第6話 大災害

 フレアノア侯爵邸の正門の前に、突如として光の門が開いた。淡い輝きが渦を巻き、空間そのものを歪ませると、その中から姿を現したのは、馬に引かれることのない奇妙な馬車だった。透き通る影のような存在が車体を支えている様は、まるで透明な幻獣が曳いているかのようにすら見える。もっとも、それを「馬車」と呼んでよいのか迷うところだが、魔導国家アステリアでは、この魔法仕掛けの乗り物を「魔法車」と呼んでいた。


 門番に導かれ、侯爵邸の石畳を静かに進む魔法車は、やがてカミラの待つ屋敷の正面玄関へと辿り着いた。


「ようこそいらっしゃいましたわ、レオニス卿、アレイド卿」


 颯爽と玄関前に現れたカミラは、今日は、”動き回る気満々です”そんな格好だった。ジャケットこそ羽織っているが、その下は動きやすさを重視したパンツにブーツ姿。貴族令嬢らしい華美なドレスは影も形もなく、むしろ「ヤル気満々」と言わんばかりである。


「こちらこそ、お招きいただき感謝いたします」


「カミラ嬢、その装いもまた凛々しく素敵だ!」


 レオニスがにこやかに称賛の言葉を送ると、アレイドは隣で呆れ半分の視線を送る。


 カミラの隣には、まだあどけなさを残した十四、五歳ほどの少女が立っていた。姉とよく似た面差しだが、瞳の色だけは侯爵譲りの真紅が映えている。


「こちらは妹のフェリシアですわ。本日は兄が留守ですので、代わりに私の“見張り”として付けられましたの」


「まあ、お姉様。見張りだなんてひどい言い方ですわ!……でも、そういう名目なら、ずっと一緒にいられますわね!でしたら、フェリーはずっとお姉様を見張りますわ!」


 にっこりと笑ってさらりと言い切るフェリシア。見張りとはどんな役目をフレアノア家ではいうのか?という疑問にアレイドは頭を横切ったが、気持ちを切り替えて今日のストッパーは自分だけだと覚悟を決めた。


 フェリシアの服装はカミラと色違いで同じくパンツ姿だ。こちらもやる気満々ということだろうか。また、髪型こそポニーテールとツインテールで違えど、同じデザインのリボンを結んでいる。子供の頃ならまだしも、成人間近の姉妹でここまで揃っているのは珍しい。フェリシアが姉を真似たのか、そろいのモノを二人でそろえたのか……


「今日のお姉様のお洋服かっこよいでしょ?フェリーが揃えましたの!お姉様とおそろいで!」


その嬉々とした発言によりフェリシアの姉への愛がヒシヒシと伝わってきた。


 そんな玄関前での挨拶も終わり中に案内されるのかと思っていたら、カミラは中に案内することなく、二人に告げた。


「ところで、いきなりですが……魔法について語り合いませんこと?――拳で」



「……!」


いきなり、脳筋のような発言をカミラの口からきくことになったアレイドは固まった。


「それは良いですね!」


レオニスはノリノリだった。


「ずるいですわ! フェリーも混ぜてください!」


フェリシアが割り込んできた。


そんなこんなで、一同は応接間を通ることなくいきなり演習場へと移った。



 辺りには煙が立ち込めていた、至る所で魔術が飛び交っている。

 演習場はまさに地獄絵図と化していた。火球が唸りを上げて飛び交い、水の奔流が大地を洗い流す。雷光が縦横に走り、竜巻が砂塵を巻き上げる。まるで世界中の災厄を凝縮したかのような光景が広がり、視界は煙と光に満ちていた。


 気を失い倒れているフェリシアを何度か見つけ出すとアレイドは何とか彼女を抱き上げ、全力で走った。


演習場の外へ。


 カミラとレオニスが全力で暴れる演習場は最早地獄以外の何物でもなかった。


「くそっ……! まさか生きたまま地獄を見ることになるとはな……」


 普段からレオニスの無茶に付き合わされてきた経験がなければ、到底ここから脱出することなど不可能だっただろう。


 現に、同年代では負けなしのフェリシアでさえ、序盤でカミラ嬢の魔術に巻き込まれ、弾き出されたと思ったら気を失って倒れてしまった。

 一発目のカミラとレオニスの魔術を見たところで、逃げ出す事を決めていたアレイドだが、フェリシアを放っておくわけにもいかず、2人の攻防戦に巻き込まれないようにフェリシアを助け出すのに時間がかかってしまった。


 アレイドは何とか脱出する事ができた事に胸を撫で下ろし、木陰にフェリシアを寝かせると、すぐさま回復魔法を施す。そして、器用にもう片方の手で自分にも回復魔法をかけた。


「……ふぅ、久しぶりにこんなにやられたな」


 遠くでは依然として轟音が鳴り響き、砂煙が空へと立ち昇っている。だが、演習場全体を覆う守護陣がその衝撃を漏らさず閉じ込めていた。


『レオニス様を招待してから一週間、毎日魔力を注いで強化しましたから、どんなに暴れても大丈夫ですわ!』


――演習前にカミラが誇らしげに語った言葉が脳裏に蘇る。


「本当にどんなに暴れても大丈夫なんだなぁ。」


アレイドは、どこか呆れながら思わず呟いた。


 思えば、ここに来た時から何もかもおかしかった。演習の準備と称して戻ってきたカミラとフェリシアの手には、常識外れのやばそうな武器が握られていたのだ。


 フェリシアは華奢な体に似合わぬ巨大な大鎌を、肩にかけ持ってきたかと思うと、軽々と素振りをしていた。

(それ大男でも持ち上げるのが大変なんじゃ)

