第2話 地球ではない蒼い惑星

 変則的なワープは強い衝撃を伴って艦を揺らした。

 その衝撃ですでに限界だった俺は意識を失いそうになる。

 歯を食いしばってなんとか堪えるが、視界がチカチカと点滅しており体に力が入らない。


 信じられないほど長いワープがついに終わりを迎え、宇宙空間に俺の艦と敵の司令級が放り出された。

 相手はまだ動けるようで、逃げようとするのが視界の隅に映る。

 逃がしてはならない。やつを逃がせば敵はコスモリンクより先に力を蓄えてしまう。

 多くの犠牲が無駄になる。

 最後の力を振り絞ってレバーを動かし、残りの砲弾を撃ち込む。

 その結果を確認する前に俺は気絶した。


 ……目を覚ますと、俺は床に倒れ込んでいた。


「おはようございます。ノーヴェ」

「ああ、おはようゼータ……っ! やつはどうなった!」


 意識が戻ってすぐに頭痛と共に戦いのことを思い出す。

 敵と一緒にワープアウトしたことは覚えているのだが、その先の記憶はない。

 俺の声を認識したゼータがすぐに周囲の映像を画面に表示する。

 そこには残骸となった敵の司令級の姿があった。

 半分ほどちぎれてどこかに消えてしまっているが、機能を停止しているのは明らかだ。


 目的は果たした。

 どっと力が抜け、後ろへと倒れ込む。


「あれから何日たった?」

「気を失ってから三日ほど眠ってました。スーツの生命維持機能で回復を待っていた状態です」

「三日も眠ってたのか……相手が動けたら死んでたな」


 備えつけの栄養ゼリーの封を開けて中身を吸い出す。

 糖分とミネラルが身体に染み渡るのを感じる。

 カロリーを摂取したことで、ようやく身体に力が入るようになった。

 なんとか足に力を入れて立ち上がる。


「通信がコスモリンクに届かないな。作戦圏外に出たくらいじゃ通信圏外にはならないはずだが……ゼータ、ここがどこか分かるか?」

「データにありません。ここは人類未踏の区域になります」

「……ワープで一緒に遠くに連れてこられたってことか。周囲に敵がいないところを見ると、司令級も適当に移動したのかな」


 艦の地図機能を立ち上げる。

 ゼータの言う通り、ノーシグナル。データなし。

 一応マッピング機能も立ち上げるが、周辺のデータもないのであまり意味はないだろう。


「艦の状態は?」

「動いているのが奇跡です。エンジン付近の損傷は比較的軽微なものの他は壊滅状態。全ての武装が残弾ゼロないし破損しています」

「動く棺桶かよ」

「空気の残量もあと数日で危険水域に移行します。一刻も早い対応が必要かと」

「対応っていってもなぁ」


 緊急マニュアルを開く。

 こういう場合、近くの惑星に緊急着陸することが推奨されている。

 というか、他にできることはない。

 艦を修理するにも、資材が必要になる。

 なので資材の回収が見込めそうな惑星を見つけてなんとかそこに着陸したい。

 せっかく生き残ったのに宇宙を漂流して死ぬのはごめんだ。


「ゼータ、付近をセンサーを使って調査してくれ。センサーは壊れてないよな?」

「一部損傷していますが、使用はできそうです」


 艦を中心にセンサーが発動し、周辺にある全ての情報を収集していく。

 一時間ほど経ったその時、センサーに反応があった。

 条件を満たす惑星が運よく見つかったようだ。


「主要なレアメタルに銅、鉄、金。これなら艦の修理もできそうだな」

「惑星の環境も良好です。地球に酷似した、生命が住める環境かと」

「もしかしたら人型の地球外生命体がいるかもしれないな。敵対的じゃないといいんだが」


 惑星に近づいた瞬間攻撃されたら困る。

 そうならないことを祈るばかりだ。

 慎重にエンジンを稼働させ、見つけた惑星を目標地点に設定し移動する。


 司令級の残骸に関しては放置することにした。

 機能が停止しているならば害はない。

