますっ」
碧映に厚意に甘え、商品を購入すると、体育館入り口にある数段の階段に私達は座る。やはり思った以上に疲れているせいか、足が思っていた以上に重い。
「足が張ってるかもっ」
「俺も。クラスの出し物も人がそこそこ来てたけど、他にも色々と……」
「そっかーー 私もお化け屋敷結構人来てくれたから忙しくて……」
その直後思わず溜息を溢すと同時に、彼もまた深く息を吐く。想像もしていなかったシンクロに互いに軽く笑う中、彼が私の足を指差す。
「にしても、日頃運動してても足張るんだな」
「うん。部活とまた違うし、二日間立ちっぱなしに近かったからね。今日なんて特に、午後から佐伯さんが文化祭に来て私、案内したんだよ。そうそう。峰コンで、碧映君と赤砂君がいきなり現れたからびっくりしたよ」
「あーー あれ。あの人と見てたんだ」
明らかに先程との声のトーンが違う事に驚き彼を見ると、先まで笑っていた顔が無と化し彼自身の足下視線を移すと共に、身を少し丸めていた。
いきなりの彼の急変ぶりに一瞬どう対処すべきかわからなくなる。まあ部活の時も佐伯とは橇があっていない感じはしていたので、彼の話題を話してしまった私のミスだ。
(どうしようっ)
思考を巡らし、最善の方法を懸命に模索している最中。
「かのか。あの話しどうするの?」
碧映が顔をあげる事なく突如として私に問いかけて来たのだ。
(転入の件だよねきっと……)
あの場所で話しを聞き、今日の午後。佐伯が来ていたとなれば、やはり多少は気になるのかもしれない。私は手にした飲料を口に含み潤す。
「断ったよ」
きっぱりと言い切った私の言葉を微動だにせず聞く彼を横目に、続けて告げる。
「確かに魅力的な話しだったけど、私にはここの部活の雰囲気が性に合ってるっていうか…… 後、あの時の事関連って事で佐伯先輩に誘われる時に、碧映君。私の事足が早いだけじゃないって言ってくれたでしょ。私と言えば足早いが周りの人の認識だろうし、私だって取り柄と思ってる事だから。でも碧映君は他にもあるって言ってくれ事…… あの言葉凄く嬉しかったんだ」
彼からあの時貰った、言葉で少しでも今の碧映の気持ちが穏やかになってくれたならという思いで口にする。少し直接的な言い回しで恥ずかしさはあるが、致し方ない。我ながら語彙の無さを痛感する。その時、頭上の斜め上の方で赤い閃光が光った直後、花火の音が響いた。それからは、ある程度の感覚で花火が夜空に輝き、様々な色の花火が暗い空に鮮やかな模様をつけていった。そんな大輪の花に目を向ける中、碧映から名を呼ばれ彼に視線を送ると、碧映は花火を見つめ再度口を開く。
「…… 今年初めての花火。かのかと見れて嬉しいよ…… 文化祭の声聞くようになってから精神的に参る事ばかりだったけど、祭りの最後に二人だけでこうやって見上げられてる。何か今までの苦労が報われたっていうか、こんな終わり方なら悪くないなって思えるんだ」
すると彼が満面の笑みを浮かべ私を見た。
「綺麗だな」
ここ最近見る事がなかった彼の屈託のない表情から、目を離す事ができないまま、ゆっくり頷き、上がる花火に視線を変える。そんな私の胸は弾むような鼓動が暫く打ち続けた。
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