とアレイドは心の中で考えていると


「おおー」


 と感嘆の声をあげているレオニスもおかしな格好をしていることに気づいた。

 一見シンプルに見える黒いシャツ、これにはこれでもか!というレベルで自己強化の魔法陣が書き込んである。元々黒かったのか、書き込んだ魔法陣で黒くなったのかよくわからない、もはや呪具とも言えそうなアイテムを着こんでいるのだ。


 そして、腰からさげてる魔剣。それ、こないだホワイトドラゴンの首を落としたやつだよね。逆側に下げてるポーチはマジックバックになってて、無限に魔道具が出てくることも知ってる。


『何、今から大型魔獣でも狩りに行くんですか?』


アレイドは、令嬢たちとの戯れでそんなガチ装備はやめておけと口を開こうとし、「こんなガチですみません」ととりあえずカミラに謝ろうとカミラの方を見た。


 レオニスやフェリシアの装備からするとカミラ嬢の装備はTPOを踏まえたものに見えた。

 女性らしい?装飾の施された細身の剣を下げ、そのベルトにはささやかに宝石が飾ってあった。


「カミラ侯爵令嬢は、演習というものがなにかわかっているようで安心しました。レオニスにはいくつか装備を外しますから安心してー……」


 そんな事をアレイドが話しかけているとカミラがその剣をスルッと抜いた。

何という事でしょう、剣が鞘から抜けるとフェリシア嬢の大鎌より重そうな大剣が出てきちゃいましたよ!?


「何それ、レッドドラゴンの首でも落としたことありそうな大剣……」


 思わずボソッとアレイドは呟いた。


 心の中で、ホワイトドラゴン(の首を落としたやつ)VSレッドドラゴン(の首を落としたこと)かよ!

と突っ込んでいたところ


「ええ、うちの商会に創らせた剣なのですが、こないだこれで討伐しましたわ、レッドドラゴン」


わー、うちの商会ってのも気になるけど、

ホワイトドラゴン(の首を落としたやつ)VSレッドドラゴン(の首を落としたこと)だったよ


「なにそれ……本当にレッドドラゴンを討伐したやつじゃん……」


 もう、アレイドは何も言わずに、パチンと指を鳴らすとひたすら防御に走った装備を纏った。これは、とりあえずレオニスが危険地帯にワクワクしながら突っ込んでいくのについて行く時の格好だ。身体強化のアイテムが数点、防御魔法を施したものをできるだけ身に着けた、命を守るための装備だ。


――そして始まったのは、演習という名の大災害。


「レオニス様、私、ヴァレンティナ様から許可をもらっておりますのよ。」


カミラは言葉をつづけながらも、まるで棒切れでも振り回すように大剣を振り回しながらレオニスに切りかかった。


「許可とは何の許可でしょう?まさか結婚の?!」

ドォン、レオニスが頬を染める間もなく重たい一撃がレオニスに向かってきたが、それを受けたレオニスは魔力を一気に魔剣に注ぎその衝撃を受け流した。


一気に魔力を注いだせいで、軽くふらついたところに容赦なくカミラは攻撃を入れていく。


「いいえ、貴方を全力で削って、削って、叩きのめしていいっていう許可ですわ」

ホワイトドラゴンの首を一撃で落としたレオニスが押されているのを、

カミラが見たことないいい笑顔で暴れているのを、

アレイドは怯えながら見ていた。


しかし、そんなカミラの一言もレオニスには愛のささやきにでも聞こえるようで

「そんな許可をわざわざ俺のために取ってくれたんですか!感激です」

と感激していた。


アレイドは(おい、そこ、感動するところ違うぞ)と

レオニスの頓珍漢な感謝に思わず心の中で突っ込みを入れながら逃げ回った。


「美しい宝石はカットが命。貴方はどれだけ削れば輝きだすんでしょう?」

そういってにやりと微笑むカミラの笑顔はもはや恐怖以外の何も感じさせなかった。


 大剣を振り回すカミラ自身ももはや災厄であったが、ささやかな飾りだとアレイドが思っていたカミラのベルトに飾られた宝石もやばかった。

 実はすべて魔石であり、投げるたびに大地を抉り、空気を震わせる。轟音、爆風、閃光が絶え間なく続き、ついには演習場全体が崩壊するのではないかと思えるほどの惨状となった。


投げるたびに地面が揺れて抉れて、演習場の外の空気まで震えた。

(俺も一緒に震えちゃうよ、)アレイドも一緒に震えていた。


「そんなに暴れたかったんだね侯爵令嬢・・・。」



――ズドォォン


今までで1番大きな音が響いたかと思うと、その音を最後に静かになった。

 土煙が晴れ、そこには髪を耳に掛け直すカミラの姿があった。息一つ乱さず、勝利を確信した笑みを浮かべて立っている。


その足元には――レオニスが目を回して倒れていた。


アレイドは地面に座り込んだまま思わず乾いた笑みを浮かべる。


「……あー、ホワイトドラゴンの負け、っと」


かくして演習場は無惨に抉られ、煙を上げる荒野と化していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る