教えたい願い

たんすい

プロローグ:寺の跡取りと都会の片隅


まさか、俺がフグの世話をすることになるなんて 。


あれほど逃げたはずの“祈り”が、

こんな形で戻ってくるとは── 。


生臭いとまでは言えないが、

水と魚の匂いが常に漂う店内で、

俺はぼんやりと水槽を眺めていた 。


中の熱帯魚たちは、色とりどりのヒレを揺らし、

ゆらゆらと水中を漂っている 。


小さな泡がぷつぷつと水面に浮かび、

フィルターの低いモーター音が絶え間なく響く 。


このアクアショップという空間は、

俺が育った世界とはあまりにもかけ離れていた 。


俺は、寺の跡取りとして生まれた 。

代々続く古刹の長男として、

将来を約束された存在 。


だが、早朝の読経、線香の匂い、

そして何より「家」の期待が、

重くのしかかっていた 。


息苦しさに耐えきれず、

ある日すべてを投げ出して

都会へ逃げ出した 。


当然、何の伝手もない

都会での暮らしは厳しかった 。


日銭を稼ぐためにアルバイトを転々とし、

たまたま目にした求人広告で辿り着いたのが

このアクアショップだった 。


魚にも生き物にも、

さして興味のなかった俺が、

水槽の掃除や餌やりに

明け暮れることになるとは…


──人生とは、皮肉なものだ 。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る