第6話 謎の手紙

 奈良駅でレンタカーを借りた健人は、1時間半ほど車を走らせて曽爾そに村に移動した。


「免許を取っておいてよかった」


 こんなことで車を使うことになるとは考えていなかったが、足に障がいを持つ健人が人並みに行動するためには自動車が必須だろうと早めに免許を取っておいたのだ。


 自宅のある東京八王子から電車で4時間。駅中で昼食をはさんでからレンタカーで1時間半。合計5時間半の移動だったが、若い健人に疲れはなかった。


「すみません。電話した東京の吉田です」


 この日のために、曽爾村役場の職員とアポを取ってあった。


「はい。遠くからご苦労さまです。つかです」


 立ち話もなんですからと、塚田は健人を役場の一角にある休憩コーナーに誘った。給湯器で入れたお茶を二人分テーブルに置いて、塚田は腰を下ろした。


「考古学をやっておられる吉田豪さんのご家族でしたな」

「はい。豪は俺の叔父です」

「遺跡のことでこっちに来たっきり連絡が途絶えたと?」

「二か月の間、一度も連絡はありませんでした」

「それはご心配ですなぁ」


 塚田はのんびりとした口調で紙コップの茶をすすった。


「警察の方では何と?」

「今のところ事件性は見当たらないと」


 争いや事故が起きた形跡がない。トラブルを匂わせる振る舞いや、会話の記録などもない。健康状態も良好で、精神的に不安定な兆候もなかった。


「自発的に行方をくらました可能性が高いと見ているようです」

「それもまた不思議な話ですねぇ」


 借金を抱えたわけでも失恋したわけでもない。いい大人が突然消息を絶つとはどういう状況か?


