革命王の余暇

渡貫とゐち

第1話


 全ての種族、エンタメをかき集めたエンタメの国――

 若きコメディアンは世界の最先端をひた走る国を席巻した。


 彼の名はハタミチニトロ――革命王である。



 エンタメ界において王の座に君臨するようになった彼は、多大な影響力を持つようになった。本人が望まずとも、自覚していなくとも、彼の価値は彼が決めるわけではない。

 彼の言葉の重さを決めるのは、聞いた側なのだ――それを失念していた……わけではないだろうが、分かった上でも、やはり彼がしてしまった失敗があった――ひとつ。


 その言葉は、電波に乗せて言うべきではなかったのだ。

 たとえ本音であっても……彼の影響力を考えれば、一言であっても事件になる。


「おれ、あの人のやり方キライなんすよねー」


 もちろん、ただの個人の感想だ。レビュー感覚で言ったに過ぎない。同じ場に座っていた他の共演者には当然ながら伝わっている。言葉から感じられるほどの悪意はないのだと――

 だが、影響力が大きい彼の一言は、多くの人間……のみならず。多くの種族が反応した。人間族だけでない……この国には、多種族が共生している。


 エルフ、リザードマン、ドワーフ、マーメイド、天使、悪魔……などなど。今回のは人間同士のいざこざではあるが、エンタメ界においては大きな影響力を持つ人間を巻き込んだ、落とし合いだった。種族問わず、同業者が注目する一大イベントになっている。


 とある事件は二年前まで遡らなければならない。その後、隠蔽されていた事件が発覚し、人権に関する問題となり――世間が騒ぎ始めて一年間。マスコミは報道し続けた。

 嫌でも目に入るいざこざは、人気の週刊漫画のような話題性を集めていたのだ。


 知らない者がいないほどの話題性を持ち、関心を集めていた。多くの者が見れば、外部同士で新たな火種となり燃え上がる。

 当事者以外が盤外戦術をおこなうという、誰も得をしないしっちゃかめっちゃかが、惨憺たる現状である。一向に収束する気配がなかった……。


 そんな中で、革命王と呼ばれた若きコメディアンが、電波に乗せてはっきりと、「キライ」と言ったのだ。その言葉は重く、多くの関心を集めた。



 彼がキライ、と発言したのは、ひとりの女優に向けて、だ。

 特別、売れていたわけでもなく、かと言って無名でもなかった。今回の騒動でやや名前が広く知れ渡ったか(……完全な無名ではなく、もちろんファンがいる女優ではあったが)――

 有名になった彼女は、既に女優としては生きられないほどのダメージを負っていた。彼女は別の道を模索している最中だ。彼女は、表向きは、被害者である。


 加害者と『されている』、俳優であり司会者でもある男は社会的に罰せられた。現在は裏方に回っている。……当時の事件? に関して、謎は残り続けているものの、誰も話題にしなければこのまましぼんでいくものだと誰もが思っていた……。

 だが、コメディアン・ハタミチニトロの一言は、騒動の終盤であるここで、いらぬ暴発を起こしてしまったのだ。


 多方面へ――さらには国の外まで影響を与える彼が、一言でも「キライ」と言えば、言われた側は外部から攻撃を受けることになる。

 彼のファン、その意見に賛同した者、そして、元々から少なくないヘイトを集めていた彼女だ。今回の一言でここぞとばかりに攻撃する者は多い。


 周りが一斉に叩けば、無関心だった者も流れに乗って叩くようになってしまう。大衆が流れた方へ流れる人間の特性は、多種族にまで影響を与えてしまうのだ。


 叩きやすい土台ができてしまえば、後は叩くだけである。

 きっかけは、彼のそのいらぬ一言なのだ……――


 彼は語った。


 思いつきでキライと言ったわけではないのだと、その理由を。


「あとになって部外者に告発するのは卑怯だと思うんすよね……嫌なのに、その時に言えなかった? じゃあ次の日でもいいじゃん。次の日が無理なら一週間後でもいいんだけどね……誰かに相談すべきだったし、警察に駆け込むべきだった。手っ取り早く訴えるべきだった――だけどあの人はそのどれもせずに笑顔で『楽しかったです』とだけ返信をして、時間が経った後で週刊誌に告発した。……金目的としか思えないっすね。

