ナタリー・ローズ

徳田新之助

第一章 聖なる泉の守護者

第1話 ナタリー・ローズ


1900年代初頭のヨーロッパ。とある片田舎の小さな村は、深い森と清らかな川に囲まれ、まるで時間が止まったかのように静かに息づいていた。しかし、この村の穏やかな佇まいの裏には、貧困と苦難が影を落としていた。多くの家庭が日々の糧に困り、孤児たちは教会の施しを頼りに細々と暮らしている。だが、彼らが知らぬ間に、そのささやかな灯を絶やさぬよう支えている、名もなき手がそこにはあった。

村のはずれに立つ、質素ながらも手入れの行き届いた一軒家。そこに住まうは、17歳になるナタリー・ローズという少女だった。幼くして両親を亡くした彼女は、両親が遺した広大な財産と、長年仕える忠実な執事と共に、ひっそりと暮らしている。村人から見れば、ナタリーの家計はごく一般的なものに見えたが、それは彼女が意図的に質素な生活を送っていたためだった。

ナタリーの人柄は、誰もが口を揃えて「天使のようだ」と称賛するほどだった。彼女は、困っている者を見れば、見返りを求めずに手を差し伸べた。貧しい子供たちにはこっそりと菓子を分け与え、病に伏せる老人には庭で育てたハーブを届けた。彼女の瞳は常に優しさに満ち、その微笑みは凍えた心を溶かすような温かさを持っていた。だからこそ、多くの村人が彼女を慕い、愛した。彼女の存在は、まるで村の薄暗い日々を照らす一筋の光のようだった。村の教会が孤児たちの生活を工面しているその財源も、実はナタリーからの多額の支援によるものだったが、神父はそのことを知る由もなかった。

しかし、その光を知る者たちが天使と呼ぶ一方で、村の年老いた者たちの中には、ナタリーを冷たい目で見る者もいた。彼らはナタリーの両親を知っていた。かつて、村で絶大な影響力を持っていたローズ家の人間として、その莫大な富と権力が、時に村に不和と妬みをもたらしたことを記憶していたのだ。ナタリーの親切な行いも、彼らの目には、過去の罪滅ぼしのように、あるいは何か裏があるかのように映った。彼女の優しさの中に、親譲りの底知れない冷徹さや、あるいは見せかけではないかという疑念を抱く者もいた。

さらに、ごく一部の人間だけが、彼女の中に潜む別の貌を目撃していた。それは、深夜の教会、誰にも知られずに孤児たちのための寄付を届けるナタリーの姿を目撃した神父。あるいは、彼女の周りで奇妙な出来事が起こるのを偶然目にした村人たち。彼らの見たナタリーは、決して天使のような柔らかな表情ではなかった。月明かりに照らされた彼女の横顔は、感情の読めない、まるで悪魔のような冷酷さを帯びているように見えたのだ。

人々が知るナタリーは、確かに天使だった。だが、彼女の行動の裏側で、時に冷徹な判断を下し、常人には理解できない「何か」を発動させていることを、ごく一部の者だけが肌で感じ取っていた。

果たして、ナタリー・ローズという少女の真の姿は、一体どちらなのだろうか?そして、なぜ彼女は、相反する二つの貌を持っているのだろうか?物語は、この謎の核心へと向かっていく。


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