『魔王軍、平和主義はじめました。~クソゲー転生参謀の魔王やらかし交渉録~』

月影 朔

第1話:目覚めは魔王城の一室、僕はデーモン?

 目を覚ますと、そこは闇に包まれた、しかしどこか荘厳な石造りの部屋だった。

天井からは禍々しい装飾のシャンデリアがぶら下がり、壁にはおどろおどろしい紋様が刻まれている。

そして何より、自分の体がいつもと違うことに、ユウキはすぐに気が付いた。


 黒くしなやかな皮膚、背中からは漆黒の翼が生え、頭には鋭い角が二本。

手は鋭い爪を持つ三本指に、足は蹄のような形状をしている。


「は?

……え?

何これ? 夢? ドッキリ?」


 混乱とパニックが入り混じった声が喉から漏れる。

いや、声も違う。

自分の声じゃない。

低い、男らしい、しかしどこか威圧感のある声だ。


 混乱するユウキの脳内に、突然、穏やかな女性の声が響いた。

まるで耳元で囁かれているかのように、しかし明確に。


『あなたはアザゼルとして転生しました。

これよりあなたはこの世界の住人となりますので、残念ながら、この世界で死んでも元の世界に戻ることはありません。

死にます。

それでは新しいこの世界でアザゼルとしての一生を楽しんでくださいね。』


「はあああああ!?

死んだら終わり!?

何それ聞いてないんだけど!?

転生って、チート能力とか、元の世界に戻る方法とか、そういうのセットでしょ普通!?」


 ユウキは、いや、今はアザゼルというらしいその体で、反射的に叫んだ。

しかし、アナウンスはそれっきり途絶えてしまった。


「嘘だろ……

なんで俺がこんな目に……」


 ゲーム好きが高じて、異世界転生系の小説や漫画は読み漁った。

チート能力で無双したり、可愛いヒロインに囲まれてスローライフを送ったり。

そんな甘い夢を見ていた時期も、もちろんあった。


 だが、まさか自分が本当に転生するとは。

しかも、デーモンに?

死んだら本当に終わり?


(クソゲーかよ!

おい、説明しろ!

せめて、どうやって元の世界に戻れるかとか、能力はなんだとか、そういう説明は!?)


 再び脳内で叫んでみるが、何の反応もない。

静寂だけがアザゼルの精神を蝕んでいく。


 その時、部屋の扉がギィと音を立てて開いた。


 そこに立っていたのは、全身を黒いローブに包んだ小柄な魔族だった。

顔はフードで隠れて見えないが、ローブの隙間から覗く肌は灰色がかっている。


 その魔族は、アザゼルを見ると、深々と頭を下げた。

「アザゼル様、魔王様がお呼びでございます。大広間へお越しください。」


 魔王? 大広間?

 嫌な予感がする。

なぜか、この状況が、どこかで見たゲームのワンシーンと重なって見えた。

そう、まさに「魔王軍幹部アザゼル、勇者との戦いを前に魔王に召集される」みたいな。


(いやいやいや、待て待て待て!

魔王軍!? 俺が!?

勇者!?

やめろ、そういう死亡フラグはやめろ!)


 頭を抱えたい衝動に駆られるが、このデーモンの体は堂々としていて、そんな情けない動きは許さない。


「分かった。案内しろ。」


 低い声が、今度は意外なほどすんなりと口から出た。

まるでこの体が、最初からそう話すようにプログラムされているかのようだ。


 魔族の案内に従って部屋を出ると、石造りの廊下はどこまでも続き、壁には禍々しい絵画や魔物の彫刻が飾られている。

所々に巨大な松明が掲げられ、その炎が壁の影を不気味に揺らしていた。


(本当に魔王城じゃねえか……。

これ、絶対に後で勇者と戦うことになる流れだろ。

いや、待てよ?

『死んだら終わり』って言われたんだぞ。

元の世界に戻れないってことは、この世界で死んだら本当に存在が消滅するってことか?

そんなの、冗談じゃない!)


 恐怖と焦りがアザゼルの思考を加速させる。

(だったら、戦うわけにはいかない。

絶対に死ねない。

そのためには……

何とかして勇者を倒さない方向に持っていくしかねえ。

魔王軍の参謀……か。

これ、もしかして、俺に課せられた使命ってやつか?)


 そう思うと、少しだけ冷静になれた。

自分が転生した目的が不明ならば、とりあえず生き残ることが最優先だ。

そのためには、この魔王軍の『参謀』という立場で、何とか『死なない』方法を模索するしかない。


 廊下の突き当りに、ひときわ大きな扉が見えてきた。

その両脇には、屈強な魔物が衛兵として立っている。


 衛兵が扉を開くと、中から強大な魔力が渦巻くのを感じた。


(あれが魔王か……!)


 大広間の中は、謁見の間らしく、中央には巨大な玉座が鎮座している。

その玉座には、威厳ある雰囲気を纏う一人の男が座っていた。


 紛れもない、この世界の支配者、魔王だ。


「魔王様、アザゼル様がお見えになりました。」


 案内役の魔族が告げると、魔王はゆっくりとこちらに視線を向けた。

その鋭い眼光に、アザゼルは本能的な恐怖を感じた。


 アザゼルは、この世界での生き残りをかけた、奇妙な戦いが始まる予感に、身震いした。

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