篠宮短編集(日常、SF、アオハル、ミステリ)

篠宮継宣|しのみやつぐのぶ

第1シーズン

1 素晴らしき寝落ち喫茶へようこそ

 ――カラン、カランカラン


「ふわぁぁぁ、いらっしゃい」


 店の奥のカウンターで肘をついて、今まさに寝落ちしていたかのような姿勢の小柄な女性……いや? 女の子? が、どうやらこの店のウエイトレス兼マスターらしい。他に店員らしき人物がみあたらない。いやしかし若いな。二十歳くらいか?


 ここはビジネス街の外れにある、大通りから少し奥に入ったところにある「純喫茶ぼんやり堂」。名前からしてとぼけていて眠気を誘う。


「二人だけどいい?」

「奥の方のソファー席……何席が空いているので、お好きなところにどうぞー、ふぁあああ」

 マスターからしてこの調子だ。


 ソファーの後ろに手をまわし、口をパッカーンとあけていびきをかいているスーツ姿の中年男性。また、別の席では、テーブルにつっぷして腕まくらで寝ているセーラー服の女子高生らしき女の子。

 店内を見回してみると、どの客も寝ている。おのおのリラックスした姿勢で、寝落ちを楽しんでいる。


 店内を流れる静かなジャズが空気を優しく振動させている。もうこれだけで寝落ちしそう。一緒に来た会社の同僚の直美ちゃんも、目がとろりとしていて今にも寝落ちしそう。


 さっさとソファに座ろう。


「さ、直美ちゃん、あそこ、あそこに二つ大きいソファーの席が空いている」

「うん、篠原さん……むにゃむにゃ」


 直美ちゃんも連日の深夜までの残業で、疲労がかなり蓄積している様子。今日はこの「寝落ち喫茶」でスッキリして午後の仕事も頑張ろう。


「マスター、ブレンドのホット二つね」

「はいよー、あたしマスターじゃないよ。アルバイトなんだ。マスターは、ほらあそこ。あの端っこの方で猫と一緒に寝ているおじさん」

「あ、そうなの……じゃあコーヒー、席までよろしくね」

「うけたまわり! せっかくのコーヒーだから、飲むまで寝落ちしちゃだめだよ。ふふふ」

「あと席に座ったら靴を脱ぐがいい。くつろげるよー」


 ん? なんだろう意味深……。まあいいだろう、せっかく茶店に来たんだから少しは飲んでから寝落ちしたいよね。コーヒーを飲んで寝落ちをすれば短時間で目も覚めるし寝すぎなくていい。


          (了)

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