第23話 裏切者、橘司
「滅多に手に入らない物だから盗掘までする。それがコンビニで買えるような消費財になったとしたらどないや?」
「Continuityの存在意義が揺らぎますね」
「その通りや」
大崎電器がイオツナイトの製法を広く公開してしまえば、Continuityがそれを奪取して秘匿することもできない。
「秘密組織ってのはカビみたいなもンや。『風通し』をよくしたったら自然と消えていきよる」
「それは防人も同じですか?」
防人もまた日本に古代から生き続けてきた古い秘密組織だ。イオツナイトが世に出れば消えていく定めにあるのか?
「それでええとあたしは思うとる」
「御陵は……御陵はどうするんですか?」
古墳に眠るのは勾玉だけではない。副葬品よりも何よりも、そこに眠る御霊をお守りしなくて良いのか?
「零士、お前はあそこに御霊サンがいる思うとンのか?」
「だって、御陵は御霊を鎮めるために作られたものでしょう」
「その通りや。そやけど、もう鎮まったんと違うか? 千五百年やぞ?」
「うっ! だからって、御陵を穢すなんて……」
大崎は御陵の役割は終わったと言うが、零士には納得できなかった。
「そっから先はあたしらの仕事と違う。宗教家と考古学者、ほんでもって警察の仕事やろ」
こどもに言い聞かせるように、大崎はゆっくりと語った。
「今日を以て防人奈良支部を解散する。今までご苦労やった」
「急にそんなことを言われても……。俺はどうすればいいんですか?」
「やりたいことをやったらええ。お前はまだ若い。何でもできる」
しばらくは大阪の研究所に身を置けと大崎は言った。あそこには健人がいる。研究を手伝う中で、何かやりたいことが見つかるかもしれない。
「イオツナイトのことを公表した後は、御陵よりも研究所の方が危険になる」
「研究所が狙われる?」
「敵の中に橘君がおるンやったら余計にな」
司は大崎の正体を知っている。イオツナイト発明の背景に大崎電器の存在があることをすぐに気づくだろう。
「研究所のセキュリティはどうなってるんですか?」
防人としての使命感が零士を追い立てる。今にも橘司が研究所を襲ってくるような気がして、いたたまれなかった。
「ここで言い合っとってもらちが明かんな」
「それは……」
「ともかくも現地に行くとしよう」
二人は夜の内に大阪へ移動した。
◆
翌朝、大崎と零士は健人の研究室を訪れた。大事な話があると言って豪も呼び出してある。
二人の顔を見ても零士はさほど驚かなかった。それよりも橘司の裏切りのことで心が一杯になっていたせいかもしれない。
「昨夜Continuityの部隊とやりあった」
「また盗掘ですか?」
「零士のチームが盗掘を防いで、敵の大半を警察に引き渡したんやが……」
「逃げた奴がいるんですか?」
健人は防人たちの能力を知っている。同程度の勢力が相手ならば影の流れで制圧できるはずだった。
Continuity側に錬金術の使い手がいたとしても、改良型モーコンで武装した防人側は優位に立てるはずだった。
取りこぼしがあるとすれば敵の人数が多かったか、それとも――。
「錬金術を使う有力な幹部がいたんですか?」
「ああ、その通りなんやが、もっと深刻な事態や」
歯切れの悪い大崎の言葉に健人は眉を寄せた。
「深刻って、何があったんですか?」
「敵の幹部が囲みを破って逃げた。その正体は橘司と推定される」
「えっ?」
聞き違いかと健人は疑った。なぜ司の名前がそこで出てくる?
