第四章 消えた情報と閃く光
第12話 世界を覆うもの
雪音と二人で出撃したあの日から二週間後。レイは新たに通信欄に追加された『司令本部』から、次の任務についての説明があるとのことで司令部へと呼び出されていた。
手を繋いでその座標へと一緒に飛んで、刹那の暗転ののちに見えてきたのがこの部屋だった。
まず視界に入るのは前方にだけ開かれたガラス円筒に、合金製らしき殺風景な鉄色の床と天井。左右には天井まで続く本棚が立ち並び、それぞれに一つずつ、別の部屋に続くであろう扉が備え付けられている。
奥に視線を向けると、そこには真っ青な水槽を背景にして大きめのソファが三つ。これまた大きな机を囲むように置かれている。
真正面に座っている二人の人影は――
こちらに気づいたらしく、二人が無言で手を振ってくるのが見える。レイはそれに手を振り返しながら、
「……えと。これ、行っていいの?」
小声で隣の雪音へと訊ねていた。なにしろ、こんなところに来るのは初めてなのだ。事前に多少調べはしたものの、実際のところどうするのがマナーなのかさっぱり分からない。
「まずは行かないと何も始まらないでしょ」
少し呆れた声音で囁き返されるのに、レイは「し、失礼します……」と小さく呟いておっかなびっくり歩を進める。
コンッコンッと、一歩進むに連れて軍靴と合金製の床が心地の良い音を鳴らす。が、今のレイにとってはその一音一音が緊張を高まらせていく要因でしかない。
足音で来客に気がついたらしい、右のソファに座っていた男性将校が手元の資料から目を離し、見慣れない
彼の鋭い視線に思わず気圧されつつ、レイは生唾を飲み込んでなんとか机の前にたどり着き、
「せ、先日入隊しました、レイチェル・ステラフォード少尉です!」
「……敬礼が先よ」
「あっ!?」
雪音の耳打ちに慌てて右手を頭まで持ってくる。この二週間で完全に修復された左腕は、緊張で無意識のうちに固く握りしめていた。
隣で雪音がカッと軍靴をならし、びしっと敬礼して
「同じく少尉の月咲雪音です」
言ってすぐに敬礼を解き、雪音は少し呆れたような表情をして、
「……あんまりレイを怖がらせないでくださいよ、
そんなことを言い放っていた。ぎょっとして隣に目を向けるも、そこにはいつも通りの雪音の顔。慌てて視線を前に向けると、やはり男性将校の鋭い視線がこちらに向けられている。
……えっと。これ、どうしたら……?
内心で焦るレイ。が、目の前の男性将校は、
「……そういう意図はなかったのだが」
と、予想外のことを言い放っていた。
『え?』と困惑するレイの正面では、二人の先輩が呆れたような微笑を形作っている。そんな中、男性将校は席を立ってレイの前に歩み寄り、
「〈戦場ヶ原〉サーバーの総司令を任されている〈
そう言って差し出された右手をしばしの間見つめ、レイは少し考えてからその手を握り返す。
「えっと……、はい。こちらこそ……」
絶対応答を間違えていると思いつつも、全力で知らないふりをしておく。緊張で頭が回らないんだから仕方ない。
男性将校――もとい
「二人はそちらに腰掛けるといい」
右手で示されたのは、レイから見て左側の――丁度司令の反対に位置するソファだ。
無言でソファに腰掛ける雪音。それを追うようにしてレイは彼女の隣に座る。
それを見計らって、
「では、早速今回の任務の説明を……と行きたいところではあるが」
そこで
「ステラフォード少尉、君はどこまでこの世界について知っているのかね」
「え? えーっと……」
問うてくる視線にレイはしばし考え、
「ここやボク達がサーバー内にあるデータだってことと、世界がなんでこうなったのかってことは雪音から聞きました」
「……ということは、〈
「ステラフォード少尉、〈
「え? あ、はい。確か、北極と南極でできた異次元だって」
レイの答えに
「その通りだ。奴らは『両極異次元観測実験』によって開かれた異次元から発生し、世界各地で〈
そう言って、机の上から立体映像のホログラム文字が映し出される。
『Other dimensional life forms with Destructive potential for the Earth's Ecosystens and environment――地球生態系及び環境に対する破壊性を持つ異次元生命体』
『――通称〈
レイがその文字列を読み終えるのを見計らって、司令は言葉を続ける。
「既に実感しているとは思うが、奴らには通常兵器が殆ど通用しない。これに関してだが、世界各国との通信網が途絶する直前にある仮説が立てられている」
立体映像が切り替わり、今度は英語の論文らしき画像が示される。その隣に日本語訳の画像が表示され、重要らしき部分に蛍光色の下線が引かれる。引かれた箇所に目を通して――
「『〈
