第6話 配給と、灯りの中の歌
昼過ぎ、村の中心にある広場には、人だかりができていた。鉄柵とコンテナで囲まれた配給所。奥では、警察の腕章をつけた係員が無言で並ぶ村人たちを見下ろしていた。
「今日の配給、量減ってるらしいよ」
「またカズが横流ししてんじゃねえか」
そんな声が、列の端から漏れてくる。
俺は少し離れた場所から、様子を観察していた。警察といっても民間からの委託らしい。制服の裾は汚れていて、足元のブーツは無造作に泥まみれ。威圧感だけは一人前だった。
カズの姿もすぐに見つかった。彼は列の脇で、腕を組んで見物していた。時折、係員に小声で指示を出し、村の若い女たちにニヤつきながら話しかけている。
「あいつ、マジで何様だよ」
ミワの声がした。俺の横に、無言で立っていた。
「配給の量、彼だけ桁違いに多いんだ。ポイントってのがあるんだけど、あれも不正。警察とグルだから」
俺はしばらく、配給品の内容をメモしていた。缶詰、レトルト、トイレットペーパー、紙オムツ……生活の匂いが詰まった最低限の支援物資。足りない分は村から割り当てられた仕事をやることで得たお金やポイントを払うことで、増やすしかないらしい。
「……ミワ。今夜から、君の家に泊まってもいいか?」
「うん。そうして」
ミワの声は、少しだけ安堵に揺れていた。
⸻
夜、再び集会所の灯りがともる。日中の湿気を残したまま、村は静かに夜へ沈んでいた。
奥の簡易ステージには、ランタンのような明かりが並び、ミワが立っていた。手にした空き缶の打楽器が、カラカラと音を立てる。
「今夜も、ありがとう。来てくれて。――聴いてください、『灯』」
誰かが拍手した。続けて小さな手拍子。やがて、村の夜にミワの声が溶け出した。
それは祈りのような、ささやきのような歌だった。
「灯」
壊れた日々を 拾い集めて
胸の奥で 温めていた
誰にも届かぬ この叫びが
風の中で ひとつ 揺れていた
見放された 村の片隅で
名前のない 暮らし編んで
錆びた空でも 月は昇る
それだけが 君の 救いだった
灯して 灯して
小さな灯りを
消えそうな声を 今 抱きしめて
傷跡があるから 素直になれる
それが 僕たちの 光
捨てられたものが 笑い合って
壊れたままで 寄り添っている
誰のためでもない 暮らしだけど
ここにあるよと 微笑んでいる
灯して 灯して
ゴミの中でも
僕らは宝だと 信じたいよ
夢がなくても 未来がなくても
この手を繋ぐことは できるでしょ?
聞こえる? この歌
泥に咲く花のような 強い想い
消さないで 灯りを
君が 生きてる証(あかし)だから
誰かが泣いていた。笑ってる人もいた。歌は、平和村の夜の中を静かに泳いでいく。
俺は、その場に座りながらポケットの赤い腕章を撫でた。
(俺は、ここにいていいんだろうか)
けれど、歌がすべての問いを包んでくれる気がした。
ミワの声、ミワの歌。それはまさしくこの村の希望だった。
集会所を出ると、風が少しだけ涼しくなっていた。ゴミと土の混じる村の空気も、夜だけはどこか静かで、やさしい。
ミワの家に着くと、リカが出迎えた。薄暗い中でも、彼女の彫りの深い目元が印象的だった。
「おかえり。ミワ、歌よかったよ」
「ありがと。……ね、リカ。ジュンヤ、今夜からうちに泊まるって」
「ふーん、まあ、好きにすれば? 布団、ひとつ空いてるし。蚊帳もあるよ」
リカの口ぶりはそっけなかったが、少し安心したようにも見えた。
室内には小さなソーラーランタンの灯りがともり、昼に見たモビールがゆっくりと揺れている。昼間よりも光の影がはっきりと映って、まるで夢の中のようだった。
そして、昼間はつけられる事のなかったラジオが古いラジカセから流れていた。
俺は借りた布団を広げながら、ポケットからノートを取り出す。
「歌、すごかった。みんな聴き入ってた。泣いてる人もいたよ」
ミワは小さく笑って、ちゃぶ台にあった空き缶の打楽器を指先で弾いた。
「ありがとう。あれは……みんなの声みたいなもんだから」
「灯りを消さないでってところ、すごく響いた」
リカが、ラジオの音を小さくして、急に口を開いた。
「ミワの歌って、あんたみたいなよそ者にはどう聞こえるの?」
「よそ者……か。確かに俺は、この暮らしの外にいた。でもさ、あの歌聴いて、外とか中とか、ちょっとわからなくなったよ」
リカはしばらく黙ったまま、煙草を取り出した。それは普通のタバコではなく、紙巻きタバコだった。自分で巻いたような不揃いの一本。口にくわえると、ライターの火で端がじゅっと燃えた。
「タバコなんて、よく手に入るね」
「紙と葉っぱだけなら、たまに配給にも紛れてるの。ちょっと金を出せば手に入る。……カズに媚び売ってる子が、回してくれたりもするしね」
苦笑いしながら煙を吐いた。どこか、諦めと自尊心のあいだにいるような表情だった。
「まあ、そんな贅沢の一つぐらいあってもいいよな」
俺がそう言うと、リカは少し微笑んだ。
「……そういう風に言ってくれるなら、少しは信じてみてもいいかな」
ミワはクスクス笑いながら、布団に腰を下ろす。
「ねぇ、ジュンヤ。歌だけじゃなくて、暮らしも書いてよ。ここにあるもの全部。光も、臭いも、リカの紙タバコも」
「リカのタバコまで?」
「大事だよ、村の香りなんだから」
リカが小さく吹き出した。肩が少しだけ、柔らかくなっていた。
ミワがランプの明かりを少し下げると、影が濃くなった。俺は布団に横になり、天井の梁を見つめる。
「ここって、夜は静かだな」
「本当は、あんまり静かじゃないよ。ネズミも出るし、カズがうろつくこともあるし……」
ミワの声が、急に少しだけ細くなった。
「でも、今日はなんだか大丈夫な気がする。歌えたし、あんたもいてくれるし」
「俺でよければ、できることはするよ。まだ、住人じゃないけど」
「もう、半分くらい住人でしょ」
そう言ってミワは、毛布を肩まで引き上げた。
ランプの光が、ミワの髪の隙間からやわらかく漏れていた。
リカは台所の端で煙草をもう一度くわえ、今度は火をつけて吸った。窓の隙間から、夜の空気がひやりと入り込む。
その夜、灯りは静かにゆれていた。
ミワの歌がまだ、耳の奥で微かに響いていた。
ノートの最後に一行だけ書き足した。
――「この場所には、名前のない希望がある」
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