第3話 香織

 そんな、

「陰謀論」

 というのが出てきたというのは、どうしても、

「有事というものが、目の前に迫っている」

 ということからであろう。

 そもそも、

「日本転覆」

 なのか、

「日本侵略」

 なのかを狙っている国があって、その脅威が迫ってきているということから、考えられることではないだろうか?

 そんな陰謀論とはケタが違うが、ここに、一つの犯罪計画を立てている人がいた。

 その人は、

「彼女を暴行魔に殺された人で、名前を二宮隆二とい」

 二宮は、今年30歳になろうとしているが、あれは5年前のことなので、ちょうど、仕事にも慣れてきて、精神的にも余裕ができてきたことで、会社と得意先で、毎週何度か顔を出す会社で、受付をしている女性だった。

 彼女の方から声をかけてきたことで、付き合うようになったのだが、二宮としては、

「今までにそんな積極的な女性いなかったな」

 ということで、驚いたというよりも、

「拍子抜けした」

 といった方がいいかも知れない。

 実際に、

「少し気持ち悪い」

 とでも思ったのか、最初は引いてしまった。

 しかし、それでも彼女は積極的な態勢を崩すことはなかった。それどころか、

「終始明るい」

 ということが一番気になったので、彼女に声を掛けられるうちに、こっちが完全に折れる形になったのだ。

 いや。途中からは、二宮の方が彼女に惚れてしまった。

「立場が逆転した」

 といってもいいだろう。

 彼女は名前を、

「三枝香織」

 という。

 年齢は、二宮よりも二つほど若く、

「ちょうどいいくらいだな」

 と感じていたのだ。

 会社では、たぶん、

「二人のことを知っている人はいないだろう」

 と思っていた。

「同じ会社による社内恋愛」

 ということであれば、きっとバレていたかも知れない。

 なぜなら二人の付き合いは、他のカップルとは若干違っていたからだった。

 というのは、

「付き合い始める前はあれだけ積極的だった香織は、いざ付き合い始めよう」

 という時になると、

「あなたとうまく付き合っていく自信がない」

 と言い出したのだ。

 それを聞いて、

「おいおい、何をいまさら」

 と、二宮は思った。

「そんなことだったら、最初から積極的になんかならなければいいのに」

 と思い、自分の目論見と少しずつ離れていくことに気づいたのだ。

 それを考えていると、

「最初は向こうが積極的だった立場が、逆転してしまった」

 と感じた。

「これで彼女は俺のもの」

 と思った瞬間に、スルリと手のひらから、ウナギがすり抜けていくように、逃げ出したのだ。

 反射的に手に力を入れて、つかみ取ろうとするのだが、実際には、そんなにうまくいくわけもない。

 何とかつなぎとめようとして、車の中で、いろいろ話をしようとするが、

「私には、あなたとお付き合いしていく自信がない」

 ということを言い出すのだ。

「お付き合いしていく自信がないって、まだ付き合ってもいないじゃないか。それに、君だって。俺のことが好きなんじゃないのかい? 俺はその気持ちに打たれて、自分の気持ちに気づいたんじゃないか。人を引き付けておいて、それで逃げるなんて、そりゃあ、ないよ」

 というと、彼女は泣きだしそうになって、こちらの胸に飛び込んでくる。

 そんな姿勢が、それこそ、離れられない気分にさせられるというもので、そんなことを考えていると、

「これって、彼女の計略ではないか?」

 とまで感じさせた。

「要するに、さらに自分のことを好きにさせるために、あざとい芝居をしているのではないか?」

 ということであるが、

「確かに俺は、香織のことを好きになりかかっている。しかし、こんなあざといことをしなくても、俺は性格的に、一度気になり始めたら、自分の方から嫌いになったことはなかった」

 ということであったが、彼女にそんなことまでわかるわけもない。

 そうなると、

「これが、彼女の常套手段」

 ということで、

「彼女とすれば、一度好きになれば、離したくないという思いからのことではないか?」

 ということを考えれば、

「二人は相性が合うかどうかは分からないが、性格は似ているかも知れない」

 と感じた。

 つまりは、

「お互いに分かり合える」

 ということになるだろう。

 と思えば、余計に。

「彼女を離したくない」

 と思ったのだ。

 最初に言い寄ってきたのは彼女だというプライドもある。余計に自分がどんどん、彼女のことを忘れられなくなっていくのが分かるのだ。

 その時までは感じなかったが、

「人を好きになるというのは、

「忘れられなくなっていく」


 ということなのではないかだろうか?