「とにかく最後に人と会ったのがこちららしいので、その時の状況を聞こうと思いまして」

「はぁ。はるばる東京からやってきたと」


 塚田の声にはいくらかの同情が込められていた。


「電話でお話したように、お相手をしたのは橋爪という職員でして……」

「交通事故で亡くなった方ですね」

「はぁ、そうなんですよ。わたしらは直接吉田さんとお話してないので、どんな会話があったかちょっとわからんのです」


 申し訳なさそうに塚田はそういった。


「橋爪さんの事故についてはその後、警察からの連絡などありましたか?」

「警察やら保険屋さんやらが来ましてね。どうも油圧系の故障でブレーキが利かなかったようでして」

「運転ミスではないんですね」

「はねた石が当たるか何かして、油が漏れたそうで」


 都会の道で砂利の上を走ることはない。田舎ならではの事故といえるかもしれなかった。


「整備不良となると整備会社の責任問題が出てくるとかで、詳しく調べたらしいです。故障の具合から見て外部からの力だろうと」

「運が悪かったんですね。お気の毒ですが」

「奥さんと小さい子供を残してねぇ。保険は満額降りたそうですが……それでもねぇ」


 家族にとっては割り切れない思いであろう。保険金をもらって喜ぶわけがない。


「橋爪さんの方で叔父との面会について記録などは残していませんか?」

「はぁ。遺品は整理しましたが、そういうものは見当たりませんでしたねェ」

「そうですか。それでは、どんなことを話していたかはわからないんですね」


 当てが外れて、健人は肩を落とした。ここでの情報に期待していたのだが……。


「ああ、そう言えば手紙があったんだわ! 吉田さん宛ての」

「えっ? 叔父宛ての手紙ですか?」


 塚田はデスクに戻ってごそごそと引き出しをかき回した。


「これ、これ! 宛名が吉田豪さんで、差出人が橋爪さん」


 ひらひらと封筒を振りながら、玉城は健人の前に戻ってきた。


「わたしの方で預かってたんですが、開けてみるのも気が引けてねぇ。吉田さんのご家族にお渡しするのがいいかと思って」


 家族のいない豪にとって健人は唯一の身内と言ってよい。

 それなら自分が受け取っても問題ないだろうと健人は判断した。


「わかりました。叔父の行先について何かわかるかもしれませんので、俺の方でお預かりします」

「そうしてください。これで肩の荷を下ろせますわ」


 死んだ同僚が残した手紙はそれなりに負担となっていたようだ。塚田はほっとした顔色をしていた。


「ところで、叔父が聞きに来たという遺跡のことなんですが……」

「ああ、遺跡ね。『たまつくり』の遺構が出たんですよ」


 玉とは何のことだろう? まさか鉄砲の弾ではないだろうがと、健人はぼんやり考えた。


「ほら『たまつくり』って習ったでしょう? 歴史の時間に」

「ああ……。何となく思い出しました」


 玉とは確か「まがたま」のことだったはずだ。それを製作する技能集団が「玉造部」だ。


 そういえば豪の日誌に「真なる勾玉」の手がかりが見つかったかもしれないとか書かれていたが……。


「勾玉も出土したんでしょうか?」

「そりゃあね。玉造の遺構ですから、製作途中のものや原石を含めて出土してます」

「その中に勾玉はありましたか?」

「普通ではないとは? どういう意味です?」


 健人は豪の研究日誌に「真なる勾玉」という言葉が登場することを説明した。豪はそれを探し求めて、この場所に来たのかもしれないと。


「真なる勾玉ですかぁ。もちろん出土品は本物ですが……そういう意味じゃないんでしょうねぇ」

「たとえばダイヤモンド製の勾玉とか」

「ははぁ。すいのうではない特殊な石ってことね? そんな貴重な宝石はなかったなぁ」

「そんなに珍しいものがあればニュースになっているでしょうしね」


 やはり真なる勾玉そのものが見つかったということではなくて、その発見につながる手がかりが見つかったということなのだろうか?


「別の意味で珍しいといえば珍しい出土品はあったけど……」

「えっ? どんなものですか?」


「土器製の勾玉ですよ」


 ためらいがちに玉城が教えてくれた。

 貴石や動物の骨などで作られた勾玉に交じって、土器で作られた勾玉が発見されたそうだ。


「これが初めてというわけじゃないですけどね? 例は少ないはずですよ」

「ははあ。土器ですか」


 土器ではなあと健人は思った。希少性に欠けるだろうし、特別な価値を持っているとは思えない。

 土器製の勾玉が「本物」で、翡翠製のものがレプリカということはないだろう。


「文字とか模様が描かれていたわけじゃないですよね?」


 勾玉そのものが特別な価値を持っているのではなくて、そこに描かれた文字なり文様なりに意味があったという可能性を健人は確かめようとした。


「それはありません。小さいものですからねぇ」


 健人の仮説を玉城は否定した。

 健人にはそれ以上の可能性を思いつくことができなかった。


(叔父さん、『真なる勾玉』って何なのさ?)


「いろいろありがとうございました」

「あぁ、どういたしまして。出土品の現物は宇陀うだ市の学芸課に送ってあるので、見たければあっちに行ってみてください」


 曽爾村も村を統括する宇陀郡にも考古学関係の対応力が乏しい。学芸課のある宇陀市に預けて調査を依頼したとのことだった。

 ニュースになったとはいえ勾玉の出土はさほど珍しいことではない。国宝クラスの発見とは違い、頼めば見せてもらえるそうだ。


 健人はその日の調査はそこまでとし、予約しておいたホテルに車を走らせ、部屋で休むことにした。


「結局のところ、手がかりはこの手紙だけってことか」


 ジャケットの内ポケットに納めた一通の封書。それだけが叔父と健人をつなぐ細い糸だった。


 ◆


「一体これは何だ? 勾玉と何の関係がある?」


 健人の前、サイドテーブルの上に広げられた豪宛の手紙。

 そこにはたった一行、短い文章が記されていた。


『わたしに万一のことがあれば修理人の大崎さんを訪ねてください』


 大崎とは、どこの誰だ?

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