鈴宮小雪と四季折々
染井雪乃
不可侵の境界
切り替えなくては、と
歌詞のない曲達に耳を預け、小雪は食器洗いに移った。友人が減ろうと増えようと、食事はしなければならないし、食事をすればゴミも洗い物も出る。悲しんでいる暇はない。
「悲しいって、どうやって示すんだろう」
動揺してはいたものの、小雪は友人の減少を悲しんではいなかった。こういうときには悲しんでいる素振りを見せるのが正解だと、何となく知っていた。
冷たい水で心地よく皿を洗いながら、しばらく考えて気づいた。友人でなくなったなら、もう会うこともないのなら、正解を出す必要などない。小雪は何もしなくていいのだ。自然と口角が上がり、微笑んだ。
「それなら、何も考えることはないな。一件落着だ」
何もしなくてよくなった。脳の容量が一人分空き、その分を何に使おうかと夢想し始めた。友人に絶縁されて動揺していた時間はわずかだった。切り替えが迅速なのも長所と自負している。
ルーティンをこなし、淡々と作業を始める。家計簿アプリへの入力、公的な書類の記入、そして次の診察日の予定の検討。
小雪は難病患者で、定期的に医療費の助成を受けるための書類を提出したり、診察を受けたりする必要があった。日常生活に多少の制限はあるものの、立って歩くにも外出するにも不自由はない。禁煙や体調管理を心がけていても、病気は容赦なく期待を裏切り、不調をきたす。ままならない生活こそが小雪の病状だ。小雪の患う病に治療法はない。だから難病なのだ。
治らないとわかって病院へ行くほど気が滅入ることがあるだろうか。それでも診断書を貰って必要書類を出さなければ、小雪の生活はより脆弱になる。ままならない病とともに生きていくには、面倒な手続きでも何でもやるしかない。
元友人との出来事はとうに頭から消え去っていた。翌朝になって寝ぼけた頭で絶縁のことを思い出したほどだった。
今日は調子がいい。
朝が来ると、小雪はすぐに今日の体調を感じ取る。今日は好調のようだ。それならできるだけ多く仕事を進めてしまおう。
朝ごはんを食べ、パソコンを立ち上げる。フルフレックスかつフルリモートワークでのプログラミングの仕事が、小雪の生命線だ。突然の不調に備えて前倒しで業務を進めておくことにしている。
見慣れたメンバーが社内連絡ツールで勤務開始の挨拶をしていた。小雪も挨拶をして、業務を開始した。いい朝だ。
キーボードを叩き、小雪は円滑に仕事を進めていく。仕様書についてわからないところがあれば問い合わせ、確認を怠ることなくプログラミングを行う。プログラムは明確だ。正解ならば動く。不正解ならば動かない。小雪がこの仕事に惹かれる所以はそこにある。
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