丘研ログ-依頼はこちらから!
和鞠
丘研ログ-#12ラーメン屋と杖
「遅れましたー……って」
静かな教室に声が響く。
「部長、何してんすか」
「探し物」
顔を上げず、そうあっけらかんと返す。
「ポスターですか?」
「そうそう。よくわかったね」
「いや、分かるでしょ。作業机の上に無いんですから」
馬鹿……いや、阿呆な彼は、意外と鋭いところがある。
「で、どこにやったんです?」
「わからないから探してるんだよ」
「……とりあえず、そこの山探した方がいいんじゃないっすか?」
「探したよ」
先ほどのことだ。見つかる訳があるまい。それに、もう一度探すのも面倒だ。
「……これ、何すか?」
「あ、あった?助かったよ、ありがとう」
「本っ当に探し物が下手っすよね」
「……死角だっただけだ」
そう返すと、呆れたようにため息をつかれた。
「頭良くて記憶力もいいのに……もういいっす。そういやこの前の、どうしました?」
「先生に預けたよ。生徒だけじゃ無理だ」
「バズりそうだと思ったんすけどねー」
ああ、彼はバズりたいからと言って入部したのだったか。
「諦めるんだな」
「えー……あれ以来ちゃんとした依頼来ないじゃないっすか」
去年の部長が提案したブログ方式の報告書は、その独特な活動とリアリティのある内容がある層に受け、それなりにバズったことがあった。ただ、表彰などをされる部活でもないので最近は細々と活動しているが。ちなみに内容に倫理的な問題があったため、過去の一部ブログは現在非公開である。
「だからって血塗れの杖なんて物をブログに載せたらどうなる?」
火を見るよりも明らかだろうに、納得できない様子だ。
「炎上するでしょうね」
「うん、だからやめとけ」
部活停止になるぞと脅すと、ようやく引き下がったようだった。
「羽鳥、ちょっといいかしら?」
「先生?どうされました」
部活終了時間なので荷物をまとめていると、不意に先生が顔を出した。
「来島はもう帰ったのね。それで杖の話なんだけど……」
「ああ、来島は諦めましたよ」
「そうじゃないの。校長先生が『元の場所に戻してきなさい』っておっしゃったのよ」
……何となく、嫌な予感はしていたのだ。校長直々に言われるとは、あの依頼は一高校生が受けるべきものではなかったのではないか。
顔には出さず、そう思った。
「そもそも、何であんなものを学校に持って帰ろうと思ったのかって不思議そうだったわ」
「校長先生は何かご存知なんですか?」
「さあ、分からないわ。気になるなら聞いてみたらいいんじゃない?今学期はもう終わるけれど、二学期の始めには校長室にいらっしゃるはず。まあ、文化祭前でバタバタするかもしれないけどね」
少し、夏休みにやるべきことができた。
「さて、羽鳥くんだったかな?」
「はい」
「あの杖は君達が持って帰ってきたと聞いた。どこから、そして何故あれを?」
今年度校長が変わったが、随分と若いな。そんなことを考えていると、にこやかに問いかけられる。だが、その目は笑っていなかった。
「……順番に説明します。先生は僕達がブログをやっていて、心霊系の依頼を受けていることはご存知ですか?」
「ああ、画期的で面白いと思ったよ」
「そこで少し前、ある依頼を受けたんですが……」
──────
その依頼というのが、いつもの依頼と何か違った。部活のブログが去年バズったおかげで、信憑性が乏しい依頼も届く中、それはとりあえず会ってくれとしか書かれていなかった。気になったので一度依頼人に会ってみようということになったのだ。
「……何でラーメン屋なんすか?ラーメン好きなんでいいっすけど」
「さあ」
「あのー」
「うわっ!?」
音もなく現れた人物に驚き、来島は危うく椅子から滑り落ちるところだった。
「お待たせしてすみません、オカケンの方ですか?」
「はい。依頼人の方っすか?」
