第5話 好事魔多し
二宮と香織は、それまで順風満帆な毎日を送ってきたが、
「好事魔多し」
という言葉のように、ちょっと歯車が狂ってくると、ろくなことがないといわれることを思い出させるような、いやな予感に包まれる時期に入っていた。
結婚に対しても、何ら障害がなく、あとは、
「二人で、愛を育んでいくだけ」
ということであったが、
「幸せの絶頂だ」
と思っていた二人に、
「まさか、そんなことが起こるなんて」
という事態が迫っているなどということは、思ってもいなかった。
ただ、
「こんなに幸せでいいのかな?」
ということから、急に不安に陥るということは結構あることであり、
「幸せの絶頂って、怖いことなのかも知れない」
と思う人もいることだろう。
有頂天になっていると、ちょっとしたことでも、
「こんなことが起こっていいのか?」
というような不安に襲われることがある。
しかし、それは、
「ただ疑心暗鬼にかかっているだけだ」
という人もいれば、
「それこそ、マリッジブルーと呼ばれるようなものかも知れないぞ」
ということで、
「これまで、なかなか手が届かないと思っていた幸せが、急に手が届く範囲にまでくるというようになると、それまで感じたことのない不安に、急に襲われるようになる」
ということはえてしてあるものだ。
特に。結婚というものは、その最たる例といってもいいだろう。
「結婚というのは、人生の墓場だ」
という人もいる。
それまで、自由に選べるはずの結婚相手が、一度結婚してしまうと、
「他の人を好きになってはいけない」
という、
「貞操」
という意味でも、
「倫理的」
という意味でも許されないことである。
要するに、
「民主主義の基本」
でもあり、それまで、
「皆に求められたもの」
ということで当たり前だと思っていた自由が制限されるということになるのだ。
確かに、
「好きになって、その人と一緒になれる」
というのだから、
「これ以上の幸せはない」
といってもいいだろう。
しかし、
「結婚なんて、何のためにしないといけないのか?」
ということを考えると、昔であれば、
「子供を産むことで、家を存続させる」
というれっきとした理由があった。
それも、
「いい悪いというのは別にして」
ということであるが、
「結婚というものが、そのまま家の存続ということにつながり、昔であれば、男子が産めない奥さんは、離縁されても仕方がない」
と言われていた。
それこそ、
「結婚」
というのは、
「子供を作る」
ということのための
「相手を選ぶ儀式」
ということになるのだ。
そんな風潮は、
「昭和の時代くらいまで続いただろうか」
それこそ、
「家長制度」
ということで、
「一家の大黒柱である父親が一番偉い」
という風潮である。
しかし、それも、
「大黒柱が一人働いて、一家を養い。奥さんは専業主婦で家を守る」
ということが当たり前の神話のように言われてきた時代が、昭和が終わってから、
「バブル経済の崩壊」
ということで、経済の大混乱から、
「奥さんも働きに出ないといけない」
ということになり、一気に、
「家長制度」
というのも、崩壊したのである。
だから、そうなると、そもそもの、
「結婚」
というものの存在意義というものも、
「怪しいものだ」
ということになるのだ。
だから、
「いやなら離婚すればいい」
とばかりに、スピード離婚ということでの、
「成田離婚」
というものが出てきたのであった。
ただ、二人の間、つまり、
「二宮と香織の間」
にはそんなものはなかった。
なぜかというと、最初に香織が、
「あなたと付き合っていく自信がない」
と言ったではないか。
というのは、彼女としては、
「自分が自信がない」
ということを、相手に明かして、相手にも、
「自分の悩みを分かってもらいたい」
もっといえば、
「共有してほしい」
と考えていたのだろう。
この考えを持つのは。早い方がいい。
少しでも遅れると、お互いに離れていくことになる」
というわけで、特に、お互いの考え方が実直で、それぞれが、時系列に対して、竺仙というものを描いているとすれば、その考え方は、
「減算法になる」
という考えを、二宮は持っていた。
これは、どちらかというと、
「女性側の考え方ではないか?」
と思うのだ。
これはあくまでも、
「すべての女性が」
ということではない。
そんなことを言ってしまうと、
「女性蔑視だ」
と言われかねないので、あくまでも、
「個人的な考え」
というだけのことなのだが、それもあくまでも、
「考え方」
としていうだけのことである。
そして、自分が考える女性というのは、まず、
「自分の中で伏線を敷こう」
と考えるのではないか?
