第12話・ねかせて!

 舞台袖から、息を潜めて覗いていた。

 今か今かと私の登場を待ちわびながら蠢く影達を見つめて、高鳴る心臓を必死に宥める。

 会場中のボルテージが最大限になったタイミングで飛び出して精一杯のパフォーマンスを始める。

 レッスンの成果もあり、何も考えなくたって体が動く。

 だんだん空気と自分自身が混ざり合って、恍惚を味わいながらとろけていく。

 続けていると、異変に気づく。

 サイリウムの光がぽつりぽつり、会場から一人ひとり消えていく。

 その速度は徐々に増していき、ブラックホールが広がるみたいに辺りは真っ黒に染まってしまった。

 緞帳が仕舞われているはずの場所から鉄の柵が降ってきて、ステージと観客席を分断した。

 私は今、自分が檻の中にいるのだと知る。

 とても恐ろしくなって、踊ることも歌うこともやめようとした。

 すると闇の中で、たった一つの光が、リズムに合わせて揺れていることに気づいた。

 その人は満面の笑みで、汗で額に張り付く前髪も気にせずに、私にエールを送ってくれている。

 目が合って。私はもう一度動き出した。

 檻の中でいい。見てくれる人も、たった一人でいい。

 清花ちゃんが傍にいてくれるなら、私はそれでいい。


 ×


「綯子ー? 着いたよー降りるよー」

「っ!」


 電車……そっか、今はもう、帰りか。いつの間に寝ちゃってたんだろう。


「大丈夫……?」

「大丈夫。ごめん、めっちゃ熟睡してた……」

「知ってる。たくさん歩いたもんね。もうちょっとで家だから頑張ろ」

「うんっ。あの、ごめんね、肩借りちゃって……」

「んーん。嬉しかったよ」


 脱力した人の頭って相当重いはずなのに……優し過ぎるよ清花ちゃん!

 あぁ……私はなんてもったいない……じゃなくて申し訳ないことをしちゃったんだろう……もっと香りとか感触を堪能しておけば良かった……じゃなくて私の方こそ清花ちゃんの枕になってあげたかったのに!

 でもなんか……すごい夢見てた気がする……。もう思い出せないけど……すごく幸せだったな……。これも清花ちゃんの肩枕効果に違いない。


「晩ごはんどうする?」

「お惣菜買って帰ろ? もう作る余力はないや……」


 私が作ろうか。と言いかけて、寸前で止めた。ちゃんとね、調理器とか調味料とか把握しておかないとね。恥ずかしいもの出せないし。


「うひー高いねぇ」

「奮発奮発。もう大人ですから」


 最寄り駅にある少し高級なスーパーに立ち寄ると、清花ちゃんはがっさがっさとお惣菜をカゴに入れていく。学生の頃じゃ考えられない資本力だ。本当にもう、大人なんだなぁ。


「? なに?」

「ううん! なんでもない!」


 もともと精神的に大人びてた清花ちゃんが、こんな大人びた風格を手に入れちゃったら……もう……素敵過ぎますやん……!


「「かんぱーい」」


 帰ってすぐにシャワーを浴びて汗を流し、ペコペコのお腹を埋めるために晩ごはんを展開した。

 いろんな種類のおかずとちょっとのアルコールを堪能しつつ、今日撮った写真を披露し合ってたりしてお喋りが止まらない。

 ほっぺが痛くなるほど笑っていたら、あっという間に時は過ぎ去り、日付が変わろうとしていた。


「清花ちゃん、もう寝る?」

「うん……」


 白い頬を赤く染めながら、重たそうな瞼と格闘するその姿が新鮮でもあるし、懐かしくもある。

 お酒を飲む清花ちゃんを見るのは初めてだけど、酔っ払った姿を見るのは、実は初めてじゃない。

 学生時代、チョコレートにほんのちょびっと入っていたアルコールで酔ってしまった清花ちゃんが、私の部屋で寝落ちしたことがある。

 可愛すぎてずーーーーーっと頭を撫でてたのは一生の秘密だ。

 あぁ……早く一緒に微睡みたい。それでまた頭を撫でくり回したい……!

 なんて、思っていたら。


「清花ちゃん!? 何してるの!?」

「見てわかるでしょ。寝る準備」


 後はもう寝るだけ。という状態にお互いなったあと、何故か清花ちゃんは寝室のベッドに向かわなかった。

 後を追ってみると彼女はいそいそと……マットレスを敷き始めた。いつも感謝しかしていなかった即日配送を恨めしく思う日が来るなんて!


「『一応』って言ってたじゃん、『念の為』って言ってたじゃん!」

「だって……ああでも言わないと納得しなさそうだったし……」

「するわけないじゃん! 一緒に寝ようよ!」

「寝なーい。綯子はベッドあっちで寝ていいから」

「……なんで? 私と一緒に寝るの……そんなに嫌……?」


 答えを聞くのは怖い。だけど、聞かないわけにはいかない。

 これから先一緒に暮らしていく上で、とても重要なことだから。


「……綯子がどうとかじゃなくて、私が緊張するの」

「それは……私だって……」

「あのねぇ」


 清花ちゃんは敷いたマットレスに寝転び、タオルケットを頭まで被り、隙間からジトっとこちらを見つめ、酔いで少し回っていない呂律のまま言う。


「ずっと一人だったから……誰かと寝ることに慣れてないの! いくら綯子でも緊張するの!」

「!!!」


 それって……!


「ずっと……一人だったの……?」

「そう言ってる」

「誰とも一緒に……寝たことない……!?」

「だからそう言って……いや、強いて言うなら学生時代に綯子とお泊まりしたときとか……それくらい」


 やっっっっっったぁああああ!!! という気持ちを微塵も出さないように、「ふ〜ん」とだけ返して背中を向ける。緩みきった頬を見られたら不審に思われちゃうかもしれないから。


「清花ちゃん」

「なに」

「そういうことなら、許します」

「……うん。ありがとう」

「では、おやすみなさい」

「おやす……ねぇ待って」


 るんるん気分で寝室に向かおうとしたところ、呼び止められて静止する。まだ顔は見せられないから、振り向ことはできない。


「綯子は?」

「んん?」

「綯子は…………慣れてるの?」


 これは……なんて答えるべき!?

 大人の余裕を見せた方がいいのかな!?

 ……いや、ダメだ。清花ちゃんにそういう取り繕いはしたくない。できるならありのままを、受け入れてもらいたい。


「私も、清花ちゃん以外の人と一緒に寝たことなんてないよ」

「…………そう」


 表情がわからないし、その声音から、清花ちゃんがどんな感情なのかもわからなかった。

 怒ってるわけではなさそうだけど……落胆? 失望?


「……じゃあ私も許す」

「……許すって何を?」

「……とにかく! しばらく別々で寝かせて! 疲れてるしお酒回ってるしでなんか今変なの私!」

「わ、わかった、ごめんね! おやすみ!」


 気になる! 気になるけどここでゴリ押すのは絶対悪手だし……それに今は! これまで清花ちゃんしか寝てこなかったベッドで寝たいという欲に抗えないので……!!

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アイドル辞めた幼馴染が地元に帰ってきたので全力で甘やかす。 燈外町 猶 @Toutoma

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