第50話 四角いモノが好きな女
石澤由佳の職業は陶芸家のたまごである。
きっかけは、中学の頃に出会ったご飯茶碗の柄だった。
大小様々な色の正方形が鱗のように重なり合った模様が表面に散りばめられてあるご飯茶碗。
その重なり合った四角に、由佳の頭の中に電流が走る。
ウェブ上にウィンドウを雑に重ねた様なその模様に一目惚れして、どうすればその窯に弟子入りできるかを考える様になった。
後から思えば由佳は小さな頃から四角が好きだった。
お人形やおままごとには目もくれず、兄のプラレールの新幹線の、さらに後ろの客車だけで遊ぶ様な幼児だったらしい。
それと、実家の車が日産CUBEからトヨタシエンタに買い換えられた時は一週間塞ぎ込んでいた、という逸話もある。
何やかんやありながらも高校卒業後、由佳は件の陶芸窯【
県境の一級河川がまだ膝の深さしかないくらいの山の中にある県境の町、かもめ町。
キャッチフレーズは『海は無いけど かもめ町』
その山しかない町のさらに山奥に入った場所にあるのが加文目焼の陶芸窯群で、その中のやや大きめの陶芸窯が真田文鳥工房である。
高校を卒業し、真田文鳥に弟子入りしたのが3年前なので、まだ一番下っ端の石澤由佳の仕事は雑用ばかりなのだが……。
さて今回の雑用は、文鳥先生とその息子の文彦先生との県都訪問である。
駅前の県民交流広場で行われる『どんと来いどんぶり陶器市』というイベントに参加する2人の、雑用諸々とイベントの売り子と行き帰りの運転手である。
三日間のイベントの最終日を終えて陶芸家仲間との打ち上げに消えた男2人とは違い、翌朝早く目覚めた由佳は夜明け前の町をレンタサイクルで走った。
「うむむ……やっぱり高い建物っていいなぁ〜」
白みがかった早朝の朝、海沿いの公団住宅のビル群の写真を撮る由佳。
なぜ彼女は写真を撮るのか。
その理由は、マンションや商業ビルの重なりを華道に
今回の目的地は臨海部にあった。そこには、昭和の団塊世代向けに建てられた古いマンション群があるのだ。
鉄製の螺旋階段、繰り返された修繕の跡であろう不思議な模様の外壁タイル、古い建築基準法に準じたのであろう抉れた上層階。
昭和に建てられたビル群には、何とも独特な美しさがある。
それらの建物が重なり、背景の空と光の当たり具合まで考えながら、一番美しい角度を探しシャッターを押す。
4月の朝の冷たい風、街路樹越しの無人の街並みを写真に撮りながらうろつく由佳の耳に、ふとアコースティックギターの音色が聞こえてきた。
海沿いの公園からだろうか。
自転車を停めて公園に足を踏み入れる。
海の見えるベンチに座り、海に向かってスピッツの『渚』を歌う男。
朝日に照らされた男は逆光で影になっていて、アウトロを弾き終わったあとも、彼の周りにはほのかにギターの音が漂っている。
「おしまいっ」
と言った次の瞬間、男が抱えていたアコースティックギターが一瞬で消えたように見えた。
「えっ⁉︎ 何、今の?」
と由佳から漏れた声に、男が振り返った。
なんとも間の抜けた表情である。
彼の横に置いてあるバックパックがガサゴソと揺れた。
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