第16話 山陰編:静謐なる野望(後編)

 ――石見・津和野の古旅館。


夜。

佐倉とユウトは、結界の影響を避けるため、古びた檜風呂の浴室に一時避難していた。


湯気が満ちるなか、二人は服を脱いで湯に身を沈めていた。

背中合わせで、会話だけが響く。


「陶晴賢の“三本の矢”は、結束じゃなくて分断の象徴……それが、奴の歴史改変の本質か」


「ああ。でもそれって、裏を返せば――“誰かを信じたい”って願いでもあるよな」


沈黙。

お湯の跳ねる音が、会話の隙間にぽつぽつと落ちた。


佐倉が振り向く。


「背中……流す?」


ユウトは、少しだけ間を置いて頷いた。

湯気の中、静かに背を向ける。


佐倉の指が、肩に触れる。

そのままゆっくりと、石けんを泡立てて滑らせていく。


「……くすぐったいか?」


「いや……」

ユウトの声が少しだけ掠れる。


背筋をなぞる指先、肩甲骨を回るぬるい泡。

その動きが、次第に“洗う”という機能を超えて、どこか“確かめ合う”ようなやわらかさを帯びていく。


「……俺たちってさ」


佐倉が囁く。


「もしかして、“三本の矢”じゃなくて……一本の、すごく細い糸で繋がってんのかもな」


ユウトが、その言葉に何かを返そうとした、そのとき。


> ♪「Spotify Premiumを使えば、広告なしで音楽が――」




「またかよ!」


二人の距離が一気に崩れ、佐倉がユウトの背に滑って倒れ込む。

ふたり、浴槽の中でぴったり重なる格好になった。


「……マジで邪魔すんなよ、Spotify……」


「広告に救われたって言っとけよ」


お湯の中で、二人の体温がそっと混ざり合う。

まだ踏み込まない、でも引き返さない距離。


それが、今の二人だった。



---


次章予告:《安芸編:毛利の記憶》


毛利元就AR《三矢型》が現界し、試練を与える


佐倉とユウト、“矢として”ではなく“絆として”の答えを見つける


浮かび上がる、記録に残されなかった“もう一人の矢”



> 「守るために折れることも、矢の強さだろ?」







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