第7話-3

 ソラさんなのに身体は涼介であることを思い知って、心がちりぢりになるような気がする。


 だけど涼介、ごめんなさい。今はソラさんのことを想わせて。

 抱きながら、私は懸命に話す。


「今、私が抱きついているのは、夢なんかじゃありません。夢だったら、私の体温なんて感じないでしょう? こんなに窮屈で出口をさがしている想い、ソラさんに届かないことはわかっています。それでも、せめて夢だなんて思わないで、その記憶に刻んでください」


 ちゃんと知ってほしい。

 ソラさんは、まっとうな人間で、素晴らしい夢を持っていて。

 そんな人だから、惹かれる私がいるのだと。

 だからこそ生きて、多くの人を助けてほしい。


「……そうだよね。夢だったら、小春ちゃんのシャンプーの香りも、感じないだろうね」

「あ!」

 急激に恥ずかしくなって、私はソラさんから離れた。

 そんな私をソラさんは抱き寄せ、その腕に力をこめた。


「夢じゃないんだね。だったら僕は現実を受け入れて、立ち向かわないとならない」

「ソラさんの世界で、これから辛いことがもっと起きてしまいます。だからソラさん、必ず思いだして。向こうで3月10日のこと、がんばって思いだしてください!」

「でも、どうやって憶えていられるだろう」

「それなら……」


 たまらず、私は背伸びをした。

 その唇に、そっと口づける。

 ソラさんは私を受け入れ、熱くキスを返してくれた。

 それからまた強く抱きしめられた。

 はじめてのキスは、涙の味がする。


「忘れないよ……忘れたくない」


 そよ風の中で、暮れようとする空の下で、ソラさんがささやく。

 そうしてソラさんは、私の額にその額を寄せて、甘くささやく。


「君の中に、ふたりの人がいるみたいだ」


 ふたりの私が……?

「学校での臆病な君とはちがって、僕の前ではいつも、強くてやさしい君がいる。どちらもほんとうの君に、ちがいないけどね」


 やっとソラさんに明るい表情が戻った。

「そうだとしたら、それはソラさんがいるからです。強くてやさしいソラさんが、私をそうしてくれるんです」

「僕にそんな力があるのかな」

 私は大きくうなずいた。


「……ねえ、小春ちゃん。僕は忘れないよ。3月10日のことも、君のことも」


「ぜったいですよ?」

 声が震えた。涙がまたあふれた。

「今はなんの役にも立たないとしても、僕には童話しかないこと、思いだせたよ。ありがとう、小春ちゃん」

 私の頬を伝うしずくを、ソラさんがぬぐう。それから私の手を、ぎゅっとにぎった。


 風が吹いた。

「帰ろう」

「はい……」

 駅へ向かって、ゆっくりと歩きだす。手をつないだままで。

 ソラさん、絶対に忘れないでいて。

 私たちは、次はいつ会えるんだろう。いつ、会えなくなってしまうんだろう。

 隣のソラさんを見つめながら、私は自分の心をも見つめている。


   じゃあまたねそんな約束さえなくて前よりひどく独りだと知る



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