 離れたくないという思いが段階を踏んで、

「忘れたくない」

 と感じるのだとすれば、

「最初の頃のこともすべて思い出」

 ということになり、

「それを忘れたくないと思うのか、思わないのか?」

 ということが、自分の正直な気持ちを教えてくれることになるのだろう。

 だから、二宮は、すでにその時から、

「彼女と別れるなんて、考えられない」

 と、彼女には、

「まだ付き合ってもいないじゃないか」

 といったくせに、自分の中では、

「別れる」

 というワードを頭に描いているというところが、

「自分でも精神的に戸惑っている証拠ではないか?」

 と感じたのだ。

 だから、その頃は、仕事が終わってから、毎日のように逢っていた。

 そして、彼女は、数日もすると、

「付き合っていく自信がない」

 などと言っていたことが、まるで夢だったかのように、すっかり

「積極的な女性」

 に戻っていて、事務所では、いつも笑いを振りまくような女の子だった。

 彼女は、

「会社にいる時と、二宮と一緒にいる時とでは、違った顔を見せる」

 会社では、同じ職場の人には、

「頼りになるお姉さん」

 とばかりに社員と接していた。

 実際に、会社に入ってから、その時で、すでに5年が過ぎていたので、年齢的にはまだ若い女の子であったが、事務所の中では、すでに、ベテランといってもいいくらいになっていた。

 彼女の事務所は、地元企業の一営業所ということで、営業所の人数としても、10人ちょっとくらいで、営業社員は、いつも、昼間は出払っているので、事務所はいつも、数人がいるだけだった。

 その中でも、彼女は、

「経理もこなせば、庶務もこなす」

 ということで、彼女の下に、数人の後輩がいるようだが、少し幼く見えることから、

「どっちが先輩か分からない」

 といってもいいだろう。

 少し小柄で、

「どちらかというとポッチャリ系なところがあるので、見た目は、きれいというよりも、かわいい」

 という感じであった。

 何を隠そう、二宮は、

「小柄でポッチャリ系のかわいい子が好きだったので、理想とぴったり嵌った」

 というわけだ。

 ただ、二宮の好きなタイプに変わりはないが、

「どういう女の子が好みなのか?」

 ということを言われると、

「子供の頃に初めて好きになった女の子のイメージ」

 ということであった。

 それは、まるで、

「生まれてから最初に見たものを、親と思う」

 といわれる、

「ツバメの子」

 のようではないか。

 だから、それを考えると、

「俺が好きになる女性のタイプは、きっと、死ぬまで変わらないんだろうな」

 と感じるようになったのは、その頃だった。

 大学時代など、

「好きになった女の子は何人かいたが、付き合うことはなかった」

 ということであり、

「自分が好きになった女の子に告白できる勇気があるわけではなく。逆に、好きになられるのは、理想と違う女性ばかりだった」

 ということで、言い寄ってきた女の子と付き合ってみたが、すぐに別れる結果になった。

 それも、自分からふるわけではなく、無効から、絶縁状を突き付けてくるのだ。

「俺が何をしたんだ?」

 と別に嫌がることをしたわけではない。

 しかし考えてみれば、相手は好きでもないという子なのだ。

 自分でも知らない間に、相手を不快にさせていたのかも知れない。

 それを思えば、

「絶縁状」

 というのも仕方がない。

 相手は、その理由を、こちらが、

「話してくれ」

 というのに話そうとしなかった。

 後から思えば、

「話してくれなかったのは、俺のことを思ってくれているからではないか?」

 と感じた。

 一応、見た目は、

「理由もなく、絶縁状をたたきつける」

 というような行為をするのだから、その理由を話して、こちらを傷つけないようにしようと思ったからではないだろうか。

 もし、そうであれば、そのことに気づかなかった自分も、悪かったといえるのではないだろうか?

