死ぬ寸前だったブラック企業勤めの社畜を助けてくれたのは銀髪美少女なボクっ娘吸血鬼でした

八木崎

プロローグ

ご主人様は吸血鬼?




 ******




 吸血鬼という生き物を、知っているだろうか?


 映画や小説など、創作物に出てくる架空の存在であり、人間の生き血を啜り、夜に生きる恐ろしい存在。それが吸血鬼だ。


 けど、あくまでそれはフィクションの作品に登場するものでしかなく、現実にはいない。

 さっきも言ったけども、架空の存在なのだ。


 ……と、思っていたのだが、どうやらそうじゃないらしい。

 現に今、こうして目の前にいるのだから。


「どうしたの?」


 そう言って首を傾げる目の前にいる銀髪の少女。

 室内のソファに並ぶように座っている俺たちの距離は近く、肩と肩が触れ合いそうな程に近い。


「もしかして、ボクの顔に何か付いてる?」


 確かめるように自分の顔をペタペタと触りながら、そう言ってくる彼女。

 だが、別に何か付いている訳でも、特に変わった様子もない。

 いつもと変わらず可愛らしい容姿をしている。


 そう、何を隠そう、彼女が件の吸血鬼なのだ。

 幼い容姿と顔立ちをしているが、これでも正真正銘の吸血鬼なのである。


 見た目は普通の人間と変わらない。

 彼女の素性を知らなければ、ただの銀髪ロリ少女にしか見えない。

 けど、彼女が人間でないと知ってしまえば、そうは見えなくなる。


 透き通る美しさを見せる銀髪。

 長く伸びた特徴的な犬歯。

 吸い込まれそうになる宝石のように輝く紅い瞳。

 陶磁器を思わせる白い肌。


 人間離れした美を兼ね備えた少女が、ソファで並んで腰掛けながら俺を見つめている。

 まるで恋人同士のような距離感の中、俺と彼女は見つめ合う形になっていた。


 「ねぇ、大丈夫?」


 と、俺が考えごとをしていると、不思議そうな表情をしながら小首を傾げ、こちらを見つめてくる少女。

 そんな彼女の声で我に返り、慌てて取り繕う様にして返答をした。


「あ、いや……なんでもないよ」


「ふーん。そっか」


 納得したのかどうか分からないが、それ以上追及してくる様子はない。

 その代わりに彼女は俺との距離をもっと詰めてくる。

 距離が近くなったことで、自然と彼女から香ってくる甘い匂いが俺の鼻腔を刺激してきて、なんだか落ち着かない気分になる。


 なんというか、香水とはまた違うような……不思議な香りがするのだ。

 それがなんなのかは分からないが、嗅いでいると頭がぼーっとしてしまうような、そんな感覚に陥る。


 これが吸血鬼の持つ魅了の効果というやつなのだろうか。

 それとも、ただ単に彼女が素で放つ匂いなのか。

 どちらにせよ、心臓に悪いのは確かだった。


「ふふっ。ヤシロってば、顔真っ赤だよー?」


 くすくすと笑いながら言ってくる少女。

 その顔にはいたずらっぽい笑みが浮かんでいる。

 からかう気満々という感じだ。


 そして彼女は俺の首元に顔を近付けると、ペロリと首筋を舐めていく。

 くすぐったい感触と共に、ピリッとした痛みが走り、思わず身を捩る俺。


「うーん、まだまだ……って、感じかな。でも、ちょっとは良くなったかも」


 彼女は俺から顔を離し、満足そうな表情で笑みを浮かべる。

 そんな彼女の様子を傍目に眺めつつ、俺はそっと首元に手を当ててみた。


 そこには傷のような痕があり、少しヒリヒリとした痛みを感じる。

 しかし、もう慣れたというか、今更な話だ。

 なにせ、彼女に血を吸われるのはこれが初めてではないのだから。


「この調子で、もっともっと良くしていこうね」


 そう言って抱き着いてくる彼女。

 まるで枕に顔をうずめるかのようにして、ぎゅーっと思いっきり彼女の小さな身体を密着させてくる。


 柔らかな肌の感触。

 温かい体温。

 ふわりと漂う甘い香り。

 それらが合わさる事で、心臓がドキドキと高鳴り始めるのを感じた。


 正直、めちゃくちゃ恥ずかしいし照れ臭いし緊張するが、不思議と嫌な気分ではない。

 むしろ心地が良いぐらいだ。

 いつまでもこうしていたいと、自然にそう思ってしまう。


 ……さて、どうして俺はこんな状況に身を置いているのかって?

 それはまぁ……成り行きとしか言えないんだよな。

 別に俺は彼女に会いたくて出会ったわけじゃない。

 たまたま偶然が重なった結果だ。


 だって、俺はあの日……から。

 そして彼女と出会ってしまったからこそ、こうして生き延びて、彼女に有効活用されている。

 

 ただ、それだけの話なのだから。




 ******





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