“オカケン”という言葉に目を瞬かせていると、来島が息を整え、何食わぬ顔で答える。
「ええ、牧です。いい加減な依頼にお時間をいただきありがとうございます」
「いえ、ご丁寧にありがとうございます。部長の羽鳥といいます」
先ほどまでもそうではないかと疑っていたが、実際に会ってみると本当に冷やかしなのではと思えてきた。牧という依頼人は社会人の女性だったのだ。
「俺は来島っす。つか、何でラーメン屋なんすか?」
「すみません、確かに訳がわからないですよね」
そう言って笑う牧は、疲れ切ったような顔をしていた。
「話が少し重いので……少しでもリラックスしてもらいたくて。それにここの店主も顔見知りで話しやすいのでここを」
「そこのお客さん、注文もらってもいいかい?」
奥から穏やかそうな店主が顔を出し、牧の話を遮るように声をかけた。
「私はすみませんが大丈夫です。お二人は気にせず頼んでください」
「そうすか。じゃあ豚骨で」
「僕もそれでお願いします」
「あいよ」
「ありがとうございます」
そう伝えると、店主は店の奥へ戻って行った。ラーメンは香り高く、濃厚で美味しそうだ。
「ウマっ!」
「美味しいです」
「私が言うことではないですが、気に入ってもらえて良かったです」
「では、そろそろ本題に。と言いたいのですが、一つ質問をさせてください」
あらかた食べ終え、そう伝えると牧の背筋が伸びる。
「はい」
「失礼ですが、何故僕達に依頼を?子供が部活動としてやっているだけなので、収穫が得られないかもしれませんよ」
「……少し迷っていたんですけどね。あまり大事にしたくないんです。それにお恥ずかしながら、お金が無くて」
そういうのを専門にしているような所へ行くのは無理だから、部活で解決できるかもしれないと聞いて依頼したという訳らしい。
「では、精一杯やらせていただきます」
「よろしくお願いします。それで、依頼内容なのですが……」
依頼に至るまでの経緯をまとめると、
一ヶ月くらい前に大学時代の先輩に廃墟へ連れて行かれた。その数日後、体調不良や怪我に見舞われたということらしい。
ありきたりだが、実害が出ている以上看過はできない。
「絶対廃墟が原因でしょうね」
「はい……」
「で、俺らにどうしてほしいんですか?廃墟の調査なら場所を教えてもらえたらやりますけど」
来島が焦れったそうに口を開いた。それまで静かに話を聞いていたが、長い間黙っているのはどうも苦手らしい。
「いえ、調査とかではなくて……これをどうにかしてほしいんです」
「何ですか、これは」
手袋をはめた手に乗せられた血塗れの杖。よく見ると少しひしゃげているようだ。何故そんなおどろおどろしい物がラーメン屋にあるのか。
「先輩に持ち帰れと脅されて……」
「なんでそんな先輩といたんすか……」
「私も彼も、愛称がケイなんです。それで段々話すようになって」
どこかで聞いたような話だと思った。どこだったかは思い出せないが。
「殺人にでも使われたんすか?」
杖の先に咲くのは今にも滴りそうな紅い血飛沫。先ほど付着したようなそれは、花のように美しかった。
「さあ。廃墟に落ちていたんです。戻さないととは思ったんですが、怖くて……頼る人もいなくて途方に暮れていたんです」
「そして僕達のブログを見つけたと」
「はい」
恐らく先輩とやらもこんなことになるとは思っていなかったのだろう。反応を楽しむために持ち帰らせただけなのかもしれない。
「少し、触らせていただいても?」
「大丈夫です。あ、でも……手袋はした方がいいと思います」
そう言って手袋と杖を渡された。手袋をはめてから杖を持つ。それ越しに金属特有の冷たさではなく、手が凍ってしまいそうな氷の冷たさが伝わってきて取り落としてしまった。
カラン
「あ、すみません」
「いえ、大丈夫です」
