第29話:風の剣、そして直線軌道
「近接干渉じゃないと……って言っても、あの球なんとかしねえと近づけねえな」
岩亀の放った球に刀が弾かれそうになった感触を、与作はその手に思い出す。一方で風が吹くと同時に球が消えた。その風は、時子が後方から自分のフォローのために理素を操作して生み出した「理素の風」だということは、理解に難くなかった。
「風の力の方が、地の理素との対話はうまくいきやすいってことか」
――理素を操るには理力がいる。
(俺が刀に乗せてる「気合」が「理力」だっていうなら……)
与作は右手を地につき、立ち上がった。岩亀ににらみを利かせながら、左手だけで握っていた刀の柄に、右の手を添える。
「なあ、風の理素を、この刀に纏わせたり出来ねえかな」
右の肩越しに与作は、後ろに立っている時子に声をかけた。
「……なるほど。理力を流し込んだあなたの武器なら……。試す価値あるかも」
与作が岩亀に対峙したまま、その右に時子が立った。与作は構えた刀を水平よりも下におろし、切っ先を地面に向かわせ、時子の前に刀を差し出した。深く息を吸い、吐き出しながら力をこめて握った手の先から、刀に体内で練った理力を注ぎ込む。
時子が刀の峰に添えるように両手を構えた。
長い黒髪が風に揺れる。空気が渦巻くように時子のもとに集まり始める。――そして時子を囲んでいた空気の渦が、その腕を伝って刀に乗り移った。
――与作は、刀に通った力に、何かがかちりとはまり込む感触を覚えた。
刀は風を纏い、刀身を中心に渦巻き始めた。
「……上手く行ったみたい。剣に乗った理力と風の理素が結びついた」
「ああ。俺も、さっきと違う手応えを感じるわ」
風が渦巻く刀を顔の横に引き寄せ、与作は八相の構えを取った。
「こういうのはビビって怯んだら隙になる。腹決めて突っ込むぞ」
「フォローする。思いっきりやってみて」
与作が力強く地を蹴って体を前に送り出す。
再び、岩亀が理素の球を放ってきた。与作は剣を振りかぶり——目前に迫る球に——斬りかかる。
太刀筋は球を真っ二つに裂いた。球は風に吹かれたように、さらりと消えてなくなった。
「よし! これならいける!」
岩亀の方に視線を戻すや否や、球が乱れ打たれたように飛んできた。振り落とした刀を今度は刃を上になるように、左手をやや手前に引き込んで手首を回す。刀を切り上げた。目前に迫る球は消滅した。
まだ残る球が与作に迫ってくる。しかし、それらは理素の風によってかき消された。
開いたスペースを与作が一気に詰める。あと一踏み込みで刀が届くところまで間合いは狭まった。
岩亀の周りを砂の幕が覆い始めた。与作は右足を踏み込み、その幕に切り込んだ。――パッと砂が散り、岩亀の姿が露わになった。吐いた息をそのまま止め、横薙ぎに一閃。岩亀の右胴体から、左へ甲羅を無視するように刃が通る。中心にあった岩の柱を掠めるように太刀筋が走った。岩の表面に亀裂が走り、ボロボロと表面の岩が崩れ始めた。
「グオオオ」
岩亀が叫びをあげ、のけぞった。
追い打ちをかけようと、与作が上段に刀を振り上げる。
——そのとき、与作は足元を強い力で押し上げられるのを感じた。岩が地面から生えてきた。力を受け流そうと、与作は岩を蹴り宙に跳んだ。岩から後方の位置にザッと足をつける。再び距離を詰めるべく脇構えで足を踏み出す。しかし、また足元に岩が現れ、与作は体のバランスを崩した。
そこに理素の球が放たれようとするのを、時子が風を起こし与作への被弾を防いだ。岩は与作を追い立てるように出現し続ける。与作はそれらを回避するべく後方へのステップの要領で回避動作を繰り返した。気付くと——時子のいる位置まで引き返していた。
岩亀との間には、腰から下くらいの高さの大地と同じ赤錆色の岩が、行く手を遮るように乱立していた。
「くそ! あと一太刀って感じなのに、近づけなくなっちまった!」
距離は七メートル。この間合いを風を纏った刀で物理的に切りかかることは出来ない。
「近づかないで物理干渉って、無理筋だろ」
「そうだね。その刀みたいに理力込められないと……」
そこまで言って、時子が「あ、そうだ」と、背中のリュックサックを漁り始めた。
「いきなりどうしたんだよ」
与作は唐突な時子の行動に不意を突かれたような驚きを覚えた。
飛んできた球を刀で払う。
「……これ、使えないかな」
時子がリュックから取り出したのは、久作がヤクチャラ族の長老ワリムから贈られたというブーメランだった。
