第18話 置き去りの約束
その夜、陽介は徳一の書いた手紙の写しと、結月からの返事の封筒を並べて机に置いた。蛍光灯の光が二通の紙を照らす。手紙と手紙が、ようやく言葉を交わしたように見えた。
——今なら少しだけ、昔の私と話せる気がします。
結月のその言葉は、どこか過去に置き去りにされた自分自身への許しのようにも思えた。
陽介は、ふと以前の手紙のことを思い出す。忠からの返事、少年の過去。すべてが、誰かの時間と感情を抱えていた。
けれど、今回の手紙は、他のどれとも違っていた。
相手はそのまま受け入れたのではなく拒絶した。
まるで「それでも届けてほしいなら、そこまでの覚悟があるのか」と問われたようだった。
人の心は、そう簡単には動かない。感動も、和解も、都合よくは訪れない。
徳一はそれを知っていたのかもしれない。だからこそ、結月への手紙に綴られていた言葉は、やけに生々しかった。
——俺はあのとき、もう一度振り向いていれば、何か違っただろうか。 いや、わかってたんだ。本当は。
このまま離れるのが、最後になるってことくらい。
後悔を後悔のまま終わらせないために。
徳一が文字に託したのは、懺悔でも美談でもない。ただの“言い訳にも似た叫び”だった。
陽介は、そっと手紙を封筒に戻した。机の引き出しにしまいかけて、ふと手を止める。
リビングの隅に置かれた古びた木製のポスト型ケースに、その封筒を立てかけた。
「ここがいちばん、しっくりくるな」
ひとりごとのようにつぶやいたその瞬間、不意に玄関のチャイムが鳴った。
こんな時間に? 首を傾げてドアを開けると、郵便局の先輩・佐川が立っていた。
「おまえ、最近ちょっと変わったよな。なんか、配達に魂入ってきてんじゃね?」
「そうですかね」
「……まあ、悪いことじゃねえけどさ。たまには肩の力抜けよ。ちょっと飲まねえ?」
陽介は笑って頷いた。その笑いが、どこか少しだけ晴れやかだった。
夜風が吹いた。封筒がふわりと揺れて、小さくカタンと音を立てた。
その音が、なぜだか、かつて交わされなかった「さよなら」の代わりのように聞こえた。
そして陽介は、翌朝もまた、いつもどおりの時間に目を覚ました。制服に袖を通し、バッグに荷物を詰め、配達ルートを確認する。
手紙を届ける。それだけだ。 でも、その「だけ」が、どれほどのものを背負っているか。
陽介はもう知っていた。
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