ノスタルジック;メトリー ――郷愁の尺度――
臂りき
オビツキ村
プロローグ;あの頃のままで
要石の窪みにそっと牡丹雪が落ちる。
落ちてはふと消えていく様をもう何度見ただろうか。
参道から外れたここは巨木の立ち並ぶ鎮守の森。ましてや上空では絶えず海風が吹いている。
地面から慎ましく顔を覗かせた直径三〇センチ程度の皿の上に配される雪は極めて少ない。
「寒いね」
彼此一時間はじっとそこに立ち、何をするでもなく只々立ち尽くす彼女のことを思うと気が気ではなくなる。
当然「寒いね」と返す僕の声は彼女に届くことはなく、要石を囲った柵を背にしたまま、僕の視線も所在なく枝葉を越えた白く遠い空へと注がれる。
「もう一〇分遅刻だよ。
吐息に少しだけ眼鏡を曇らせた彼女は微笑み、うっすらと紅潮させた頬に一滴の涙を零した。
そんな彼女を前に僕は胸が張り裂けそうになる。
今すぐその華奢な体を抱きしめて濡れた頬を拭ってあげたい。
「お待たせ」と「大好き」を包み隠さず伝えたい。
丸二年。
「好き」を言葉にすることさえ躊躇われた以前の僕はすでに無く、兎にも角にも彼女への止まない愛だけが今ここにある。
むしろそれしかない。
――
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