「あの、やっぱりその廃墟の住所教えてもらっていいっすか?遠いと考える必要がありますけど」
「そこまで遠くはないはずです。あ、ここに住所のメモがあるのでそれを見てもらえれば……」
杖を離しても、まだそれを持っているかのような冷たさが手から消えなかった。
──────
「その後、一ヶ月くらいその廃墟を探し回っていたんです」
「……住所のメモはもらったと言っていなかったかい?」
一拍置いて、そう返された。
「ええ。ですがそこの住所を尋ねても、ただの更地で。十年ほど前は確かに廃墟があったそうですが、今は跡形もなく。書き間違いなのではと、いくつか住所が似た場所などを当たってみたのですが……」
「廃墟が消えたってことか。そりゃ面白い」
何が面白いのかよく分からないが、廃墟が消えてしまったのは本当だ。……依頼人共々。ラーメン屋で会って以降、牧と一切連絡が取れなくなったのだ。
そう伝えても、校長は片眉を上げただけだった。
「もう一度ラーメン屋に行ったのですが、そこのアルバイトに、牧さんと大学の同期だったという方がいまして……あなたの後輩だそうですよ」
「確かに牧って子はいたけど。それがどうしたんだい?」
「その牧さんの同期の方、長い間牧さんと連絡が取れないと言っていたそうです。そして店主にも話を聞きましたが、店には長い間来ていないそうですよ。僕達が彼女にお会いしたのはラーメン屋のはずなのに」
「うん。それで?」
ここまで言われても表情を崩さないとは大したものだと、もはや感心した。
何故そう言ったかは定かではないが、店主の態度を見て、もしかすると……という仮説はある。しかし、ここで言うにはいささか性急だろう。
「牧さんの身に廃墟で何かあった……と考えるのが自然です。とすると、廃墟に連れて行った先輩というのが怪しくなります」
「そうだね」
そう答えた顔は、いっそ嫌気がさすくらいににこやかであった。
「……牧さんからもらったメモです。まだ鑑定などはしていないので確証はないですが、僕が以前拝見したあなたのものとよく似ている。廃墟に牧さんを連れて行ったのはあなたですね?」
牧からもらったメモは時間経過により劣化していたが、筆跡が男のものだった。そしてそれは、学校のプリントに掲載された校長直筆コメントの筆跡と酷似していたのだ。
「さあ?僕はそんな記憶はないよ」
「そうですか。そういえばあなたの名前、圭介さん……で合っていますよね」
「ああ」
「牧さんの話では、例の先輩の愛称がケイだったとか」
「ケイなんて愛称、ありきたりすぎて当てにならないよ」
「でしたら、他の方からの証言や証拠。それら全て偶々だと言うんですか?」
筆跡の件については証拠になるかは怪しいが、鑑定に出せば済む話である。
「そう、偶々だよ」
「……杖とメモを警察へ提出させていただきます。無関係なら問題ありませんよね?」
「良いとも。ここまで推理してくれた君たちに免じて、最後まで付き合ってあげよう」
余裕たっぷりの表情で、そう言った。
「……杖の血は、どなたのものでしょうね」
「僕に聞かれても。でも、一つ聞かせてくれないか?君は面倒事が嫌いだそうじゃないか。何故こんな依頼を続けているんだい?」
依頼人と連絡が取れないのなら、一言メッセージだけ入れて依頼をやめれば良いと言う。
「人並みに嫌いというだけです。それに」
ふいに、扉が開く音がした。
「来島くん。僕は君の入室を許可していないよ」
そう言いながら、校長は来島が来ることもわかっていたようだった。驚くこともせず、ただ来島に視線を向けている。
「さっきの話、聞いてたんすけど。そりゃ、丘研は依頼を途中で放棄するんだって言われたらたまんないからっすよ。依頼をやめればブログも止まる。言っときますけど、杖の写真は載せてないっすよ」
「ふうん。君にも一つ聞こうか。あの杖をブログに載せれば、君が言うようにバズれたんじゃないのかい?」