 あれだけボロボロなら敵に回収されることもないだろう。

 もし艦の修理が終わっても残っているようならその時に回収すればいい。


 不吉な音がちょくちょく艦内から聞こえる。

 下手すると移動中に分解しそうだ。

 心の中で無事を祈りながら、惑星を目指す。


 目視できる距離までたどり着くと、惑星の全容が明らかになった。

 地球と同じく蒼い星。

 水の豊かな生命が溢れているであろう惑星だった。

 俺は地球は写真でしか見たことがなかったので、地球に姿を重ねて少し感動してしまったほどだ。


「着陸する。大気圏は突破できるよな!?」

「理論上は可能です。後はノーヴェの運次第でしょう」

「本当にAIかお前は!」


 データで何か安心できるものを提示して欲しかった。

 きっとそうしたら気落ちすると予想したのかもしれないが……。

 惑星の重力に引かれ、艦全体が揺れ動く。

 残りのエネルギーも少ないことからシールドも最低限の出力しかない。


 それでもなんとか艦は形を保ったまま大気圏を抜けることに成功する。

 後は着陸するだけだ。

 できるだけ水の広がった場所が望ましい。

 異常を知らせる計器がうるさい。


 雲で覆われた場所を抜けると、そこは暴風吹き荒れる嵐になっていた。

 目視ではろくに前が見えない。

 それでもなんとか湖らしき場所を発見し、そこへと艦を降ろす。

 いくら半壊状態とはいえただの雨風でどうこうなるほどやわではない。


 計器を確認する。

 外の空気は俺の身体にとって害ではない。未知のウィルスも検出されず。

 それどころか呼吸可能だ。

 外の空気を取り入れる。これで酸欠の未来はなくなった。


「迷彩機能は生きてるか?」

「目視を誤魔化せる程度なら可能です。センサーを誤魔化せるほどではありませんが」

「十分だ。嵐のおかげで着陸は見られてないと思うが念のためやってくれ」


 艦のシールドが周囲の風景に溶け込むように変化する。

 これでぱっと見はバレないだろう。

 大気圏突入時に迎撃どころかレーダーによる捕捉すらされなかったところを見ると、この惑星の技術力はそこまで高くないのかもしれない。

 とにかく、艦が目立つことは避けた方がいいだろう。


「この嵐だと外には出れないな。落ち着くまで待つか」

「今のうちに使える道具を確認しては?」

「そうだな……資材を確保するにしても降りて探索することになるだろうし」


 艦の状態からもう一度飛び立つのは修理をするまで不可能だ。

 つまり、修理するためには自分の足で探さなければならない。


 艦内にある自分の部屋や倉庫から使えそうなものを引っ張り出してきた。


「銃の類はダメだな。エネルギーを補充するあてがない。実弾ならこっちも補充は見込めないが、使い切るまでは役に立つな」


 こんな事態を予測していなかったので、使い物になりそうなものは少なかった。

 水筒に薬と抗生物質がいくつか。

 太陽光でチャージできるビームサーベルが二つに、装填済みのライフル銃が一丁。

 ……未開の惑星を探索するにはあまりにも貧相な装備だった。


「サバイバル技能の習得はお済ですか?」

「兵士に必要とされているものは幼少過程で全部インストールされてる。さすがにVRでも実践したことはないが……。格闘術だって使えるぞ」


 コスモリンクは敗北してはならない。

 その理念の下で無駄であろうともありとあらゆる技能が兵士に詰めこませていた。

 それが役に立つのだから、人生何が起きるのか分からないな。


「どうせまだ体力が回復してないんだ。外の嵐が落ち着くまで休息をとるか」

「もしこれが常だったらどうしますか?」

「諦めて外に出るしかない。そうならないことを祈るよ」


 艦の揺れがまるで揺り篭のようだ。

 しばらく目を閉じて休むことにした。



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