第28話 悪魔と呼ばれた男

 その激戦は、オレとライラが騎士学校に入学しておよそ2年後に起こった。


 オレたちは隣国、フランスと戦い、彼らの地に侵攻した。



「フランスに栄光あれ!!」

「革命の名の下に続け!!」

「自由よ、愛しき自由よ!!」



 自由を叫び、三色旗トリコロールを掲げたフランス兵たちが、一斉に丘を駆け下りてきた。


 上空からは、数十人という魔法使いが空飛ぶほうきに乗って迫ってくる。


「隊列を崩すな!我ら誇り高きドイツ人と、王国オーストリアの威厳を示し、フランス軍を圧倒するのだ!!」


 軍の総司令であるベネジット13世の激励に呼応して、歩兵、騎兵、魔法使いが行軍する。


 オレとライラは、軍を率いる騎士の卵として、軍の一部を指揮して戦った。


王国オーストリアの旗のもとに続け!お前たちは、王国オーストリアを守る勇者である!!」


 勇者ライラが率いる騎兵部隊【赤いバラ】が、先陣を切る。


 馬のひずめが地面をドコドコと打ち鳴らし、土煙を上げる騎兵たちが、フランス軍の歩兵に突撃した。


「勇者ライラに負けていられるものか!オレたちも、突撃するぞ!!」


 ライラの騎兵部隊に続き、オレたちの騎士部隊も突撃する。


 フランス軍は、防御陣形を整えて応戦した。



「ギャアアアアアアアア!!

「オレの腕が、オレの腕がぁ……」

「助けてくれシャルル!俺は、まだ死にたくない!!」



 銃弾が耳をかすめる「ひゅん」という音が鳴り、地面が血でぬかるみ、兵士たちの悲鳴が響き渡り、魔法使いたちの爆裂魔法ノーヴァが大地を耕す。


――そこは、まさに地獄であった。


「剣技、【セラフィミック・バースト】!!」


 勇者ライラが百人単位で敵兵を吹き飛ばす光景は爽快だ。


「ドイツ人の科学力と魔法技術を見せつけるのじゃ!放てッ!!」


 ハンニバル師匠の指揮する砲兵の大砲が一斉に火を噴いた。


 砲弾には、第二リム爆裂魔法ノーヴァがこめられており、空中で炸裂して、ほうきで空を飛ぶ魔法使いたちを叩き落とした。


(ライラと師匠に負けれられないな……オレも、活躍せねば)


 オレは剣と銃を携え、愛馬で戦場を駆け回る。


「歩兵部隊は、左翼側から行け!オレたち騎兵は、右翼側から回りこむ!!」


 オレは部下に素早く指示を飛ばして、敵軍を挟み撃ちにしてやった。


 四方八方から攻撃を受けたフランス軍は、総崩れとなった。


「さすがは、革命によって国王を王座から引きずり下ろしたフランスの民だ。我々ドイツ人と比べると、野蛮だな」


 ライラは、オレに話しかける余裕を見せた。


「しかし、戦いは順調、快調、絶好調♪だな、ヴァルハイト」


「油断しないほうがいい、ライラ。主力にしては数が少ないし、力不足感が否めない……もしかしたら、オレたちを誘い込むためのワナかもしれな……」


「よーし、逃げ惑うフランス兵どもの背中を一突きしてやれ、お前たち!!」


「おい、待てライラ!!冷静になれ!」


「ワタシはいつだって冷静だ。この機を逃さず、フランス軍を再起不能なまでに粉砕してやろう!!」


 オレの制止の声に耳を貸さず、ライラは部下を引き連れて馬で駆けだした。


(戦争が、こんな単純なもので良いのか……?いや、考えすぎなのか?)


