窓辺に残る音
侑
第1話 去ったあとの朝
音がない。
あるいは、耳の奥で誰かが音を殺しているのかもしれない。
白いマグカップに影が落ちる。
影は時間を忘れて、底に沈んでいる。
窓がきしんだ。
風の気配はない。
それでも、誰かがここを通り過ぎたことだけは、たしかだった。
靴はなく、
声はなく、
朝の匂いだけが、まだそこにいた。
何を言えばよかったのか。
言わなかったのか、言えなかったのか。
その区別は、もうできない。
赤いものが視線の端に引っかかる。
一つの輪。髪を結うには、少し古びた、うすいヘアゴム。
触れようとして、触れなかった。
いや、触れなかったふりをしただけかもしれない。
テレビは消えている。
時計は、少し遅れていた。
それでも秒針は止まることなく、時だけが、家の中を通り過ぎていく。
誰かのために置かれた皿が、まだそこにある。
けれども、誰もそれを覚えていない。
椅子の脚がずれている。ほんの数センチ。
戻せば済むはずなのに、体が動かない。
その日、俺は、一つの問いをずっと見つけていた。
その問いに、名前はなかった。
名前を失ったものばかりが、
部屋の中で、整然と並んでいた。
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