『俺達のグレートなキャンプ66 (キャンプ場で)男のメイド喫茶を開店』

海山純平

第66話 (キャンプ場で)男のメイド喫茶開店!

俺達のグレートなキャンプ66

(キャンプ場で)男のメイド喫茶開店


秋風が頬を撫でる高原キャンプ場。標高1200メートルの澄み切った空気の中、色とりどりのテントが点在している。家族連れの楽しそうな笑い声、焚き火の心地よいパチパチという音、そして鳥のさえずりが織りなす、いつものような平和なキャンプ場の午後だった。

そんな牧歌的な雰囲気を一瞬にして粉砕する男がいた。

「今回のグレートなキャンプは決まったーーー!!」

石川が両腕を天高く掲げ、まるで勝利の雄叫びを上げる戦士のように叫んだ。その瞬間、富山の持っていたエナメルカップが『カタカタカタ』と小刻みに震え始める。コーヒーの表面に小さな波紋が広がっていく。

「また...また何を企んでるんですか、石川さん...」

富山の声は震えていた。過去65回のグレートなキャンプで培われた、石川への絶対的な警戒心がビンビンと働いている。眉間には深いシワが刻まれ、口元は微かに引きつっている。

一方、千葉は目を星のようにキラキラと輝かせながら、まるで子犬が飼い主の帰宅を待つような純粋な表情で身を乗り出した。

「何ですか何ですか!今度はどんな楽しいことするんですか!石川さんのアイデアはいつも最高です!」

千葉の無邪気すぎる笑顔を見て、富山は心の中で『この人は一体何回騙されれば気が済むんだろう』と思った。しかし、その表情には諦めにも似た温かさが宿っている。

石川は勝ち誇ったような表情で、大きなリュックサックに手を突っ込んだ。ゴソゴソと音を立てながら何かを探している。周りのキャンパーたちがチラチラとこちらを見始めている。

「じゃじゃーーーん!」

石川が取り出したのは、信じられないほどフリフリでピンク色の...メイド服だった。しかも明らかに男性サイズ。レースが幾重にも重なり、リボンが無数についている。見ているだけで目がチカチカしそうな代物だった。

「...え?」

富山と千葉が同時に、まるで時が止まったかのように硬直した。富山の手からエナメルカップがゆっくりと滑り落ちそうになる。千葉の口がぽかんと開いている。

石川は得意げに胸を張った。「男のメイド喫茶、開店だーーー!!」

「ちょっちょっちょっと待ってください石川さん!」

富山が慌てて立ち上がり、手をブンブンと振り回した。「なんで、なんで男性用のメイド服なんて持ってるんですか!どこで買ったんですか!まさか特注じゃないでしょうね!」

富山の声はオクターブ高くなっている。周りのキャンパーの視線がますます集まってきた。

石川はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。「ネット通販で見つけたんだ!『男性用コスプレメイド服豪華3点セット、カチューシャ・エプロン・ニーソックス付き』って書いてあった!レビューも星5つ!」

「レビューって誰が書いてるんですか、そんなの!」富山が絶叫した。

千葉が手をパンパンと叩いて、まるで新しいおもちゃを見つけた子供のように喜んだ。「面白そう!でもお客さんいるんですか?この標高1200メートルの山の中で?」

「そこは営業努力だ!」石川が親指を立てて自信満々にポーズを決めた。「俺たちがメイドになって、周りのキャンパーにコーヒーとお菓子をサービスするんだ!『お帰りなさいませ、ご主人様』って言ってな!しかも料理は富山の超絶品手料理だ!」

「は?私が料理?」富山の顔が青ざめた。

「そうだ!富山の料理の腕前は俺たちが一番よく知ってるだろ!あの手作りカレーも、特製チャーハンも、全部絶品だったじゃないか!」

確かに富山は料理上手だった。これまでのキャンプでも、いつも美味しい手料理を振る舞ってくれていた。しかし...