 緑の野原を馬で駆け抜けていたとき、とある1人の兵を見つけた。


「痛い、熱い……」


 地面に転がり、芋虫のようにもがいているのは、フランス軍の少年兵。


 魔法使いの炎魔法イグニスによって焼かれた腕はただれ、皮1枚で繋がっているような状態だった。


 オレは、何となくその少年の近くで馬から降りた。


 オレは、少年兵の首元に剣の刃を当てた。


「楽に死にたいか?」


 オレの問いかけに、少年はうなずいた。


「そうか。ならば貴様の名誉のために、いさぎよく殺してやる」


 剣で首を斬って、苦しまないように殺してやろうとした。


 しかし、腕が動かない。


 腕が強張り、震えていた。


――オレは、殺しを躊躇ためらっていたのだ。


「悪魔、この悪魔め……」


 少年はオレに憎悪の目を向けた。


 その目は、あらゆる負の感情に満ちており、【悪魔】のようだった。


「……死ねよ、悪魔ドイツ人め」

「っ――貴様!?」


 たった一瞬の隙を突かれた。


 少年兵は、背中に銃を隠していたのだ。


 オレは少年兵の殺意を察知して、彼の首を剣でねた。


 それと同時に発射された銃弾が、オレの左胸を貫いた。


「がはっ……」


 オレは胸から血を垂れ流し、草原の上に倒れた。


「ヴァルハイト様!?」

「ヴァルハイト様、お気を確かに!」

「ヴァルハイト様が撃たれたにゃ!!」


 部下たちが一斉に駆け寄ってくる。


 その中には、弱冠13歳の魔獣軍団長【リリー】の姿もあった。


「ヴァル!ダメ、死んじゃヤダ!!」


 小麦色の肌と、雲のような白い長髪をもつ猫族びょうぞくの少女だ。

 歳も容姿も幼いが、格闘戦の能力はピカイチ。我が軍の癒し系猫耳アイドルである。


 彼女は、魔獣軍団を指揮し、魔獣を使役して戦うことができる。


「大丈夫だ、リリー。オレは死んでいないだろう?」

「でも、でも……心臓に穴が開いているにゃ」

「狙いは心臓を外した。こいつが、銃弾から守ってくれたんだ」


 オレは胸元からペンダントを取り出して、リリーに見せてやった。


「これ何にゃ?」


「オレの父が持たせてくれたペンダントだ。銃弾を弾いて、心臓を守ってくれたんだ」


 青く光るペンダントの表面には、弾痕と思われる傷があった。


 このペンダントを持たせてくれたとき、父は「このペンダントは、お前の命を3回だけ守って下さるだろう」と言っていた。


 ありがとう、父よ。


 確かに、このペンダントはオレを守ってくれた。


「でも、胸を銃弾で貫かれたのは変わらないよ……早く後方に行って、治療してもらわないとにゃ!立てる、ヴァル?」


「厳しいな……」


 体を無理に動かそうとすると、血がドクドクと流れ出る。軍服が、血を吸収して重くなっていた。


 すると、リリーは「んんん!!」とうなり、顔を真っ赤にしながら力をこめ始めた。


 彼女の全身から純白の毛がフサフサと生えて、犬歯は獣のように鋭くなり、筋肉が肥大化。リリーは、獅子ライオンのような姿となった。


「魔獣化か」

「リリーの背中に乗って!後方までダッシュするにゃ!」


 部下たちの手を借りて、魔獣化したリリーの背中に乗せられた。


 そして、撤退している、まさにそのとき、地平線のあたりに無数の【点】を見た。


「待て、リリー!」

「ん、どうしたにゃ?」

「地平線に、何か見える……」


 地平線の【点】は、次第に大きくなって、数を増やしている。


 それらの【点】は、声を揃えて、フランス語の歌を歌っていた。



Marchons ! marchons !


(進め!進め!)


Qu'un sang impur abreuve nos sillons !


けがれた血で我らの畑を潤そう!!)



「っ――フランス軍の奇襲だ!!」


 大砲が火を噴く「ドンっ」という轟音が響き、膨大な魔力が動く。


――オレは確信した。


 あの兵士、魔法使い、砲、騎兵の数は、間違いない……フランス軍の主力だ。



「フランス軍の主力が急速接近中!!」

「早く大砲の準備をしろ!!方向転換だ!」

「魔法使いは、あと何人残っているんだ!?」



 我が王国オーストリア軍は、一気に混乱する。


 そりゃ、勝ち確定の状況が突然ひっくり返されたのだから当然だ。


 歩兵の隊列は乱れ、魔法の詠唱が間に合わない。


「っ――撤退しろ!!」


 オレは戦場に残る部下たちに、撤退を指示した。



「しかし……」

「勇敢なる王国兵士として、撤退はできません!」

「突撃を命じてください!我々は、ドイツ人の誇りにかけて、フランス軍を殲滅せんめつしてみせます!!」



 部下たちは、あくまでこの場に留まり、フランス軍主力を迎え撃とうとしている。


 しかし、弾薬と魔法使いが不足して、歩兵の隊列が崩れている今、主力部隊と戦うのは無謀だ。


「――戦場に最後まで立っていた者が、真の勝者だ!!撤退して、後方で弾薬を補給!素早く陣形を整えろ!!」


 オレは声を大にして撤退を叫ぶ。


 胸の傷が開き、流れ出た血が、魔獣化したリリーの純白の毛を真っ赤に染めた。


「ヴァル……あんまり叫んじゃダメにゃ。血が流れすぎているにゃ……」

「何度でも言う、撤退しろ!これは、オレからの命令だ!」


 命令――部下を持つ者として、便利な言葉だと思う。


 ようやく理解した部下たちは、撤退を始める。


「総員、ヴァルハイト様に続いて撤退しろ!!」

「ヴァルハイト様!先に行ってください。あなたの背中は、私たちがお守りします!」


……まったく、頼れる部下たちである。


 オレは、魔獣化したリリーの背中に乗せられて、後方へと急いで撤退した。


 リリーは、馬の全速力よりも足が速い。


「まずい、頭がクラクラしてきた。血を流し過ぎたみたいだ……」


 意識が遠くなり、妙な浮遊感と悪寒に襲われる。


 寒気もするし、景色もぼんやりしてきた。


「ヴァル!しっかりしてにゃ!」

「ハハッ、こんな異国の地で死ぬとか笑えねぇよ……」

「ヴァル、お願い、死んじゃダメにゃ!!」


 リリーの背中に揺られながら、オレは気を失った。


 最後に背後を振り向いたとき、フランス軍に追われ、大砲や魔法で吹き飛ばされる王国軍兵士なかまたちの姿を見た。



――これが、オレの夢見た戦争か?騎士の誉れ高き世界か?


 冗談じゃない。

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