 女優として大成できなかったから話題を集めたかっただけなんじゃねーの? それだけ女優として切羽詰まっていたなら、そうしたい気持ちも分からないわけじゃないっすけど……ただ、告発のせいでひとりの男の人生が壊されてる。芸能人生を奪ったんだ。世間は彼女を被害者としていますし、加害者も一応は認めているのでいまさら事件が覆ることもないと思いますけど……これ、ただの個人的な感想です、つまり聞かなくてもいいんですけど……――おれは、彼女のやり方はやっぱりキライっすね。

 事件が起こってからすぐに言わないから、どうしても、味方にはなれない……。すぐに言ってくれれば味方になれたのに……。

 惜しい人っすよね。

 どうしてすぐに言わないんだ? 理解できないっすよ……。言えなかった? 相手のご機嫌を取らなければならなかった? 断ればさらに酷いことをされると思ったから? ……いや、知らねえし。それはおまえの被害妄想じゃねえか。と、思ってしまうわけなんすよねえ――」


 長々と。


 ……誰も口を挟めなかった。


 それだけ、スタジオは凍り付いていたのだ。

 そう思っていても言わなかった者が多い中で、彼は言ったのだ――革命王。


 若きコメディアンは全てをさらけ出した。


 元々、上に噛みつく危うい芸風ではあるが、それにしたって、これは確実に多方面から色々と文句を言われる意見である。厳重注意もあるだろう……、被害者本人から、もしかしたら訴えられる可能性だって――――



 それから数日後。

 案の定、だった。


 酷いことを言われた、と激怒した女優がハタミチニトロを訴えた。


 名誉棄損、営業妨害であると。


 その訴えは遅れることなくハタミチニトロに届き、大々的なニュースとなった。


 彼は、世間に全てが筒抜けになる場所で、堂々と言い放ったのだった。


「訴え? ああ、そっすか……じゃあ、正面から受けて立ちますよ」


 革命王は相手の訴えを受け入れ、法廷で戦うことを決意した。

 そして。


 加えて、いちゃもんと言われてもおかしくないような訴えを起こした。自身の好感度が下がろうがどうでもいいと言わんばかりの手段であり、つまり目的は別にある。


 彼は、裁判をエンタメに変えたのだ。



「あ、ども、ハタミチニトロです。

 えーと、今日、みなさんにはおれの弁護をしてもらいたくて、集まってもらいました。よろしくお願いします。調子はどうっすか、新人弁護士のみなさん?」



 ずら、と並んでいる二十人の新人弁護士。

 種族は様々、ただし、まだまだ若い。あどけない顔が残っているのはハタミチニトロも同じだが、彼は若くして革命王となったのだ……、経験の差がある。


 世間の上に立った人間は、余裕があるようだ。


 新人弁護士――まだ法廷に立ったことがない、卵も卵である。まだまだ法律の全てを覚えているわけでもなかった。そのへんは勉強の積み重ねだ。

 人間族から、エルフ、リザードマン、ドワーフ……小人族もいるようだ。


 多種多様な種族でも弁護士になれる。なれないものなどないのがこの国だ。


 知識さえあれば、誰でも、どんな光にもなれる――

 ゆえに、多くの種族がこの国に集まってくる――エンタメの国。


 どんな些細なことでもエンタメにしてしまえるのが、この国の強さだった。



「あのっ、私、たちは、まだ新人です……っ、ので、その、勝つ自信がありません、けど……?」


「無理っすよ、革命王。勝てないですって、今回の案件はベテラン弁護士でも無理なんじゃないですか? だって、革命王が悪いじゃないですか」


 おどおどと、エルフ族の新人ちゃん。

 と、呆れたように、リザードマンの新人くんが言った。


「そうだろうなあ……勝つ見込みがないのは重々承知だよ。そもそも、今回の裁判で、おれは勝つつもりがないんで」


『??』



 ・・・ つづく

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