「絶対やりません!絶対に!断固として拒否します!」富山が両手でバツ印を作った。

「まあまあ、富山。どんなキャンプも一緒にやれば楽しくなるって千葉も言ってるじゃないか」石川が人懐っこい笑顔を向けた。

「私はそんなこと言ってません!それは千葉さんのモットーでしょ!」富山が指をビシッと千葉に向けた。

千葉がうんうんと元気よく頷いた。まるで同意を求められて嬉しそうだ。「そうです!どんなキャンプも一緒にやれば楽しくなります!やりましょう、富山さん!きっと楽しいですよ!」

千葉の純粋すぎる笑顔に、富山は心の奥底で小さく『この人の無邪気さは罪だ』と思った。

「千葉さんまで...なんで私だけが正常な感覚を持ってるんでしょうか...」富山が両手で頭を抱えた。

しかし、石川の作戦はすでに動き始めていた。彼は隣のテントでバーベキューの準備をしていた家族に向かって、満面の笑みで手を振った。

「こんにちはー!素晴らしいお天気ですね!」

家族のお父さんが、バーベキューの網を持ったまま振り返った。「あ、こんにちは。本当にいい天気ですね」

「ところで!」石川の声のトーンが急に営業マンのようになった。「今からこちらで男のメイド喫茶を開店しますので、よろしければお立ち寄りください!格安で美味しい手料理とコーヒーをご提供します!」

お父さんの手から網がゆっくりと滑り落ちた。『ガシャン』という金属音が響く。

「は、はあ...メイド喫茶...?」お父さんの声が上ずっている。

「そうです!男のメイド喫茶です!業界初!新感覚!他では絶対に体験できません!」石川が胸を張った。

お母さんが小さな娘の手を慌てて引っ張り、まるで何か危険なものから逃げるように、そそくさとテントの中に避難していった。娘が「メイドさーん?」と首をかしげながら引きずられていく。

「あ、お客さん逃げちゃいましたね」千葉が少し残念そうに呟いた。しかし、すぐに「でも大丈夫です!きっと他にお客さん来ますよ!」と前向きに続けた。

「大丈夫だ!まだまだ営業は始まったばかりだ!」石川が拳を握りしめて意気揚々と言った。「さあ、着替えよう!富山、料理の準備も頼む!」

「本当にやるんですか...本当に本当にやるんですか...」富山がため息をついた。その表情はまるで運命を受け入れた悲劇のヒロインのようだった。


三十分後。

キャンプ場の一角に、この世のものとは思えない光景が現れた。

「お帰りなさいませ、ご主人様...」

富山が死んだ魚のような目をして、ピンクのフリフリメイド服を着ていた。しかし、よく見ると胸元になぜか立派な付け髭が生えている。メイド服とヒゲの組み合わせが醸し出す違和感は、もはや芸術の域に達していた。

「富山さん、なんで髭つけてるんですか?しかもそれ、どこから調達したんですか?」千葉が不思議そうに首をかしげた。

千葉は意外にもメイド服が似合っていた。頭には白いレースのカチューシャをつけ、エプロンもきちんと結んでいる。ただし、ニーソックスの上から登山靴を履いているのが妙にシュールだった。

「せめて...せめて男らしさを保ちたくて...」富山が蚊の鳴くような声で答えた。「この髭は緊急時用に持参していた変装グッズです...まさかこんな形で使う日が来るとは...」

石川は三人の中で最も気合いが入っていた。メイド服を完璧に着こなし、なぜか本格的な化粧まで施していた。アイシャドウはピンクと紫のグラデーション、チークは桜色、口紅は真っ赤。まつ毛には付けまつげまでついている。

「石川さん、その化粧品どこから...」富山が震え声で尋ねた。

「キャンプ用の緊急メイクセットだ!いつ何時、変装が必要になるかわからないからな!」石川が誇らしげに答えた。

しかし、問題はその仕上がりだった。石川の化粧は、どう見ても『おかまバー』のママのようになっていた。ド派手すぎるメイクに、わざとらしい作り笑い、そして時々出る男性的な低い声。見ているだけで背筋がゾッとする代物だった。

「うわあああ...」富山が小さく悲鳴を上げた。

三人はキャンプテーブルに手作りの看板を立てた。

『男のメイド喫茶☆マッスル

~格安!絶品!新感覚!~

コーヒー100円、特製カレー200円、富山特製チャーハン150円』

「なんでマッスルなんですか...そして値段安すぎませんか?」富山が看板を見て、さらに脱力した。

「男らしさを表現したんだ!そして薄利多売作戦だ!」石川がおかまっぽい声で答えた。その声のトーンが妙に艶かしく、聞いているだけで鳥肌が立つ。

富山は既に調理に取りかかっていた。カセットコンロを2台並べ、フライパンと鍋を準備している。手際の良さは相変わらず見事だった。

「せめて料理だけは手を抜きません...これが私の最後のプライドです...」富山が決意を込めて呟いた。

玉ねぎを炒める音がジュージューと響く。その香りが風に乗って周りに漂い始めた。

最初のお客さんがやってきた。ソロキャンプをしていた50代くらいの中年男性だった。好奇心に満ちた表情でこちらを見ている。

「あの...何をされているんですか?すごく美味しそうな匂いがするんですが...」

石川がくるりと振り返り、完璧なメイドポーズを決めた。片手を腰に当て、もう片方の手をひらひらと振る。その動作があまりにもおかまっぽすぎて、中年男性が一歩後ずさりした。

