第四章‐4:灰の祈り

神の名は語られない。


教団の最奥部において、それは“音”にしてはならないものとされている。


ただ静かに、内奥で念じ、神の意志に身を重ねる。それが信徒の礼儀だった。




蝋燭の灯りが天井の文様を揺らす。


円形の石室。その中心に一枚の絵があった。




キャンバスの中で、死者が祈っていた。


骨まで露わになった手を組み、血の代わりに淡い金の線が体を走る。


その絵を囲むように、六人の者たちが立っていた。




教団の高位参照者たち。


口にするのは祈りではない。記録された名。


――レオ・カシュエル。




「彼の到達は、想定よりも早い」


低く、滑らかな声が石壁に響く。




「だが、それは逸脱でもある。神の意志をなぞる者は、決して自ら“神になろう”とはしない」


別の声が応じた。




「GIAが彼の記録に接触した。もはや、我々の外に“観測”されたということだ」


「ならば、記録の形式をこちらで完結させるほかあるまい」


「そう。絵となって、神の記憶に溶けるならば、彼は救済される」




沈黙が落ちた。


一人、年老いた参照者が口を開いた。




「お前たちは彼を“裏切り者”と見ているのか?」


問いは硬く、苛立ちすら孕んでいた。


「私はそうは思わぬ。彼はただ、純粋すぎた。信仰の極に至るものの狂気……それを我々が定義できると思うのか?」




他の者たちは返さなかった。


だが、それが答えだった。


定義できなくなった時点で、彼は“外”なのだ。




「粛清ではない」


中ほどの者がゆっくりと呟いた。


「我らは彼を“記録”する。最後の一筆で、彼を完成させる」




それは、儀式の名を意味した。


“灰の祈り”――信仰の逸脱者を神の構図に還す最後の儀式。




準備は、すでに始まっていた。


使者はすでにヴェザリアへ向かっている。




あとは、彼の筆が止まるその瞬間を待つだけ。

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