第1話-2

 ニタニタした表情で私のノートを読む彼女に、次はなにをされるのか。背すじがぞうっとして、胸が冷たく凍るようだ。

 こんなとき私はいつも、こう思うようにしている。いじられているだけ。いじめなんかじゃない、って。だから平気。これくらい、なんてことない。

 私は中学までいじめの対象ではなかったし、誰かをいじめたこともない。因果応報でこの身にいじめが降りかかることもない、そう思いたかった。


「ちょっ、これ……〝生きる意味問いつづけるに時は過ぎヘデラの新芽の自由に伸びて〟……うわあ、なんなのキモイ!」


 いちだんと大きな華恋の声を、「やめろよ!」、男子が跳ね返した。


 見ると、そこにはツーブロックのマッシュショートヘア、束感を出してワックスでキメた、涼介がいた。


「本宮、趣味わりい。人の心に土足で入るな」


 涼介は華恋の手からノートを奪おうとする。

 華恋はそれを蝶のごとくかわし、涼介をにらみつけた。

「ってか、なんで菊池が出てくんの? あんた、関係ないじゃん」

「関係あんのよ。オレ、小春の幼なじみだから」

「はあっ?」

 口をあんぐり開けて、華恋はばかみたいに驚いてみせた。


 実のところ、学校へ一緒に行こうという涼介に、私は断った。朝の弱い涼介は、いつも遅刻ぎりぎりだし、なにより私がひとりで通学しているのは、目立ちたくないから。

 涼介は明るくチャラくスポーツ万能な上、軽音楽部のギター&ボーカル、作詞作曲までこなすアーティスティックな人気者。やはりスクールカーストの上にいる。

 そんな彼に私がくっついていては、女子からの、とりわけスクールカースト上位の子たちから私への風当たりが、強すぎてしまうのは目に見えている。


「小春の趣味、そっと見守ってやって」

 私の努力も知らないで、涼介は女子のカーストのいちばん下に、ひびを入れつづける。本人はそうは思っていなくても、とんかちで叩いて遊ぶ、だるま落としさながらに。たとえいちばん下でも、弾き飛ばされたら敵わない。

「ちょっと、小春って呼んでるよね?」

 華恋が涼介につめ寄った。

 ほら、涼介のばか。だまっていてくれたらよかったのに。

「なにそれ菊池。都倉さんのこと、下の名前で呼んでんの?」

「んだよ、わりいかよ? オレたち、長いつきあいなもんでね。仲いいのよ」

「え……」

 華恋の取り巻きのひとりから、落胆した声が聞こえた。その瞳がうるんで見える。

「ほら~、美理みりがショック受けちゃった。都倉さんてば、この子の気も知らないでさあ、こんなヤバい俳句なんてつくっちゃってさあ」


 涼介と私の、幼なじみ以上でも以下でもない関係に、どうしてあなたの〝友人〟の恋路がからんでくるのかな……。

 しかも俳句じゃなくて短歌だよ。今そこに私の短歌、関係ないでしょう?


「と……とにかくノート、返して……」

 心とは裏腹に、おずおずと言うことしかできない。


 私は弱虫だ。強く出られない。思いのたけを打ち明けたら、相手になにを思われるのか、怖くなってしまう。

「都倉さん、なあに? 聞こえないんですけど」

 さっとノートをひるがえす華恋の手を、背伸びをして追う。

 奪い返そうとしても背の高い彼女は、ノートをあっちへこっちへ高く掲げる。

 私の手は空を切るだけ。高校生にもなって、なんでこんな子どもじみたことをしているの。

「返してほしかったら、菊池と別れな!」

 だから、つきあっていないんだってば。

 はっきり否定したくても、言葉が口の中で空回りする。

 

 ……あ、今だ!


 思い切りジャンプして、華恋の掲げるノートに手を伸ばすけど、ダメだ、届かない。

 着地したそのとき、足もとがぐらついた。


「危ねっ!」

 涼介の声とともに、身体に衝撃を感じた。


 それからすぐ、華恋やほかの生徒たちの叫び声――。

 

 なんで、どうして!


 階段の下に、涼介が横たわっている。

 涼介は私を押すと、バランスを崩して転がり落ちてしまったんだ。

 私なんかを助けようとして、階段から……!


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