「理由は不明やが、橘司が裏切った。彼女はContinuityの幹部や」
「そんな馬鹿な!」
叫んだのは豪だった。
「あいつとは大学時代からのつき合いだ。そもそも――あいつは健人の叔母ですよ」
「えっ?」
今度は健人が驚く番だった。そんなことは聞かされたことがなかった。
「事情があって黙っていたが、橘司は紗枝さんの妹だ」
豪は健人とは直接目を合せぬようにして、そう言った。
「じゃあ母さんは」
「紗枝さんも防人の一族として生まれた人だった」
「いや、でも苗字が……」
紗枝の旧姓は「
「司は東京の大学に入学してから姓を変えている。それまでは奈良の山門家にいたんだ」
「どうして改姓を?」
「防人の暮らしから離れるためだ」
御陵の守護という使命に縛られて生きる。先祖代々の宿命を若い司は「呪い」のように感じたのだと言う。
大学時代に出会った豪に司本人が語ったことであった。
「山門家には紗枝さんと司の二人姉妹しか生まれなかった。防人の跡を継ぐ責任が二人の肩にのしかかっていたんだ」
「司さんはそれが嫌になって家を出たんですか?」
「他人の俺がとやかく言えることじゃないが、簡単に言えばそういうことだろう。だからといって、司を責める気にはならなかったがな」
家を守る生き方があれば、個人の生き方を大切にする人生もある。それは本人が決めるべきことであって、他人がとやかく言うことではない。いや、家族であっても最後は本人の選択に委ねるべきことのはずだ。
姉の紗枝は結婚という道を選び、妹の司は実家と縁を切る道を選んだ。
「それならどうして司さんは防人に戻ったんですか?」
健人は疑問を訴えた。東京の出版社勤務の司が健人の行動に合わせて奈良に来ていた。しかも、防人たちの一員として。
「それは俺のせいだ」
大学時代の司と知り合った豪は奈良出身だという司に、古墳探訪時の宿泊先や現地アレンジの知恵を借りた。
それなら姉を頼れば良いと、司が独身時代の紗枝を紹介してくれたのだった。
やがて紗枝は兄の兼家の現地調査をもサポートするようになり、いつしか二人は恋に落ちた。
「紗枝さんは防人としての知識と土地鑑で兄貴の研究を助けた。それが『真なる勾玉』の探求という研究テーマにつながったんだ」
しかし兼家夫妻は不運にも交通事故で亡くなった。豪は悲しみに打ちひしがれながらも、残された健人を守るために立ち上がらねばならなかった。
兼家の研究室を整理している時に発見したのが「真なる勾玉」に関する研究ノートだった。
「兄貴の日誌は宇陀市周辺に『真なる勾玉』を奉じる集団がいた可能性を示していた。それ以上具体的な地名や証拠は示されていなかったが、曽爾村で玉造部の遺跡が発掘されたと聞いて、俺はきっと兄貴の研究につながっているに違いないと確信したんだ」
「それで曽爾村に出かけたんだね?」
「ああ。記事を書いた『歴史の風』編集部に連絡を取ると、翌日司から電話がかかってきた」
取材したのは同僚の記者だが内容は自分も承知している。現地を調べたいなら同行したいと司は言った。
「司君は大学卒業後『歴史の風』に就職したそうやが、その後防人の関東支部に協力を申し出たンや」
「その話は俺も後から聞いた。実家の山門家とは今も絶縁関係が続いているので、個人の立場で参加したいと」
その後、司から奈良支部の活動に参加したいと連絡を受けた大崎は、臨時メンバーとして働いてもらうことを了承した。
「紗枝さんが兄貴を助けたように、司が俺のサポート役を務めてくれた。防人の臨時メンバーとして行動しながらな」
そして、曽爾村の遺跡という手掛かりに迫ることができた。豪はそう考えていた。
その時に、村役場の橋爪が事故で死んだ。
「あの日、橋爪さんは俺を車に乗せて発掘現場を見せてくれた。その後、俺をホテルまで送り、役場に戻った橋爪さんは仕事の残りを片づけてから家に帰ると言っていた」
そして山越えの道で車ごと谷に転落した。
「ブレーキオイルが漏れていたんだよね? それって、叔父さんを狙った工作じゃないの?」
「その可能性があると考えた俺は、そのまま姿を隠し、大崎さんに連絡を取った」
「死んだ紗枝さんからの紹介やと言われてね。聞けば兼家さんの弟やと言う。実際に死人が出とる以上、事態は軽視できへん。あたしは豪君を保護しつつ、世間には失踪したようにカムフラージュしたんや」
「発掘品捏造のスキャンダル付きには驚いたがね」
大崎は豪の情報をあぶり出すためにスキャンダルを流したと言っていたが、実際には自ら雲隠れに手を貸していた。スキャンダルをでっち上げたのは「失踪する理由」をContinuityに納得させるためだった。
スキャンダルで出てこられない状態ならばContinuityに害のある行動もとれない。よって「排除する必要」もないと信じさせたのだ。
「結局、叔父さんの動きをContinuityに知らせたのは司さんだったのか」
「そういうことになるな」
「彼女は東京に戻ったんだろうか?」
「どうかな? 『歴史の風』に電話を入れてみるか?」
「だったら俺が電話してみましょう」
豪は現在「失踪中」の身の上だ。この場のメンバーで電話しても不自然にならないのは健人だけだった。
「もしもし。『歴史の風』編集部さんですか? あの、以前お電話した吉田健人と申します。橘司さんはいらっしゃいますか?」
「は? 誰ですか?」
聞き取れなかったのかと思い、健人ははっきりと名前を言い直した。
「橘司さんです。今日は会社にいらっしゃいますか?」
「たちばなつかさ――? そういう人間はうちにおりませんけど?」
「えっ? そんな!」
「歴史の風」編集部に橘司という人物は存在しなかった。
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