「お帰りなさいませ、ご主人様ぁ〜ん♡」石川の声が異常に甲高く、しかも語尾を伸ばしている。「こちら男のメイド喫茶でございますのよぉ〜♡」

中年男性の顔が青ざめた。「お、男の...メイド喫茶...?」

「そうなのよぉ〜!業界初の新感覚なのぉ〜♡」石川がウインクした。付けまつげがバサバサと音を立てている。

「コーヒーはいかがですか?」千葉が爽やかな笑顔で割って入った。「特製カレーと富山特製チャーハンもございます!全部格安です!」

中年男性は千葉の正常さにホッとしたようだった。「あ、その...カレーの匂いがすごく美味しそうで...」

富山がフライパンを振りながら振り返った。ヒゲをつけたメイド姿という異様な格好だが、調理の腕前は本物だった。

「特製カレー、あと5分で完成します」富山の声は普通だった。「玉ねぎを30分かけて飴色に炒め、スパイスを17種類調合しました。市販のルーは一切使っていません」

中年男性の目が輝いた。「本格的ですね!じゃあカレーをお願いします」

「かしこまりましたわぁ〜♡」石川がくねくねと体を揺らしながら言った。その動きがあまりにも気色悪く、中年男性が再び顔を青ざめさせた。

富山が慌ててフォローした。「お、お客様、お座りになってお待ちください!」

中年男性がテーブルに座ると、千葉がコーヒーを運んできた。「お待たせしました!こちら、富山特製ブレンドコーヒーです!」

「ありがとう...ございます」中年男性がホッとした表情でコーヒーを受け取った。一口飲んで、目を見開いた。「これ、すごく美味しいですね!」

富山が少し嬉しそうに微笑んだ。「ありがとうございます。3種類の豆をブレンドして、抽出温度と時間にもこだわりました」

そこに石川が割って入った。「どうですのぉ〜?男のメイド喫茶は初めてでしょぉ〜?」

石川が中年男性の肩に手を置こうとした瞬間、男性が椅子ごと後ろに倒れそうになった。

「だ、大丈夫です!近づかないでください!」

「あらぁ〜、恥ずかしがり屋さんねぇ〜♡」石川がさらに気色悪い声で言った。

富山が慌ててカレーを運んできた。「お待たせしました!特製カレーです!」

湯気の立つカレーが運ばれてきた瞬間、周りの空気が変わった。スパイスの豊かな香りが辺り一面に漂い、隣のテントからも「いい匂い...」という声が聞こえてきた。

中年男性がスプーンを口に運んだ瞬間、表情が一変した。

「これ...これは...!」

彼の目に涙が浮かんだ。

「美味しすぎます!こんなカレー、高級レストランでも食べたことない!それが200円?」

富山がヒゲをつけたまま、少し照れくさそうに微笑んだ。「お気に召していただけて良かったです」

だんだん周りのキャンパーたちが興味深そうに集まってきた。美味しそうな匂いに引き寄せられているのだ。

「あら、面白そう!私もカレー食べてみたい!」隣のテントの奥さんがやってきた。

「僕もー!」子供たちも続いた。

千葉が嬉しそうに手を叩いた。「お客さんがいっぱい来ました!」

しかし、石川の接客は相変わらずだった。

「いらっしゃいませぇ〜♡お綺麗な奥様ぁ〜♡」

奥さんが石川を見て固まった。「え...あの...」

「こちらのメニューはいかがかしらぁ〜?」石川が妙にくねくねと体を動かしながら続けた。

奥さんが夫の袖を引っ張った。「あなた、なんか怖い...」

富山が慌ててフォローに入った。「すみません!こちら特製カレーとチャーハン、どちらも自信作です!」

「カレーすごく美味しいですよ!」最初の中年男性が口を拭きながら証言した。「この値段でこの味は信じられません!」

奥さんの表情が変わった。「そんなに美味しいの?じゃあカレーください!子供たちにも!」

「僕チャーハン!」「私もチャーハン!」子供たちが元気よく手を挙げた。

富山は忙しくなった。フライパンを2つ同時に扱い、手際よく料理を作っていく。ヒゲをつけたメイド姿での調理は異様だったが、その技術は確かだった。

チャーハンが完成する頃には、行列ができていた。

「お待たせしました!富山特製チャーハンです!」

子供たちがスプーンを口に運んだ瞬間、目をキラキラと輝かせた。

「すっごく美味しい!」「おうちのチャーハンより美味しい!」

