その記憶は、削除されました

もちぺた

第1話 思い出すことのない明日

冷蔵庫の野菜が腐っていた。

袋の中で、どろどろに溶けていた。

「ちゃんと野菜も食べよう」と思って買ったはずなのに、いつのことだったかもう思い出せない。

忘れていたのか、見ないふりをしていたのか。

たぶん、両方だ。


ため息をついて、昨日捨て忘れたゴミ袋の中に無理やり押し込んだ。


ご飯も、洗濯も、仕事もしてる。

生活はまわっているはず。

でも、私の中の何かだけが、止まったままだ。


今日も電車に乗って、今日も働いて、

今日も「大丈夫です」と言って家に帰ってきた。

これが「生きてる」ってことなら

私はいつから、死んでたんだろう。


夫と死別してから、一年が過ぎた。

時間が解決するなんて嘘だった。


「もう一年経った」じゃなくて

「一年経ってしまった」だ。


手続きもとっくに終わって、何か特別なことがあるわけじゃない。

周りの人達も、私を“普通”に戻している。


立ち直ったと思われているのかな。


二人から一人になった非日常から、普通の日常に無理やり塗り替えられているみたいで、喉の奥がじんと痛んだ。


SNSも、グループLINEも、芸能ニュースも、幸せそうな写真ばかり。

いいねなんて押してないのに目に焼き付いて離れない。

スマートフォンをぼすんっと布団の上に投げた。

せめてもの、ささやかな抵抗。


私だけが、あの日からずっと変わらない場所に閉じ込められている。

夫と二人で末永く楽しく生きる未来に、なれなかった。

悔しくて、でも幸せそうな人たちを責めることもできなくて、独りで泣いてきた。



死ぬことができないのなら、

…せめて消したい。この記憶も、この感情も、こんなな自分も、全部。

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