「これもバズりますよ」
そう笑う彼は、頑固者なのかもしれない。
「一つ、作り話をしようか」
もうすぐ部屋を出るというときに、そんな声が聞こえた。
「……何すか?」
「昔、女と男が何でも答えてくれる鏡があると言われている建物に忍び込んだんだ。そこには老人が倒れていたが、二人は助けなかった。何故だと思う?」
「二人は不法侵入だったから、ですか?バレてしまうと思って」
「半分正解だ。男の考えは全くその通りで、見捨てて通り過ぎようとしたんだ」
不審に思いながらも言葉を返すと、何故か少し嬉しげな声が返ってきた。
「女の方は?」
「男を咎めて老人を助けようとした。でも、男は無視して先に進んだよ。すると、カランって音がした後、急に辺りが静かになったんだ」
「そりゃ、忍び込むって言うくらいだから元々静かな時間帯っすよね?」
何となく展開が予想できたが、来島が分かっていなさそうなのであえて何も言わないことにした。
「女はそれまで男を激しく非難していたんだよ。それが急に止んだから、何かと思って男は振り返ったんだ」
「……」
来島が黙り込む。なにかに思い当たったようだ。
「死んでいたよ。頭から血を流して」
「え、何でっすか」
死因が外的要因なのには少し驚いたが、大体予想通りであった。
「老人の杖が階段から落ちてきて、頭にぶつかったんだ。不運なことにね」
「杖……」
「余談だけど、鏡は粉々になった物が見つかったそうだ。近くに見覚えのある杖が落ちている状態でね。男はそれを見せ物にして利益を得ようとしていたけど、諦めたよ」
この話は……。
そして彼は、最後にこう言い残した。
「君達は、もう少し詳しく調べるべきだったよ」
初めて、彼の表情が変わった瞬間だった。
結局、杖やメモを警察に渡した後の校長がどうなったかは分からない。違う学校へ異動になったらしいが、どこまで本当なのだろう。本当に無実で開放されたのか、はたまた牧の失踪に関与したとして聴取を受けているのか。
「結局、牧さんはなんだったんすかね」
「さあ?」
「そっちは調べなくて良いんすか?夏休み、あんなに俺をこき使ったのに」
口を尖らせてそう言われる。だが、依頼は遂行したのだからこれでいいと僕は思っている。
そう言うと、不思議そうな顔をした。
「依頼は結局ダメになりましたよね?杖を警察に出したから」
「彼女は『杖をどうにかしてほしい』としか言ってないよ。あるべき場所に戻った、戻ってないの話じゃない」
「……」
何故廃墟は消えたのか、あの杖は結局何だったのかなど、分からないことはまだあったが、それは依頼されていない。まあ僕達は、彼女の思うままに動いていたただの人形だったのかもしれないが。
「あと、さっきの質問だけど。僕は『探し物が下手』だからね。調べたって答えは出てこないさ」
「俺を使えば」
「それに、ただの高校生が首を突っ込むべき問題じゃない。分かるだろ?さ、文化祭はもう一ヶ月もないんだ。さっさとポスターに取り掛かろう?」
何か言いたそうにしていたが、諦めたように来島はため息をつく。
「分かりましたよ、やりましょ。ブログにも載るし、どうせならたくさん依頼が来るの作りますからね」
「頼もしいな」
僕は、この調査を通して彼の事を少し理解できたと思っている。これも面倒事を引き受けた理由の一つだ。夏休み前は彼の好物一つ知らなかった。
だけれども。
「ねえ」
「はい?」
振り返る彼に、これだけは聞きたいことがあるのだ。
「気になってたんだけど、丘研って?」
「ああ……東ヶ丘高校心霊現象研究部、略して丘研っすよ」
「……勝手に略さないでくれるかな」
カラン
ふと背後で、そんな音が聞こえた気がした。
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