トウキョウ・ゴーストパンク・ストーリー

素直 氷華

第1部 ゴーストの登場

Episode1 ようこそ!2280年のトウキョウへ

Chapter1 ようこそ!2280年のトウキョウへ

「被告人は自身の娘の自殺の原因が同じ学校の友人及び当時のクラス担任が原因と考え、罪のない市民12名を殺害した。その犯行は身勝手かつ冷酷極まりなく、また、仮に本当に被告人の娘の自殺の原因が被害者達にあったとしても、本国では私刑は認められておらず、責任は限りなく重大と言う他なく、極刑が相当とする」


 裁判長はここで言葉を区切り、


 ゆっくりと目を閉じる。

 

 もうどうでもいい。控訴もしない。愛里紗アリサの居ない世界に未練もない。早く死んで地獄に落ちることにしよう。


「主文。被告人を250年の冷凍睡眠コールドスリーブの刑に処する」


「……は?……」


 冷凍睡眠コールドスリーブ……?


「どういう事だッ!?死刑じゃないのか!?何故!?俺を!!」


 だが、俺の問いには答えてくれず、無情にも処置が施されていく。下剤による胃や腸の洗浄を行い、医療着を着せられ、大人一人分しか入らないカプセルに押し込まれた。


「検体番号:0001番、宇都宮うつのみや 正治しょうじ。おめでとう!本来なら絞首刑だが、死刑制度反対の機運が高くてねえ!試験的に冷凍睡眠コールドスリーブの最初の被験者に選ばれたのさ!ははははは!」


 女医が高らかに笑うと不釣り合いに大きい胸が小刻みに揺れる。


「宇都宮君!250年先の未来で!後の科学者達に話してやってくれ!2030年に生きた咎人の生涯を!きっと興味深いだろう!はははははは!」


 カプセルの蓋が閉まり、足元から、ゆっくりと半透明の液体がせり上がってくる。

 液体は信じられないくらい冷たかったが、顔の半分まで来たときには、その冷たさは逆に心地いいくらいだった。


(愛里紗アリサ……)


 完全に意識を手放す前に、俺はもう一度、娘の名前を呼んだ。もう二度と応えてくれない娘の名を。


 ***


「……ごぼ、ぷふぁっ!!」


 四つん這いになり、水を吐き出す。派手に咳き込んだ後、俺は顔を上げ、周囲を見まわした。

 


「おっほ〜〜おはようございま〜す。こんな時はなんて言うんだっけ。あっ、そうそう!お勤めご苦労様です!」


「正確には満期まで3日ですが、刑期が早まったということでいいと思います」


 長身の男は仕立てのいい藍色のスーツを着ており、瞳が虹色に輝いている。彼は顳顬こめかみに指を当て、誰かと話しているようだった。


「高岡君のクラッキングには頭が下がりますよ。うんうん、確かに、この施設のセキュリティはあまり固くは無かったですねぇ。それでも誰でもできるわけじゃあないですよ」


「ボス、そろそろ行かないと。【ジャマー】の有効稼働時間が無くなってしまいます」


「もうですか?全く高いコストをかけているのに、ゆっくり話す間も無いですねぇ。宇都宮君、歩けますか?無理?朝比奈あさひな君、車まで抱えてあげてください」


 朝比奈と呼ばれた巨躯な男は俺を抱き抱えた。彼の瞳も虹色に光っている。2人は示し合わせた様に走り出した。

 俺は事態を上手く飲み込めないまま、なすがままに身を任せた。


 俺達は拘置所の建物を出て、元々、用意してあっただろう車に乗り込んだ。


 長い眠りから覚めたからと建物内部が暗かったため、俺は勝手に真夜中だと思っていたが、外の光を見ると夕方のようだった。


 車の運転席を見ると、誰も乗っていなかった。


「自動運転ですよ。どの車も標準装備になったのは100年前ですかね?手動マニュアルは今は博物館でしか見かけませんね」


「……ここは未来の世界か?」


「我々にとってはなんですよ、宇都宮君。最も2030年で冷凍睡眠に入ったらタイムスリップしたと思ってもおかしくないですがねぇ」


 車はどうやら都市部に入ったようだった。


「そうだ!こんな趣向はどうですか?」


 男が指を鳴らすと車の内装が透過し、周りの景色がよりはっきりと見えた。


 以前、万博で見た空飛ぶ車やドローンが自由に、それでいて規則性がある様な動きでたくさん飛んでいる。


 高層階ビルが建ち並び、空には立体映像ホログラムが浮かんでいる。


 俺は目に飛び込んでくる光景にただただ圧倒されていた。俺はようやく声を絞り出し、一言、質問した。


「……今は西暦何年だ?」


 男はニヤリと笑い、芝居がかった仕草で両手を広げだ。まるで、ここは俺の舞台だと言わんばかりに。


「ようこそ!2280年のトウキョウへ!」

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