20話
「えっ、もう決まったんですか?」
「そうだけど。って言うか話持ってきたの筒宮で、そんなお前からのその発言の方が驚きだぞ」
椅子の背もたれに丈夫体重を乗せ、背を伸ばしながら後藤が私に視線を送る中、苦笑いを浮かべて見せた。
「確かにそうですけど、こんなにトントン拍子で決まると思わなかったんですよ」
「俺もそう。ただ、筒宮の知り合いの先輩が結構プッシュしてくれたらしい。っていうのと、実は相手校の顧問の先生が俺の中学時代の後輩だったのよ。即ち今回の一番の功労者は俺って事」
「…… はあ。わかりました。そう言うことにしますね。因みにどんなスケジュールなんですか?」
「おう、追って部員全員に知らせるけど、日は四日後の放課後。うちの高校のグランドにて。こちらの部員は全員参加って通達するけど、相手さんは希望者のみとなったから。まあ最初は文化祭終わってからとも思ってたけど、それはそれで今度は大会が近くなっちゃうからな。なので、文化祭の前に終わらせる」
「じゃあ中一日空けて文化祭ですか…… 過密ですね」
「しゃーないって。相手さんとも話てその日にしたんだし。まあうち的にはまたとない経験だからな。やらない選択ないでしょ」
「そうですけどっ」
「まあ、文化祭の準備もある中、部活もやるって大変だけど、若いし馬力あるから大丈夫」
「あまり過信しすぎないでくださいよ」
「はははは、まあ今のうちに少し無理してでもやれること出来る事やっとけば俺みたいなおっさんになった時に良い思い出になってるわけよ」
「はいはい。わかりました。じゃあ私はこれでクラスの出し物やりにいきますね」
「おう明日から朝と放課後部活だから、今日目一杯貢献してきてくれ」
私は深い溜息をした後、社会準備室を後にし、廊下に出る。すると窓ガラスには隣の棟の様子が見えた。放課後だというのに、昼間と変わらない生徒が行き交っている。
(文化祭も近いし、いつもの放課後とはならないか)
私自身も高校の文化祭は行った事はあっても、準備側になるのは初めての経験であり、実際に向かい入れる側の大変さを準備当初の買い物で洗礼を受けた。やはり中学生とは比べものにならない事を身を持って体感している事を実感しつつ、教室へと向かう。きっと今も渚がクラスで奮闘中だろう。
(とりあえず、飲み物だけ買って戻るかな)
私は、静かな廊下を闊歩した後、賑やかで生徒達が多く行き交う廊下を通り抜け、目的の自動販売機の場所である、第一体育館の渡り廊下に向かう。というのも、そこにしかない商品があるのだ。まあ、基本体育館の所にある自販なので、スポーツ系の商品が多く、校内とは少し品物の色が違う。なので少し遠いが、時たまここまで買いに来るのだ。
いつものうよに校舎から渡り廊下へ足を踏み入れる。今日は全校で文化祭準備日なので、体育館も人の出入りがなく静かだ。私はそんな中、自販機の前に立ち、ディスプレイを見た。その直後、体育館側の自販機に寄りかかる人が視界に入ったのだ。
「えっ」
咄嗟に身を引き、声を上げる。流石にこんな所に人がいるとは思っていなかったからだ。すると、その人物もこちらを向くと、同時に苦笑いを浮かべる。
「驚かせたな」
「碧映くん?」
すると、校舎の方から女性陣の声が聞こえて来た。その直後、いきなり彼が私の手を握り自販機へと近寄らせられたのだ。いきなりの行動に何がなんだがわからず、彼を見る。そんな碧映は自販機横で身を屈めつつ、自身の唇の前に人差し指を立たせる。
(静かにって事かな)
私は軽く頷くと、彼の手から解放された。そして、自販で商品を購入すると共に、女子達は立ち去り、声が遠ざかってく。と、蹲っていた碧映から深い溜息が零れた。
「とりあえず難は去ったか。後、さっきはいきなり腕掴んだ。御免。でも有り難うなかのか」
「そのぐらい別に良いよ。にしても何があったの?」
彼は立ち上がり、自販に寄りかかりつつ、視線を下に向け腕を組む。
「それはこっちが聞きたいぐらい。ボーイズコンテストに出てくれとか、最近急に告られる事も多くなってるし。イベント前だと何かと気持ちも大きくなるのか?」
「さあ…… そのへんはちょっとわからないけど」
ただ、先程彼に捕まれた手の力は今でも覚えている。思いの外強く握られた感覚だ。また碧映の様子も声からして疲労しているように思われ、私が思っている以上に彼的には深刻な事なのかもしれない。
(まあ、追い回されて大変なのは確かだわな)
仮に万の一つもないにして、私がこんな状況になっていれば平常心でいられない。それに先日の買い物の件でお世話になった事も踏まえ、どうにかしてあげたい。私は腕を組み首を項垂れる彼の名を呼ぶ。
「ねえ、ちょっと来てくれる?」
彼は私の言葉に答え頷くと、人となるべく合わないように校舎を抜け、第一体育館の正反対にある第二体育館へと向かった。ここも、先程と同じ、渡り廊下で繋がれた場所に自販機が配置され、体育館自体がグランド側に横向きの配置。たいして先程と代わり映えしない場所に連れてこられた碧映は明らかに半信半疑といった表情を浮かべてる。
「かのか? ここに何か?」
「何かっていうか、この場所あまり人来ないんだよ。体育館も規模小さいから卓球部と、剣道部しか使ってないし、ここの接してる棟も特別教室しかないから一般生徒もあまりいないの」
私は話ながら自販から水を購入すると、彼に渡す。
「まあ少しゆっくりしてよ。やっぱり学校でも落ち着くとこないとキツいと思うから」
すると、彼が安堵したような笑みを浮かべ、水を口に含み、天を仰ぐ事暫し。碧映は私に視線を向けた。
「有り難うなかのか」
その声と姿は先程の疲労感が少し薄れたような感覚を覚えると共に、彼のそんな姿に嬉しくなる私自身がいる。
「どういたしまして」
少し浮かれた声色になってしまったと思いながらも、視線を送る碧映に私は笑みを浮かべそう答えた。
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