と思うのだ。
つまり、
「自分に後からでも、正当性がある」
と思わせるには、本当は、
「同じ時間、同じものを見ている必要がある」
ということなのだろうが、
「男女間」
という問題において、女性ということであれば、
「どうしても。自分が先に進んでいて、主導権を握っていないと追いていかれてしまう」
という考えになるということである。
ただ、この場合にも、デメリットというものがあり、それが、
「後ろが見えない」
ということで、
「追手の姿が確認できない」
ということになる。
つまりは、
「追われる方は、いくら先に進んでいるといっても、後続が見えないことで不安になる」
ということだ。
スポーツのリーグ戦などでは、よく言われることとして、
「一番リーグ戦を争う上で有利なのは、一位に肉薄している二位だ」
ということであった。
一位になると、どうしても後ろが気になるが、トップである以上。後ろを気にして後ろを見ると、その瞬間抜かれてしまうかも知れないし、後ろを向いた瞬間に、ひっくり返って、そのまま、びりになってしまう可能性がある」
ということである。
不安がどんどん募ってきて、余計な気を使わないといけなくなるわけで、
「それこそ、最後の瞬間、余力を残していた相手に、最後で一気に抜かれてしまうかも知れない」
ということになる。
もっとも、
「後ろを気にするくらいの余裕」
であったり、
「後ろを感じる直観というものを持つ」
というくらいの力がないと、そもそも、
「優勝するだけの力がない」
といってもいいかも知れない。
しかし、女性というのは、
「不安が募ってくると、抑えが利かない」
ということから、
「優勝というものが、目の前に見えている状態にまで、相手にこちらがどこにいるか分からない状態にしておかないと気が済まない」
というくらいなのだろう。
だから、男女間で、何かあった時、男性の方では、
「もし、何か不安があったりすれば、相手が必ず言ってくれる」
と感じるのが男性というものであり、女性とすれば、
「こっちが不安に感じているのだから、男性が気を遣って声をかけてくれるのが当たり前だ」
ということで、
「お互いに、気を遣ってしかるべき」
と考えているくせに、結局は、他力本願になるのであった。
だから、結果としてこじれた時、男性は女性に対して、
「こっちが気を遣って何も言わないでいると、相手は勝手に自分だけで先に行ってしまっていて、本来であれば、相談すべき状況で、すでに腹は決まっている」
ということになるのだ。
男性側とすれば、
「まさか」
と思うだろう。
そして、
「話をしてくれないと、分かるはずないじゃないか」
と言って、勝手に自分で結論を決めてしまったことに怒り心頭になることだろう。
しかし、女性としては、
「そんなことも分からないなんて」
ということになるのだが、それは、普段であればいいのだが、
「こっちは苦しんでいるのに、まるで見て見ぬふりをされた」
としか思わないのだ。
もちろん、男性側も、
「まったくわからなかった」
というわけではないだろう。
もしそれを言ってしまうと、
「最初から無理な夫婦だったんだ」
ということを自らが認めることになり、結局。
「離婚もやむなし」
という結論に至るといってもいいだろう。
それを認めてしまうと、こちらが出遅れている分、
「取り返しがつかないことになる」
ということである。
要するに、
「最初からの、この件に関しては、スタートラインが違っているのだ」
ということで、奥さんとすれば、
「悩んでいる自分に気づいてくれない旦那はいらない」
ということになるのだろう。
離婚の時、男性がいう言葉として、
「女というのは、ずっと黙っていて、不満を口にしたその瞬間には、すでに、腹は決まっているということなのだろう」
ということであった。
男性は、最初に奥さんから不満をぶちまけられた時、
「何を言っているんだ?」
という気持ちになると同時に、