読んだ箇所を、うわ言のように呟いていた。
「平易な言葉に変換すれば、私達の見ている〈
司令の言葉に、なるほど、とレイは心の中で呟く。確かに、ボク達の見ているものが『影』のようなものなのだとしたら、あの漆黒の体も頷ける。そこに光を反射する物体がないのだから、闇以外の何かが見えるはずがない。
……が。それはそれで、新たに一つの疑問が浮上する。
「〈
『影』にいくら物をぶつけたところで意味がないのは分かる。だが、それは裏を返せば〈
問うレイに対して、
「なぜお互いに干渉できているのかについては現状は不明だ。……だが。〈
司令の視線が隣に逸れ、その先、雪音はこくりと頷く。雪音はレイに身を寄せて、自身のメニュー画面から画像を引き出して表示。その画像を見るようにと視線で指示してくる。大人しく指示に従うと、今度は雪音が話し始めた。
「この世界の全ては陽子や中性子、電子などの微小な粒子でできているってのはレイも知ってるわよね?」
「うん」と頷くレイ。
「実は、こういう物質って反対のものがあるのよ。『反物質』って、どこかで聞いたことないかしら?」
「う、うーん……?」
生憎レイは聞いたことがない言葉だけれど。『反』物質という言葉の響きから何やら凄そうなモノなのは理解できた。『物質』の反対なのだから、普通のものではないのだろう。
「この『反物質』っていうのは、普段私達が触ったり使ったりしている『物質』が当たったら対消滅を起こしてこの世界から消失する性質があるの。また、対消滅が起きると同時に膨大なエネルギーを放出する。……それで。レイに質問なんだけど」
そう言い置いて、雪音は、
「地球が分子や原子といった『物質』に満たされているってのは、分かるわよね?」
これまた「うん」と頷くレイ。すると、雪音はちょっとだけ楽しそうな表情をして、
「〈
「……てことは、いつも起きてる衝撃波って……」
察したような表情を向けるレイ。すると雪音はこれまた楽しそうに「あたり」と呟き、少し得意そうな顔をする。
「あの衝撃波の正体は、対消滅で生じたエネルギーと、通り道にできた真空が作り出す突風よ。〈
「対消滅で一度消えた情報は、二度と元には戻らない。だから、いくら俺達がデータ上の存在だとしても、簡単にアレを食らう訳にはいかないってことだ」
「まぁ、〈CPCAS〉の指示を聞いてれば当たることなんかそうそうないから。そんなに心配しなくてもいいわよ」
口々に補足を付け足してくる二人の先輩になるほどと頷き、レイは視線を目の前へと戻す。立体映像の上、視線の先には
「あとは……私達〈
問われてレイは「はい」と頷く。
「『UN』っていう文字的に国連の何かだとは思ってるんですけど……」
「当たりだ」
そう言って司令は先程の画像を立体映像から纏めて消去し、別の画像を表示する。水色に白い国連の紋章が描かれているのはかの有名な国連旗だ。だが、立体映像に表示されている旗には、世界図の下に『盾と交差した二本の剣』が描かれていた。続けて隣に表示されるのは、その旗の組織名称らしき英語の文章。
「
「なんだ、読めるのか」
「父が在日米軍だったもので、少しだけ」
驚いたように眉を上げる司令の声に、レイは少し笑いながら答える。これぐらいなら高校生でも読めるだろというのは、胸の内に留めておいた。
「〈
「はい。そういった類いの記憶は、最近戻って来ているので」
この世界の真実を雪音に伝えられてからというもの、レイの記憶には時々『知らない記憶』がよみがえってくるのだ。〈両極異次元観測実験〉による事故や、その被害を報じるニュースなど。今までは一切記憶になかったものが、実感を持って湧き上がってきている。
……それ以外の記憶は、相変わらず全く思い出せないけれど。
「先程も言った通り、〈
そこで立体映像の画像が切り替わる。次に示されたのは世界地図で、当時の常任理事国らしい国々の領土には赤色が塗られている。画像の右上には、同じ赤色の隣に『
月日が経つに連れて増えていく赤色に目線を落としながら、レイは
「戦況が悪化するにつれて世界各国の軍が〈
真っ赤に染まった世界地図の上に、大きく『機能不全』の文字が表示される。目を上げた先、
「現在は各国どころか隣のサーバーですらも通信が途絶している状態だ。当初の目的であった『対〈
「なる……ほど……」
頭の中で情報を整理しながら、レイは曖昧な笑みをつくる。
……これまでに得た情報を整理すると。
まず、今の世界は各国どころか隣のサーバーとすらも通信は途絶しており、組織的な抵抗が不可能な状態にあるということ。
また、〈
……そして、なによりの大前提として。レイ達が使用している光の翼や剣などの〈量子兵装〉は、誰も彼もが使えるような技術ではないということがある。
……あれ? これって……。
心の中で嫌な汗をかくレイに、
