[BL]花屋の満開ツインズは食べられたい

み馬下諒

第1話 INTRODUCTION


「見ろよ、ユウタ。表面がつるつるのトゲ無しサボテン。突然変異の品種で、珍宝閣ちんぽうかくっていうんだぜ。男性器ペニスみたいでエロいだろ」


 彼は、鉢植えを目の高さへ持ちあげてう。シャツの丈が短いため、きれいな形をしたへそが丸見えだ。利発そうな顔の横にならぶみどり色の多肉植物は、長さも太さも雄性おすの生殖器官をそっくりあらわしている。


(悪いな、サボテン。おまえより、おれほうがデカいぜ。……ちん……なんだって? 漢字はあとで調べておくか)


「ユウタロウさん、タンポポ属の植物はクローンだってご存じでしたか? 受粉をせずに種子をつくる方法を、単為生殖といいます」


 彼は、サイズの大きいシャツを身につけているため、前傾姿勢で花瓶に水を差すたび、腋窩より胸もとがあらわになって、ぷくっとした、薄紅色の突起(乳首のことだよ)がのぞいて見えた。


(肌が白すぎやしないか。それにしても、やわらかそうだ。……ちょっと、さわってみたくなるな)


 逢うたび、目のやり場と理性がゆらぐ彼らは、一卵性双生児の兄弟である。両親は海外へ長期出張しており、母方の実家が「つぶれにくいビジネス」として開業したフラワーショップ・フルブルームの仕事を手伝っていた。



 ガタンゴトンッと、電車がゆれている。


 

 ふと目をさました山吹やまぶき湧太郎ゆうたろうは、会社をあとにして帰宅とちゅうである。座席シートにもたれていたが、いつのまにか、となりにすわるサラリーマンの肩に頭を乗せて眠っていた。


「これは、失礼しました」


 即座に詫びる。


 スーツ姿の男の足もとには、ビジネスバッグが置いてあった。本人のものだろう。見れば、ハイブランドの本革製だ。山吹はソフトレザーのショルダータイプを肩がけにしているため、なんとなく恥ずかしい気分になった。他人の寝息が耳にかかるなど不快だろうし、いつから寄りかかっていたのか不明だが、男は「お疲れのようですね」と、調子をあわせてくれた。内心ホッとした山吹は、スーツの胸ポケットから名刺入れを取りだすと、会社で刷ってよこされた一枚を手渡した。


「へえ、山吹湧太郎さんですか。いい名前ですね。保険会社にお勤めでしたか。もしかして営業?」


「はい。きょうも、外まわりを何軒かしてきたところで……」


「それは大変だな」


 男は幸田こうだ智成ともなりと名乗り、山吹と名刺を交換した。会話のとちゅうでくだけた口ぶりに変わったが、年代が近いと思われるため、敬語を使われるより耳に心地よく、適度な親しみやすさを覚えた。


 電車が次の駅舎に近づくと、幸田は「それじゃ、お先に」といって席を立つ。



 保険会社の正社員として働く山吹は、定期的に顧客を訪ねてまわり、契約内容の確認や更新といった手続きのほか、新規加入を取りつける、いわゆる営業マンのひとりである。じぶんに向いている仕事とは思わないが、信頼関係を築くためのコミュニケーションを大切にして、担当地域を歩きまわるうち、デイサービスの白いワゴン車が停まる住宅を見つけた。店舗併用の二階建てで、看板は色あせている。


(フラワーショップ・フルブルームか。……こんな町はずれに花屋があったんだな。いちどくらい声がけしてみるか)


 介護職員に付き添われておりる高齢女性は、よろよろとした足取りでなかへはいっていく。身体障害者なのかどうか、外見から健康状態を判断するのはむずかしい。ワゴン車が走り去るのを見届けた山吹は、会社のパンフレットを脇にさして、「ごめんください」と店舗のガラス戸をたたいた。



「なんだ、てめぇ。訪問販売なら帰れ」



 引分タイプのスライドドアを全開にして、ぬれ髪の少年が山吹を邪険にあしらった。風呂あがりのようすで、腰にバスタオルを巻いている。半裸の状態につき、一瞬、ドキッとした。


「わたしはあやしい者ではなく、こういった健康保険のご案内で……」


 たとえ相手がどんな恰好かっこうであらわれようと、営業スマイルは必須である。「よろしければ、こちらをご覧ください」と笑顔でパンフレットを差しだすと、少年は「ばあちゃんに用?」と、いくらか表情をやわらげて云う。


「突然お伺いして申しわけありません。きょうのところはパンフレットを置いていきますので、なにかご入用でしたら、こちらまでご連絡ください(さりげなく名刺を添える)。わたしの個人携帯につながります」


「あんたって予約制なのか。ホストみてぇだな」


「ホ、ホスト? おれが?」


 少年の口から意外な単語が飛びだすと、おもて向きの一人称をまちがえた山吹は、あわてて「失礼、わたし、、、は山吹湧太郎と申します」と訂正した。


「ヤマブキユウタロウねぇ。なんか、めんどくせぇな。ユウタでよくね?」


 なにが面倒なのかよくわからないが、少年はパンフレットの表紙と名刺をジロジロながめ、それから、静かに立ち去ろうとする山吹に向かって、「またな」と手をふった。



 数日後、会社の電話が鳴る。


 

 昼休憩のためデスクにもどっていた山吹は、花屋の少年から、「ばあちゃんが今の保険を見なおしたいってさ。ユウタ、説明にこれる?」と連絡を受けた。おそらく、パンフレットへ目を通したうえでの申し出につき、「かしこまりました」とうなずいた。


(よし、新規顧客ゲットのチャンスだ)


 高齢者向けのプランはかぎられてくるが、どんな相談にも最適なアドバイスができるよう、山吹はガイドブックを読み返しておく。相手が指定した日時は、あさっての午后ごごだった。その日は、朝から霧のような小雨がふっていた。山吹は男持ちの黒い傘をさして花屋へ向かい、軒先でスーツに降りかかった水滴をはらった。


「これをどうぞ」


 内側からガラス戸をひらいて、軒下にたたずむ山吹へハンカチを差しだす人物は、見覚えのある顔だ。ところが、「こんにちは。話はうかがっています。保険会社のユウタロウ、、、、、さんですね?」という少年は、まるで別人のようなまなざしで、山吹を見あげた。


「きみは……」


「初対面だと驚きますよね。ぼくたちは双子なんですよ。先日は、あさひが失礼しました。ぼくは、弟のあかねです」



❃つづく



※物語をお読みいただき、誠にありがとうございます。こちらの改稿版は下ネタが多くなりがちにつき、苦手な方はご注意ください。

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