「これに与作が理力を注いで、私が風の理素を乗せて投げたら?」
「風の理素付きの飛び道具ってわけか! やってみるか」
与作は刀を左手に持つと、刀身が纏っていた風が消えた。そして、空いた右手で時子からブーメランを受け取った。深く息を吸い、体内に意識を向ける。そして息を吐き出すようにブーメランに気合を注入した。そこに時子が両手でブーメランを挟むようにかざす。時子の両手の間に風が吹き込み、ブーメランは風を纏った。まるで小さな嵐が発生したかのように、ビュウウと音を立てている。
「おっしゃ! 風の力、たっぷり食らいやがれ!」
与作はブーメランを振りかざし、力一杯放り投げた。宙に飛び出したそれはほぼ一直線の軌道を描いて突き進む。――その飛んでいくブーメランを目掛けて、時子が右手を前に突き出した。人差し指と中指の間に、ブーメランの像を捉えた。
(狩りでミリナがやったみたいに……)
追い風が、一瞬強く走り、時子の髪を乱す。——風はブーメランを押し込むように加速させた。
岩亀の周りに砂の幕が作り上げられた。そこに、ブーメランが飛び込み——幕を裂いた。瞬く間に砂は散る。そして、岩亀にブーメランは迫った。
「「届け!」」
ブーメランが——岩亀を——理素の核を——突き抜けた。
岩亀の像は崩れるように輪郭を失い、そして風に流されるように霧散した。暴走理素が生み出した実態ある岩柱はバラバラその場で崩れ、落ちた破片も砂となり風に散った。足元に乱立していた岩も、大地に還った。
ブーメランは左方向に旋回し、与作達の元へ向かってきた。与作の背より高いくらいの軌道で飛んでくる。それに合わせて、与作は目一杯右手を伸ばした——が、
「あ、くそっ」
ほんの一センチばかり届かなかった。与作はバランスを崩して前方向によろけた。
与作の手のわずか上空を通過したブーメランはパシッと、彼とは別の手によって掴まれた。——時子が涼し顔で、少しだけつま先立ちで背伸びをしていた。後ろに崩れそうになった与作は右足を後ろに引いて踏ん張り、腰を折る姿勢で安定を取り戻した。
「……ナイスキャッチ」
ブーメランが纏う風が静かに消えた。時子は高く掲げられたブーメランを持つて手を降ろした。
「うまくいったね」
目の表情こそ普段と変わらなかったが、時子の口角はすこしだけ上がっていた。
「ああ。よく思い出せたな、ブーメランのこと」
与作は、前のめりに崩れかけた姿勢から状態を起こした。ひと段落突いたところで、その表情は明るく、にかっと笑うようだった。
「久作先生に感謝しなきゃね」
「それ言われるとなんかフクザツな気分だが……」
笑った表情から一変、口を尖らせながら、与作は後頭部をぼりぼりと掻きながらぼやいた。時子は後ろの方向、ソフィア達のいる方を振り返った。その一瞬、まるでカメラがシャッターを切ったかのように、世界が止まったような気配を与作は感じた。
「……むこうの理素暴走、最初より手強くなってるみたい」
時子のその言葉に反応するように、与作も同じ方向に視線を向けた。――確かに、火の勢いが、最初に見た「トカゲ」のものとは異なっているようだった。
「……こっちは片付いたし、向こうに加勢すっか」
「うん」
時子はコクリと頷いた。
◆◇◆あとがき◆◇◆
ムチソウ開発室 ― 無知との遭遇、制作裏話
理素暴走との戦闘・前半戦をお送りしました。今回も、というか、今回は特に! お世話になったゲーム作品からのインスピレーションが散りばめられている回です。
与作が武器に「気合」(=理力)を乗せることで理素干渉を実現する、内部呼称「錬気術」。今回はここに、時子の風理素の付与、RPG的に言えば属性エンチャント魔法を組み合わせることで、「錬気属性剣」が出来上がりました。
「続・ボクらの太陽」における主人公ジャンゴのエンチャント、「ブレイブリーデフォルト」における魔法剣士や、「オクトパストラベラー」におけるルーンマスターの技に近い演出となっています。属性付与魔法、大好きです! はい、もうコレ、個人の趣味全開なのがお分かりいただけるかと思います。
そして、ブーメラン。これ、「ゼルダの伝説」を代表するアイテムの一つです。風のブーメランなんて、「トワイライトプリンセス」の疾風のブーメランを思い出さずにはいられない。
いやあ、今回は楽しかったね! オタク語りサーセンwww
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