第31話 シャーベット
イタリア生まれのシャーベットは、果汁に糖類を加えて凍らせた氷菓で、シャリシャリとした冷たい食感は、夏にピッタリの食べものである。
(
昼休憩が終わるころ、デスクにもどるとちゅうで携帯電話にメールが届いた。立ちどまり、廊下の壁ぎわによけて内容を確認する。
(茜くんからだ。ちょうど、きみのことを考えていたタイミングで驚くな)
今週の金曜日は、ふたりの恋人が
(……ようやく、旭くんとつながることができるんだな。知りあってひと月半だというのに、ずいぶん長く感じる)
茜のメールに目をとおしながら、旭との性交渉が待ち遠しい山吹は、「いかん」と声にでた。
(そういえば、茜くんは、どうなんだろうか。おれに抱かれたいと思っているのか、よくわからないな……。交際しているとはいえ、旭くんと過ごす時間のほうが多い状況は、茜くんを放置していることにならないか?)
山吹は返信を打つ手をとめ、小さく息を吐いた。勢いでキスをしたものの、アフターケアがよろしくない。急に不安を覚えた山吹は、定時に退勤すると、花屋へ向かった。閉店ギリギリの時間に顔をだすと、作業台をかたづけていた茜は、パッと明るい表情で近づいてきた。
「ユウタロウさん、わざわざ来てくださったのですか? ありがとうございます」
「ああ、メールを読んだよ。ありがとう」
「そんな……、ぼくはただ、ユウタロウさんにご迷惑をおかけしては、申しわけないと思って……」
「迷惑だなんて思っていないよ。きみの親切はありがたいけれど、もっとわがままを云っていいんだ。おれは、恋人だからね。期待に応える努力をさせてくれ」
「ユウタロウさん……、ありがとうございます……」
「こちらこそ、ありがとう(うん? さっきから、ありがとうの回数が多いな……)」
山吹が逢いにきて気恥ずかしい茜は、先程から目をあわせず、足もとへ視線を落としている。メールの内容は、シャーベットのおいしい店が見つからなければ、クレープでもホットケーキでも、なんでもいいという申し出だった。
「シャーベットの件は、いくつか調べてあるよ。どこの
ショルダーバッグから携帯電話を取りだし、スクリーンショットの画面を向けると、茜がのぞきこんだ。前かがみの姿勢につき、衿がひらいて乳首があらわになる。こんどは目を逸らさずに見つめる山吹は、ぷくっとした突起に、ふれたいと思った。
(茜くんの胸は、旭くんよりふくらみがあるんだな……)
白い肌に浮かぶ鎖骨や首筋を見つめていると、顔をあげた茜と目があった。一卵性双生児の彼らは、うっとりとした表情で山吹を見つめる。
「あ、あの、ユウタロウさ……」
なにかを云いかける茜に、思わず口づけてしまった山吹は、「すまん」と即座に詫びた。
「な、なぜ、あやまるんですか? ぼくは、ぜんぜん……」
「全然?」
「ぜ、全然、平気です……」
「そう、安心したよ」
「ぼくは、ユウタロウさんが好き……だから……、キスは……、その、うれしいです……」
「ありがとう、茜くん」
(また、ありがとうか。つい、口から出てしまいうな。茜くんは行儀がいい子だからな。……いつもその調子だと、肩が凝らないか?)
山吹は作業台にショルダーバッグと携帯電話を置くと、茜の肩を引き寄せて、もういちどキスをした。
「……ふぁっ、……あっ、んっ!」
茜の口腔へ舌を挿入して熱い吐息を交わしていると、細い腰がふるえだした。
「だいじょうぶかい?」
「は、はい……。少し、驚きました……。ユウタロウさんの汗のにおいがして、ドキドキします……」
「失礼、それはすまない」
デオドラントの制汗スプレーで体臭ケアはしていたが、唇を重ねて唾液をのみこむ相手には、ごまかせないようだ。
「いやなにおいではありませんので、気にしないでください」
(茜くんにアフターケアをするつもりで来たが、おれがフォローされてしまった……)
やや自滅ぎみの山吹が肩をすぼめると、茜は、クスクスと明るい声で笑った。
(ああ、癒される笑顔だ。ありがたい)
何度目かわからないほど感謝して、山吹は本題をまとめにはいる。シャーベットの種類に悩む茜は、しばらく悩んだ末、「このお店にします」と、目的地を決定した。
「ほかには?」
「え……」
「シャーベットだけでいいのかい」
旭と性交渉する約束にくらべ、茜の希望は安価すぎる。山吹のほうで、追加を許可したが、もうひとりの恋人は首を横にふった。
「あなたといっしょに、好きなものを食べる誕生日は、すてきな思い出になります。それ以上のことをお願いするなんて、ぼくには、とてもできません」
「きみには欲がないのか? なんでもいいよ。ほしいものがあれば、遠慮せずに教えてくれないかな」
「ほしかったものは、手に入りました」
「
「はい。あなたが、こんなふうにぼくのところへきて、心を寄せてくれる。充分すぎるほど、しあわせです」
茜の思いを考慮するかぎり、肉体関係は
(おれは、
「ありがとう、茜くん」
最後は自然にでたことばだった。山吹は、茜のあたたかい気持ちを、しっかりと胸に刻んだ。
❃つづく
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