『無職がババ抜きをするだけ』
のの
プロローグ
月が透き通るほど青い空に、烏の声が響いている。
数羽で群れを成し、大きな円を描きながら同じところをずっと周回している。その最中どこからか来た一匹の烏がベランダの柵に止まったかと思うと、少しして群れに合流する。1羽、1羽と増えていき先程まで青かった空を段々と黒く染めていく。
せっかくの転職初日だというのに、何だか気味が悪いなと花村 煌は思った。日が微かに差し込んでいるカーテンの隙間から外の様子を見てから、カーテンを開ける。まだ冷たい空気に被さるように降り注ぐ、春の日差しが心地良い。天気にも恵まれて、絶好の転職日和である。
テレビをつけ、ニュースの音を聞きながら朝食の準備をする。トースターで食パンを焼き、焼いている間にコーヒーでも入れようかとドリップバッグの袋を開ける。途端、勢いが余り過ぎてフィルターまで破けてしまい、コーヒーの粉を床にぶちまけてしまった。
溜息をつき、手でコーヒーの粉を集めながら、今日はついてないと思った。朝から指に棘が刺さったような、些細なついていないことが続いている。ほんとは1時間前に起きるつもりが、目覚し時計が壊れており3時間も前にアラームがなった。その場で二度寝をするか一瞬迷い、きっと次は起きれないだろうと朝の仕度をすることにした。おかげでゆっくり朝食を取れると思ったが、弾みでコーヒーの粉をぶちまけてしまった。
二度あることは三度ある。なんだか今日は何かついていないことが続く日のような気がする。虫の知らせか、外の烏の声が一際大きく聞こえた。
コーヒーの粉を掃除し終え、気を取り直そうとテレビの音量を大きくした。焼き上がった食パンにジャムを塗り、冷蔵庫から牛乳を取り出してグラスに注ぐ。結局いつもの朝食になってしまったが、しょうがないかとテレビに目を移した。
テレビからはコンビニスイーツの新作特集が放送されている。桜が咲いたのと同時に、暗いニュースから朗らかなニュースが以前より増えた気がした。以前は朝の情報番組なんて見ることが無く、テレビをつけても名前も知らない商品の通販番組がよく耳に入ってきていた。お昼の時間に自宅にいる、主婦か年配の人しか見ていないような番組に憂鬱になり、社会から自分は意味ないと言われているような気持ちになった。そこからテレビをつけることが減って、だんだんと日が落ちてから活動する生活を続けていた。生産性のない、歩いても歩いても闇が続く、暗いトンネルのような日々だ。そんな毎日を送っていたのを振り返ると、アナウンサーの明るい声に新生活なんだなとしみじみ思い、姿勢を正す。
食パンを齧りながら、テレビを見ているとニュースが流れた。キャスターの横に大きな文字で今日のニュースの一覧が並ぶ。ニュースの見出しが大きく次々と表示され、キャスターは一つ一つ読み上げていく。追われるようにタイトルに目を凝らし、その中にふと気になるニュースがあった。
『高齢の容疑者、無職の男性を殺害し現在も逃亡中』
どこかで見たニュースだと思った。殺害された人が名前では無く、無職でまとめ上げられているのに違和感を感じる。それと同時に聞き慣れた無職という単語に少し緊張して汗が伝う。テレビのキャスターは淡々と内容を読み上げており、このニュースに進展はないらしく、他のニュースよりも早めに切り上げられた。ニュースがしばらく続いた後、何事も無かったかのようにまた先ほどのような春の特集に変わり、丁度朝食が食べ終わる。テレビを横目に、時間に余裕があるのでゆっくりと身支度をする。歯磨きをしながら、ふとさっきのニュースのことを思い出していた。
無職を殺害。先日まで自分が被害者側になる可能性があったなんて。世の中とはいつも変な可能性を秘めていて、不思議と自分の身に危険が及ばないと気にも留めないものである。どうしていつでも誰にでも無職になる可能性があるのに、世の中の無職を見る目はどこか冷ややかなのか、無職と言うだけで何が悪いのか。先程のニュースも無職でまとめられてしまう。そしてまた自分も被害者にならなくて安心している。あんなに被害者側だったのに。
嫌な世の中だなと思いながらうがいをした。顔を洗い、スマホを見ようと手に取った時1件の通知が来た。件名を見た瞬間驚きで、危うく携帯を落としそうになった。深く、深く深呼吸をする。
震える手で、すぐさまメールを開いた。
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