第21話 しあわせな時間


 週末にかぎり、アパートの同居人が増えることになった山吹は、買いものカゴに日用品を追加すると、ドラッグストアのレジにならんだ。医薬品を取り扱う都合上、会計はセルフではない。若い女性店員が「いらっしゃいませ」と笑顔で対応する。スキンケア商品は紙袋につつんで渡された。「ありがとうございます。またお越しくださいませ」


 山吹は道沿いにあるコンビニへ立ち寄り、惣菜パンやスナック菓子などを購入し、両手にレジ袋をさげて帰宅した。


「ただいま」


 ひとり暮らしにつき、誰もいない部屋に向かって挨拶する習慣はない。だが、これからは少しちがってくるのだろう。奥から「おかえり」という返事がして、旭が歩み寄ってきた。コンビニのレジ袋を受けとり、「これ、食べていいのか?」と訊く。


「ああ、きみに全部あげるよ」


「サンキュー、いただき!」


 玄関の鍵を開けるまで身構えていた山吹は、何事もなく引き返す旭を見て、内心ホッとした。


(まだ裸身はだかでいて、急に抱きついてきたらどうしようかと思ったが、さすがにそれはないか。旭くんの行動パターンは読むのがむずかしいな)


 山吹の着るものをあさったらしく、旭いわく「彼シャツ」を身につけている。太ももまで隠れているが、絨毯の上であぐらをかくと、大事なものがのぞいて見えた。


(ノーパンってやつか。どちらにしろ、旭くんの下着はシースルーブリーフだからな。あれでは、はいてないようなものだ)


 台所で紙袋の中身を取りだす山吹は、潤滑剤のフィルムをはがしてふたを開けると、流し台のなかへ垂らしてみた。トロッとした無色の液体は、ほぼ無臭である。


(なるほど。使ったことはないが、これがあれば、指くらいすんなりはいりそうだな……)


 双子兄弟ツインズの誕生日までに手ぎわよく準備を整えてゆく。


「旭くん、今夜の夕食だけど、早めにすませてもいいかな」


「なんか用事でもあんの?」


「誕生日まであまり時間がないからね。さっそく商品これを試そうと思うんだが、きみの具合はどうだろう」


 台所に立つ山吹は、その場で潤滑剤のボトルを持ちあげてみせた。ちょうどスナック菓子をほおばった旭は、ゴフッと、軽くせき込んだ。


「べつにいいけど……」


「じゃあ、おれもシャワーを浴びてくるよ」


「い、いってらっしゃい?」


「きみはそこにいるんだぞ。のぞき見はダメだからね」


「……っ!? ばっか! わざわざのぞかねぇし!」


 山吹は背後を警戒して釘を刺す。親密な関係となった今、互いに性的な関心は強く、しっとりとした空気が流れた。夜になると、ベッドの上で昼間のつづきを再開した。仰向けになって股をひらく旭は、おとなしく山吹に身をまかせていたが、初めての感覚に当惑した。


「旭くん、そんなふうにりきんではダメだ。深呼吸をして……、そう、ゆっくりでいい」


 思っていたほど痛みは感じない旭だが、反射的に力がはいってしまうため、どうすることもできなかった。


「さっきより、だいぶやわらかくなってきたな。旭くん、いいぞ、その調子だ」


 性感帯をさぐる山吹は、あえぎ声で具合を判断しつつ、最高潮に達する旭を見届けた。愛しあうふたりは、どちらも表情がゆるんでいる。しあわせな性行為だった。



「よし、今、躰を拭いてやる」


「……はぁ、はぁっ、ユウタのは? ……ズボン、すげぇ盛りあがってるじゃん」


「おれのもできあがっているからね。あとで処理するから気にしなくていいよ」



 自制するためルームウェアを身につけている山吹は、トイレで欲望の後始末をすると、両手を石鹸で丁寧に洗い流した。ベッドの上で躰を休める旭に、声をかける。


「旭くん、疲れただろう。そのまま寝ていいぞ」


「でも、このベッドはユウタのだから……」


「おれは、きみが買ってきた敷き布団を使わせてもらうよ」


「あ、あのな、ユウタぁ。たまにはきびしく扱ってくれよ(とくにベッドの上では、めちゃくちゃにされたいし……)。そうやって、いつもやさしすぎると、おれのほうで悪癖くせがつくかもよ?」


「きみは特別だから介意かまわないさ」


「……っ!?(その科白せりふは反則だろ! ユウタって、いきなりキザになるときがあるよな!)」


「おやすみ」といって部屋の電気を暗くする山吹は、ベッドの上で悶絶する旭をよそに、床の敷き布団へ横になった。


 旭との交際はスタートしたばかりだが、真剣に向きあう相手は、もうひとりいる。


(こんどはあかねくんに、おれの気持ちを伝えないと……)


 双子兄弟ツインズに慕われる山吹は、眠れない夜を過ごした。



❃つづく

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