「ここがスタートラインだ」
と思い、
「自分の隣で、スタートの合図を待っている」
と思っている。
しかし、実際には、
「奥さんは、すでに、ゴール寸前にいて、すでに腹は決まった状態で、あとはいかにしてゴールテープを切るか?」
というだけのことである。
それが、彼女にとって、
「いかに自分が有利に離婚できるか?」
ということを、すでに冷静になった頭で考えるわけで、しかも、今旦那が通っている道というのは、
「かつて自分が進んできた道」
ということで、
「勝手は分かっている」
ということだ。
どれほど圧倒的に有利なのかということになるだろう。
しかし、男性側は、そんなところまで行っているとは思っていないので。
「今の自分と同じところを歩んでいるはずなので、気持ちはわかるはずだ」
ということで、
「今の自分の悩みを真摯に受け止めて、その気持ちを誠意をもってぶつければ、きっとわかってくれる」
と考えるだろう。
だから、奥さんに対しての説得として、まずは、子供がいる場合は、
「子供の将来を考えてみろ」
ということから始まる。
そして、次には、
「情に訴える」
ということで、
「二人が楽しかった時のことを思い出してごらん」
ということで、とっくに通り過ぎてしまったことを、今更のように思い出させようとするのだ。
なぜなら、その時、焦って旦那が考えているのは、
「目の前の奥さんが、まるでオニババのように見えるからで、それを感じたくないという思いから、付き合い始めた時の、幸せだった時期を、走馬灯のように思い起こさせることが大切だ」
ということになるのだ。
「二宮と、香織の間」
には、そんなことはなかった。
にも拘わらず、二宮は、今そのことを考えている。
「どうしてなんだろうな?」
と考えると、
「もし、あのまま結婚というゴールテープを切っていれば、最終的に、離婚することになった」
ということを感じているからだろうか?
という思いであった。
二宮と、香織は、
「あのまま行けば、幸せな結婚」
というものができたはずであった。
しかし、それができなかったというのは、
「二人の気持ち」
というものによるわけではなかった。
たった一つの事件が起こったことで、二人はそれまでとは正反対の人生を歩むことになるのであり、そのことを、一時期は、
「思い出したくもない」
と思い、
「それを自分の黒歴史」
と感じていたが、実際には、
「かなり経ってから、どうして、離婚を感じなければいけないのか?」
という不思議な感覚に陥ったのである。
そう、二人は結婚はしていない。結婚寸前になり、二人に襲い掛かった事件。それは、結婚というものが煮詰まってきて、
「結婚のための準備に、忙しく動き回っている」
という頃のことだった。
二人は、ちょうど、ウエディングドレスの打ち合わせに、仕事が終わって待ち合わせ、閉店間際ということであったが、時間的に何とかなりそうなので、店に向かってから、相談を終えたそのあとだった。
腹が減っていたこともあって、
「海の見えるしゃれたオープンカフェでの夕食となった」
そこでは、夏になると、カップルが多く、
「夜景を見ながら」
というのが売りだったのだ。
だから、店も結構遅くまで営業していて、自分たちの他には3組の客がいて、きれいな景色を見ながらの食事を、最高だと言いながら楽しんでいたのだ。
そのまま普通に帰ればよかったものを、
「近くにきれいなホテルがある」
ということで、誘ったのだ。
カフェを出てから、ホテルまでは、近道として、
「倉庫街」
になっているところを通ればいいというのは、リサーチ済みで、
「仕事が終わってからの打ち合わせの後の食事」
ということで疲れもあるということが分かっていたので、つい、近道をしようということになったのだ。
しかし、それが悪かった。
ちょうど、倉庫街で、反ぐれ連中が、とぐろを巻いていた。
そんなところに、カップルが、
「迷い込んだ」
というような形になったのだから、相手からすれば、
「飛んで火にいる夏の虫」
ということで、
「しまった」
と思っても、後の祭りだった。
男たちのぎらついた目は、香織に注がれる。しかも、
「いや、助けて」
と言って、叫べば叫ぶほど、男たちは興奮の度が増してきて、それこそ、
「こいつら異常だ」
ということを、今さらながらに、思い知らされた気がして、抵抗はするが、心の中で、
「もうダメだ」
という気持ちになってきたのであった。
必死になって逆らっているつもりだったが、次第に手が震えてきて、手に力が入らなくなる。
「こんなことになるなんて」
と思いながら、心の中で、
「どうすれば一番被害が少なくて済むか?」
ということばかり考えるようになった。
最初こそ、
「香織を助けなければ」
とは思っていたのに、そのうちに、自分が、
「殴る蹴る」
ということをされているうちに、
「自分がいかに助かるか?」
ということだけを考えるようになっていたのだ。
結果として、
「気絶してしまえばいいんだ」
と感じるようになり、実際に、殴られて気も遠くなってきたことから、本当に意識がなくなってしまった。
その時には、
「香織はどうなったんだ?」
という思いもないわけではなかったが、
「すっかり見捨ててしまった自分が、このまま意識を持っていてはいけない」
という感覚から、
「完全に意識を失う」
という行動に走らせてしまったということになるだろう。
それから気づいた時には、病院のベッドで治療を受けていた。
腕に天敵の針が刺さっていて、点滴治療を受けていた。
見知らぬ背広姿の男が二人、心配そうにこちらをのぞき込んでいたが、こちらが気づいたことで、ホッとした様子だった。
どこかに、携帯で連絡をしているようで、
「男性の方は気が付きました」
と言っている。
その時、ひらめいたこととして、
「じゃあ、香織はまだ気づいていないということか?」
と感じたのだが、それに間違いはなかった。
二宮としても、何とか意識は取り戻したが、
「何が起こったのか?」
ということを思い出すまでに、少し時間がかかった。
ただ、
「表情がゆがんでしまうほどに、いやなことがあったんだ」
ということは分かっていた。
そして、思い出していくうちに、
「俺が大変なことをしてしまったんだ」
と感じ、ただそれでも、
「一番悪いのは自分ではない」
という意識があったからこそ、簡単に思い出すことができたに違いないと感じるのであった。
さっきの二人の男性は、
「警察の人間」
ということで、意識がだいぶ治ってきて、医者から事情聴取の許可が出たのか、
「お怪我をされたうえで恐縮なんですが」
と言いながら、二人は、警察手帳を示した。
「警察?」
というと、自分でも、
「そうか、警察案件になるわな」
ということを思った。
「何があったのか、できればお話いただければと思いまして」
というのだった。
少しずつ思い出してはきたが、その状況は、とてもではないが、相手が警察だからとはいえ、
「そう簡単に答える」
ということができないのではないか?
と思えることであった。
「それが分かっていて聞きこむ刑事というのは、なるほど、刑事ドラマなどでは、そんなにひどいという意識はなく、逆に刑事に、こんな状況で聞くなんて、デリカシーがない」
と怒っている人が、逆に鬱陶しいというくらいに感じたものだが、自分がその立場になると、
「なるほど、それだけテレビを見ながら他人事だと思っていたからだろう」
ということが分かってきたのだ。
「被害者心理」
というのは、警察から見れば、
「傷口に塩を塗られる」
という気持ちと同じことであろう。
いくら、
「事件の捜査」
とはいえ、
「傷口に塩を塗るという真似が、どれほどひどいことなのか」
というのを、自分が被害者になって、初めて感じるのであった。
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