お母さんも一口食べて驚いた。「本当に美味しい!パラパラで、味付けも完璧!プロの味ね!」

富山が嬉しそうに微笑んだ。ヒゲをつけていることを忘れそうになるほど、純粋に喜んでいた。

「ありがとうございます。卵は最初に炒めて取り出し、ご飯を炒めてから最後に戻し入れることで、パラパラに仕上げました」

「へぇ〜!勉強になります!」奥さんが感心した。

しかし、そこに石川が現れた。

「奥様ぁ〜♡お料理のコツ、もっと詳しく教えてさしあげましょうかぁ〜?」

石川が奥さんに近づこうとした瞬間、奥さんが子供たちを抱え込んだ。

「け、結構です!ごちそうさまでした!」

奥さん一家が慌てて立ち去った。しかし、その後も次々とお客さんがやってきた。

「すみません、噂を聞いて来ました!」

「カレーとチャーハン、両方ください!」

「この値段でこの味は本当なんですか?」

富山は大忙しだった。汗をかきながら、次々と料理を作っていく。千葉がコーヒーを淹れ、接客を手伝っている。

しかし、石川だけは相変わらずだった。

「皆様ぁ〜♡男のメイド喫茶はいかがですかぁ〜?」

お客さんたちが石川を見て微妙な表情を浮かべる。そして富山の料理を食べて感動する、という光景が繰り返されていた。

「ちょっと、あなたたち何してるの?」

突然、管理人のおじさんがやってきた。50代くらいの優しそうな男性だった。

石川たちが凍りついた。

「あ、あの...メイド喫茶を...」石川がおそるおそる答えた。さすがにおかまっぽい声は控えめになっている。

管理人のおじさんがじっと三人を見つめた。石川のおかま顔、富山のヒゲメイド、千葉の登山靴ニーソックス姿。

そして...

「面白いじゃないか!」管理人のおじさんが大きく笑った。「私にもそのカレー、一杯もらえるかね?すごく美味しそうな匂いがキャンプ場中に漂ってるよ!」

「ええーー!?」三人が同時に叫んだ。

管理人のおじさんがさらに笑った。「たまにはこんな面白いことがあってもいいじゃないか。キャンプ場が明るくなって良い感じだよ。それに、この料理の腕前は本物だね!」

富山が感動して涙ぐんだ。ヒゲをつけているのに、なぜか感動的だった。

「ありがとうございます!」

こうして、男のメイド喫茶☆マッスルは大盛況となった。夕方までに30人以上のキャンパーが訪れ、全員が富山の料理に感動して帰っていった。石川のおかまっぽい接客には皆困惑していたが、料理の美味しさがそれを上回っていたのだ。

売上も予想以上だった。材料費を差し引いても、かなりの利益が出ていた。

夜、焚き火を囲みながら三人は振り返っていた。メイド服は脱いで、普通の服に着替えている。

「今日は...楽しかったですね」千葉が満足そうに言った。「お客さんみんな喜んでくれて!」

富山も微笑んでいた。「最初は嫌でしたけど...料理を褒めてもらえて嬉しかったです。でも次回はもう少し普通のキャンプをしませんか?石川さんの接客、正直怖かったです」

石川がニヤリと笑った。化粧を落とした顔は普通に戻っていたが、その目に危険な光が宿っていた。

「実は次回のプランも決まってるんだ」

千葉が目を輝かせた。「今度は何ですか?」

富山が嫌な予感を感じて身構えた。

「キャンプ場で24時間営業ラーメン屋台だ!深夜の山でラーメンを売るんだ!」

「「絶対反対ーー!!」」

富山と千葉の叫び声が夜の山に響いた。しかし、心の中では二人とも、次のグレートなキャンプを少し楽しみにしているのだった。特に富山は、また自分の料理で人を喜ばせることができるかもしれない、と密かに期待していた。


こうして今回も石川たちの奇抜でグレートなキャンプは大成功に終わった。男のメイド喫茶☆マッスルは一日限りだったが、キャンプ場の伝説に残る一日となったのである。そして富山の料理の腕前は、改めて証明されたのだった。


~完~

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『俺達のグレートなキャンプ66 (キャンプ場で)男のメイド喫茶を開店』 海山純平 @umiyama117

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