 確かに、大学時代に数人の女の子と付き合ったが、別れる時のパターンは、毎回同じだった。

 それは、

「その理由について自分で理解しようとせず、同じことを繰り返しているからではないか?」

 と考えるが、まさにそうだといえるだろう。

 ただ、就職してからは、

「彼女などほしいと思わずに、まずは、自分の会社員としての足固めをしないと」

 と思っていた。

 もっとも、

「足固めもしないうちから、彼女を作ってしまうと、彼女との交際がぎくしゃくしてくると、学生時代のようにはいかない」

 と考えたのだ。

 だから、香織に対しても、最初は、

「引いた」

 という気持ちになったのだ。

 しかし、一緒にいることが多くなると、

「彼女が、自分の理想にそぐわない女ではない」

 ということに気づき、さらに、積極的な態度に、

「心を奪われた」

 といってもいいだろう。

 二人の交際というのは、順調に続いていた。

 ただ、彼女というのは、母子家庭だったということもあり、母一人子一人で、母親の希望として、

「早めに結婚させたい」

 という気持ちと、娘の方も、

「早く結婚して、母親を安心させたい」

 という思いがあったのだ。

 しかも、彼女が、二宮を気に入った理由が、

「老けているところ」

 ということであった。

 実際に、顔の雰囲気も、よく。

「落ち着いている」

 と言われていたが、それが、

「老けている」

 ということへの言い訳のようなものだった。

 ただ、彼女の生い立ちを聞いてみると、

「なるほど」

 と分かったのだ。

 つまりは

「父親がいない」

 ということから、父親のような人を慕いたい。

 つまりは、

「おじさま好き」

 ということになるのだった。

 そして、彼女が付き合う時、

「付き合っていけるか自信がない」

 と言ったのは、

「香織が、自分の好みがおじさんだ」

 ということが、二宮に告白されたことで分かった。

 そして、香織はその時、

「彼の容姿で、彼を好きになった」

 と思ったのだと感じたのだろう。

 そう思うと、よく考えてみれば、

「二宮さんのことを、まだ何尾知らない」

 ということで、初めて我に返ってしまい、

「うまく付き合っていけるかどうかわからない」

 と感じたからだろう。

 しかし、二宮は、献身的に、そして、必死になって、香織を愛したいといってくれた。

 それは、その時に感じていた不安を払しょくしてくれたことで、香織は、

「気持ちがすっきりした状態で、これ以上、彼に余計な気持ちを負わせるのは忍びない」

 ということから、

「何もなかったかのように接した」

 ということだったのだろう。

 それが正解なのか、不正解なのか、二宮には分らなかった。

 しかし、それから数か月の、

「付き合い始め」

 としては、

「これ以上ない」

 というくらいに、

「素晴らしいスタートを切った」

 ということになるだろう。

 それが、香織としても、二宮としても、

「もう何も心配することはない」

 ということで、

「恋愛機関の安定期に入った」

 と感じていたのだった。

 二人は、毎日とまでいかないが、

「会える時には、なるべく会う」

 ということにしていた。

 もちろん、付き合い始めて最初の三か月が経った頃に、初めて身体を重ねることになった。

 二人とも、初めてではなかったが、少なくとも、二宮にとっては、

「最初といってもいいくらいに感動した」

 と思ったのだ。

 お互いに、相手の体を貪りあっている時に、思わず彼女が言った言葉、

「お父さん」

 という言葉が印象的だった。

 もちろん、そのことを、彼女も無意識だったようで、照れる様子もなく、顔色は変わっていなかった。

 だから、二宮も、

「そのことに触れる」

 ということはなかった。

 しかし、

「お父さん」

 という一言は、そもそも、彼女が、

「お父さんのように慕える相手だった最高」

 と言っていたこともあって、

「俺を認めてくれたんだ」

 ということで、それが、

「初めて身体を重ねた時だった」

 ということで、余計に

「香織を大切にしないといけないんだ」

 と感じたのだ。

 それが、二宮が香織に感じたことであり、それからずっと、そのことを思い、願っていたことだったといってもいいだろう。

 さすがにその頃になると、

「それぞれの会社でも、ウワサが流れるようになった」

 二宮の会社では、さすがに相手が誰かは分からなかったが、

「誰か、得意先に彼女がいるんだ」

 ということくらいは、察しがついていた。

 そして、大体のことも察しがついていたのは、彼女の会社に営業に行くときだけ、明らかにその表情が違ったからだった。

 彼女の会社の方は、二宮を見ても、香織を見ても、

「非の打ち所がない」

 というほどの、

「完璧なカップル」

 に見えることから、

「これは、お互いにいい関係だ」

 ということを示しているのだった。

 だからといって、会社内で騒ぐことはない。今は、

「様子を見ることで、温めていこう」

 と考えているように見受けられた。

 それが、完全なベストカップルに見えたことだろう。


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