「これで現在私達が置かれている状況の説明は終わった訳だが……。何か質問はあるかね?」
「えっと、その。質問、ではないんですけど……」
内心の感情をなるべく隠して、レイはしどろもどろに言葉を返す。引きつった笑みを張り付けているのには、当のレイは気付かない。
……どう、言ったものか。そんなことを考えていると、突然、雪音が、
「今、『思ったよりも詰んでない?』とか思ってたでしょ」
と。さも当然のことのように口走っていた。
図星を突かれて「え」と固まるレイ。そんなレイを見て、二人の先輩が同情のような笑みを浮かべる。
「まー、気持ちはわかるよ〜?」
「それが正常な感覚だ。気にしなくていい」
「情けない話だが、君の思っている通りだよ」
「
……まぁ。確かにそうなんだろうとレイは思う。
どんなに世界が終わりかけていても、希望が見えなくとも。そこで抗う者が居なくなれば、世界は決して変わらないし、守れない。
抵抗しなければただ蹂躙されるだけなのが、今の世界なのだから。
そこで
「ということで。前置きが少々長くなったが、これより本題について説明させてもらう」
司令が言い終わると同時に、五人の中央に置かれていた机がポリゴンとなって消失する。と思うと、今度は真っ平らなディスプレイらしきものが目の前に生成された。大きさは……机と同じぐらいか。
部屋の明度が暗くなり、ディスプレイからホログラムの日本地図が目の前に表示される。その立体画像の奥では、司令が真剣な光を瞳に灯らせているのが見えた。
隣の雪音が居住まいを正すのに、レイは緊張しつつもソファに座り直す。
……これが、ボクが軍に入ってからの初めて任務になるんだ。
「では、まずは今回の作戦内容に入る前に、これまでの成果を一旦整理しておく」
立体の日本地図が赤色で埋め尽くされ、
「この一年、我々は周囲に生存サーバー及び人類圏があるかどうかを探るべく、ここ戦場ヶ原を中心にして各方角に探査装置を設置して捜索を行ってきた。その結果、少なくとも〈八王子〉、〈
それぞれの地点と思われる場所に青点が次々と打たれ、その色がすぐに黄色に変わる。どれも、戦場ヶ原に隣接するような地点だ。
「また、
今度は赤点が戦場ヶ原の周囲に点灯する。『東京』だけ赤点が大きいのは、今
「前回君達に破壊してもらったのは、宇都宮に建設中であったものだ。……その件は本当に助かった。心から感謝する」
立体の日本地図に赤点が一つ点滅で表示されるのと同時に、
彼が頭を上げるのを見計らって、レイは、
「……あの、一つ質問いいですか?」
「なんだ」
「その、これまでに生身の人間とかっていうのは」
「現状は未発見だ」司令は即答し「そもそも、果たして私達以外に生き残っているサーバーがこの日本に存在するのかどうかすらも不明だ。奴らの領域で生身の人間が生存できない以上、その可能性は低い」
「……そう、ですか」
つまり、だ。もしかすると、この世界には――とまでは言い過ぎかもしれないけれど。日本で唯一生き残っているサーバーがここだという可能性も有りうると。
……そう考えると、益々現状に絶望感が湧いてくる。
「先日、夏坂大尉と藍原中尉が送り届けてくれた探査装置のデータを解析した結果、今回も目ぼしい反応は発見できなかった。……これにより、私達は最も〈
「そしてその結果が、以上に挙げた通りだ」と、司令は付け足すように告げる。
……なんというか。本当に酷い状況なんだなと、レイは改めて実感する。
周囲で発見されたサーバーは既に壊滅し、残っているのは廃墟の都市と〈
立体映像の地図が戦場ヶ原を中心に拡大され、その南西付近、〈
「今回発動する任務は一週間後。高崎方面での探査装置によるデータ収集だ。この方面をもって、周辺の探査作戦は完遂となる」
拡大されていた地図が元に戻り、周辺に緑色の領域が表示される。恐らく、これが今まで行ってきた探査の領域なのだろう。
唯一そこだけ穴が空いたように塗られていないのが、高崎。今回の任務で行くことになる場所だ。
「〈
ちらりと視線を左側に向ける。と、こちらの視線に気付いたらしい、
『よろしく』とか、そういう意味の合図なんだろうか。レイは曖昧に笑い返しておく。
「君達にとっても、サーバーにとっても危険な任務なのは承知している。だが、ここで諦めてしまえば、私達は〈
このサーバーがなくなってしまうということは、レイ達もこの世界から完全に消失してしまうということを意味する。
そしてそれは、大切な人と二度と会えなくなるということ。
……ボクはまだ、雪音と一緒にいたい。
だから、ボクは軍に入ったんだから。
「――以上で今任務の説明は終了となる。発動日までは各員サーバー内で待機。以上、解散」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます