第26話 したごころ


「茜くん、おれたちもひとつになろう」


「えっ? ユウタロ……さ……」


 えええーっ!と、心のなかで叫んで飛び起きた朝、本人が花屋を訪ねてきた。



「いらっしゃいませ、あれっ、ユウタロウさん!?」


「こんにちは、きょうも暑いな」


 クールビズとはいえ、衿つきのシャツを着て得意先の挨拶にまわる山吹は、額に浮かぶ汗をハンカチで拭きとった。


「こちらへどうぞ。今、冷たいお茶を持ってきます」


「どうもありがとう」


 昼食をすませて立ち寄った場所は、フルブルームといって、双子の兄弟が店番をするフラワーショップである。作業台の横に設置されている木製のベンチに腰をかけ、「ふう」とひと息つく山吹は、(旭くんは、レストランのバイトかな)と、姿を見せない恋人のようすを気にかけた。アルバイト先のシェフが同性愛者で、旭を狙っていると知った以上、気にならないといえば嘘になる。


「お待たせしました」


「助かるよ。きみのぶんはどうした」


「ぼくならだいじょうぶです。さっき、麦茶をのみました」


「そうか。それじゃ、遠慮なくいただくよ」


「はい、どうぞ」


 氷を入れた緑茶をのむ山吹は、ショルダーバッグを脇に置き、茜をとなりへ坐らせた。


「この時間は手がくのかい」 


「きょうは月にいちど商品の入れ替えをする日で、お店は午前中までなんです」


「すまない。閉めるところを邪魔したな」


「そんなことありません。ぼくは、ユウタロウさんに逢えてうれしいです」


「そうか……」


 茜はエプロンの紐をほどいて脱ぐと、ひざの上でたたんだ。山吹がのみ干したコップといっしょに作業台へ置くと、店のガラス戸を施錠してもどり、ふたりきりの空間を意図して確保した。兄と祖母が留守にしている今、もういちど山吹に告白するチャンスだ。そう思って、「あの」と声をふりしぼる。


「なんだい? プレゼント、きまったかな」


「あ……、誕生日の……」


「当日は旭くんを猫カフェへ連れていくことになっているから、きみとは出かけられないが、ほしいものがあれば買わせてもらうよ」


「ほしいもの……ですか……」


「おれのほうで捻出できるかぎりの金額でよければ、なんて、われながら恰好悪い科白だな」


「ぼくはそんなふうに思いません。ユウタロウさんのお気持ちだけで、すごくうれしいです」


「ほしいものはないのかい?」


 ふたたび問われた茜は、覚悟をきめて山吹の顔を見据えた。


「希望なら、あります」


「云ってご覧」


「はい。ぼくのほしいものは……」


「うん」


「あ、あなたの……」


「おれの?」


「ユウタロウさんがほしいです」


 二度目となる告白を耳にした山吹は、茜の思いが充分に伝わってきた。兄に触発されて血迷っているわけではなく、茜自身が心を寄せている。自惚うぬぼれではなく確信すると、まずは感謝した。


「ありがとう、茜くん。おれも、きみのことは好きだよ」


「ユウタロウさん」


「申しわけないが、おれは、きみの兄と交際を始めているんだ。これからも、旭くんを大事にしたいと思う」


「……つまり、ぼくではダメなんですね。あなたの恋人には、なれないと……」


「そうだな。本来、恋人と呼べる相手はひとりきりだ。おれにとって、旭くんがその対象になるわけだが、きみたちは双子だからね。茜くんも例外ではないよ」


「それは、どういう意味ですか?」


「たとえば、こういうことだ」


 山吹は笑みを浮かべ、茜の太ももへ手のひらを添えた。


「ユウタロウさん、なにを……」


「いやなら、全力で拒絶してくれ」


 ゆっくりと山吹の腕が股のあいだへ移動してくるため、茜は、「あ……、あ……」と声がふるえた。スパッツの上から欲望の在処を摑まれたが、その腕を見つめるだけで、ふりはらう気力は起こらなかった。


(いやがらないな。これ以上は、さすがにまずいか?)


 シャツのなかへ指を這わせ、じかに茜の胸もとを愛撫すると、乳首はすでに硬くなっていた。


「興奮してるね。きみは、おれを赦してくれるのか」


「赦すって、なにをです? ぼくは、ユウタロウさんが好きなのに……、あなたは、旭とつきあってしまうから……、どうすることもできなくて……、あっ、んっ!」


「きみたちに選ばれたおれは、どうすれば正解だろうな。ふたりとも、こんなにかわいくては、目が離せなくなるよ」


「ユウタロウさん……、ダメ……、ぼく……、おかしくなっちゃう……」


「わかった、このへんでやめよう。ただし、きみには承知してもらいたいことがある」


「な、なんですか……」


「旭くんに、きみのことをよろしくと云われている。おれは、きみとつきあうこともできるんだ。両手に花とは、贅沢な話だけどな」


「そんな……、ぼくは、それでもあなたと……」


「おれと、つきあうかい? 今のつづきを旭くんとしているとしても、きみの気持ちは変わらないかな」


「か、変わりません。ぼくだって、ユウタロウさんとなら、エッチくらいできます!」


「おっと」


 胴体にしがみつかれた山吹は、茜の体温を心地よく受けとめた。


(おれが旭くんと愛しあっていても、きみの好意は変わらないのか……。茜くんは、真剣に考えて答えをだしている。おれも、しっかりしないとな……)


 山吹は腕時計で時刻を確認して、昼休憩が過ぎるまえに、茜とまじめに向きあった。


「わかったよ、茜くん。きょうからきみもおれの恋人だ」


「本当に、いいんですか。ぼくと、つきあってくれるの?」


「ああ、つきあおう。よろしくな」


「こ、こちらこそ、よろしくお願いします。ありがとうございます……!」


「その涙は、うれし泣きかい?」


 云われて、茜は大粒の涙をこぼしていることに気づいた。あわててシャツの裾でぬぐうと、細い腰があらわになった。山吹にひと撫でされた頬が、熱くなる。


「ユウタロウさん好き……。ぼくは、あなたが大好きです……」


「茜くん、キスしようか」


「はい」


 夏の鮮やかな草花に囲まれたベンチで茜と誓いの口づけを交わす山吹は、瑞々しく成長した双子兄弟ツインズを、おいしく食べることができるだろうか。



❃つづく

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