「8月32日、君を忘れない」

ミエリン

プロローグ

それは、突然すぎる終わりだった。




8月31日。夏休み最後の日。

僕らの高校では、明日から始まる文化祭の準備で、校舎は朝からにぎやかだった。


演劇部の主演を任された葵は、ステージ裏で何度もセリフを繰り返していた。

その真剣な横顔が、僕は昔から好きだった。

でも、その気持ちは伝えていない。

「友達」っていう関係を壊すのが怖かった。


午後、僕は美術室で大道具の塗り直しをしていた。

窓の外では、セミの鳴き声と、遠くの花火のリハーサル音が混ざっていた。


その時だった。

急な雷鳴、そして――悲鳴。

駆けつけた校門の前には、バイクに撥ねられて倒れている彼女の姿があった。


葵が――佐倉葵が、事故に遭った。


病院に運ばれたが、彼女はそのまま目を覚まさなかった。

夏の終わりとともに、彼女は僕の前からいなくなった。


その夜、僕は泣きながら眠った。

この世界に、もう彼女がいないことが信じられなかった。


──そして目が覚めた時。


カーテンの隙間から差し込む光は、まるで昨日と同じで。

携帯を開いた僕は、目を疑った。


「8月31日(火)」


……嘘だろ?


夢じゃない。日付は、昨日と同じ。

時計の針も、スケジュールも、全部が「事故の起きた朝」に戻っていた。


この日が、また始まったのだ。

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