アンチと百合営業することになった〜今日も裏垢で私の悪口を言っている〜
皇冃皐月
第1話
とあるホームのライブハウス。
フロアは熱気に包まれていた。
リズムはスピーカーから重低音を響かせ、フロアからは地鳴りのようなコールが響く。マイクを握る私は懸命に、ファンへ声を届け、目線を届け、そして愛を届ける。
サイリウムの海は四色に光る。
青、赤、黄、緑。
ソロパートになればバラバラだった色は統一感を持つ。
そして、緑色に染まる。
一歩前に出て、口を開く。
「好きって……言ってもいいかな?」
リズムに乗せて、言葉を放ち、緑色に染まるフロアに目線を向ける。
「「「「「いいよーーーーーッ!」」」」」
ファンのコールが響く。いつもよりも何倍にも大きなコール。まるでこのライブ会場を声で壊してしまうのではないかというほど。
握る手が緩み、涙腺が刺激される。
『スマイリー・スマイル』の解散ライブ。
きっと私は、この瞬間を忘れない。
◆◇◆◇◆◇
私の所属するアイドルグループ『スマイリー・スマイル』は今日解散する。
所謂地下アイドルであった。
日本武道館なんて目指すことさえできないような小さなアイドルグループ。
仙台市のとあるライブハウスを拠点にし、時折小さなフェスなどに参加する。
良くも悪くもその辺にある、普通の地下アイドルグループであった。
私たち『スマイリー・スマイル』は決して不仲ではない。少なくとも私はそう思っている。
実際楽屋では緩い雰囲気が流れているし、方向性やその他諸々。とにかくメンバー同士でいがみ合うということはなかった。むしろプライベートでも定期的に遊びに行く。そんな仲の良さであった。
だけれど、仲の良さだけでアイドルはずっと続けられない。
私たちの将来、『スマイリー・スマイル』としての将来、そして経営状況、
アイドル活動は決してボランティアではない。こんな場末なアイドルグループであってもたくさんの人が関わっている。もちろんそれボランティアではなくて、お金を払って手伝ってもらっているわけで、人件費が発生する。他にもライブハウスの使用料、広告費など。世知辛いが活動するにはそれだけのお金が必要だった。
入ってくるお金が出ていく分よりも少なくなった時に、活動は一気に苦しくなる。
見込みがあれば投資になるが、見込みがないのにお金をかけるわけにはいかない。
「『スマイリー・スマイル』は三ヶ月後に解散する」
プロデューサー兼社長にそう告げられる。
アイドルグループとしての宿命を『スマイリー・スマイル』も受けるのだった。
そして、先程の解散ライブへと戻る。
◆◇◆◇◆◇
「お疲れ〜。終わっちゃったね」
楽屋に戻り『スマイル・スマイリー』のリーダー
「はあ、武道館もドームも無理だったね」
椅子に座ってくーっも背を伸ばす
「……そもそも地下から這い上がれなかったけど」
柊の向かいにいる
解散した、ということでふんわりと流れていた重い空気は完全に消えていた。
「それにしても、
柊は伸ばしていた手を下げて、スマホを触りながら私に声をかけてきた。
「ん?」
「なんでこんなえっぐいアンチついてんの?」
スマホの画面をくいっと見せてくる。
そこには私が今日のライブが行われる前にツイートした『本日は『スマイル・スマイリー』最後のライブです。皆様に精一杯、感謝をお届けします!』という無難なものに一つの引用ツイートが表示されていた。
白いうさぎのアイコン。『ピョンピョン』というニックネーム。@pyonpyon2222というユーザーネーム。
『ヤバいぜ #
といういかにも臭い文章が投稿されている。
「粘着されすぎでしょ。なにしたの。琴寧」
「知らないよ……私なんもしてないし」
「男と歩いてたの?」
「そんなわけないじゃん。なくない? 仮にさ、百歩譲ってね?、 男がいたとしてさ、ホームにしてるライブハウス近くでデートするとかどうかしてると思わない?」
「それはね、そう」
実際心当たりはない。
なにせ私にはデートするような男性がいないからだ。
アイドルだから、という意識が高い故ではない。単純にモテないだけである。悲しいかな。
「まあ、でもいいよ。今日でもう終わりだし」
このアンチは一体私のなにがそんなに気に食わなかったのか。
結局最後までわからなかったが、そういうこともあるよね、ってことで。生理的に無理、って人は一定数いるから。全人類と仲良くするのは難しいし、って割り切るしかない。
◆◇◆◇◆◇
アイドルをやめて一ヶ月が経過した。
普通の大学生に戻っていた私のスマホはブルブル震える。
メッセージが一件入っていた。プロデューサー兼社長からの個人メッセージだった。
『琴寧、元気にしてたか? 早速だが、新しいアイドルグループを作ろうと考えている。もし暇してるなら参加しないか?』
そんなお誘いであった。
なにかアルバイト探さないとな、と思っていた私には都合良いい提案だ。
「やります」
授業中にも関わらず、躊躇することなく返信した。
◆◇◆◇◆◇
指定された時間に事務所へやってきた。
『スマイリー・スマイル』の時に使っていた事務所と同じ。なので、ワクワク感や新鮮さはない。いつもの道、いつもの光景。なにも変わらない。
扉を開けると、プロデューサー兼社長がいた。
「やあ、琴寧」
「お久しぶりです」
「参加してくれてありがとう。人が集まらなくて大変だったんだ。今回はな、バディ系のアイドルとして活動して欲しくてな。二人組で、二人の関係性を重視するアイドルグループだ」
「関係性……ですか?」
「ああ、枠組み的には少し違うんだが、わかりやすいところでいうと百合営業ってやつになるか。二人の仲の良さを推させるってコンセプトだ」
言わんとしていることは分からないこともない。
『スマイル・スマイリー』時代にもカップリングなるものが存在していた。メンバーとメンバーの関係性を推す? というものらしい。世の中にはそういう楽しみ方もあるのだなあと俯瞰していたのが懐かしい。
説明を聞いていると、事務所の扉が開く。
金色の長い髪の毛。胸は控えめその代わりに腰も引き締まっている。全体的に華奢な印象を与える私と同い年くらいの女の子がそこに立っていた。
「ここで……合ってますか?」
「やあ
どうやら彼女が私の新しい相方のようだ。
「紹介に預かりました、狭山琴寧です。これからよろしくね」
「…………」
手を出して握手を求めるが、睨まれるだけで握手されることはない。
え、なに? どういうこと?
と、混乱していると。遅れて手を取る。だけれど、目は合わせてくれなかった。
◆◇◆◇◆◇
プロデューサー兼社長は気を利かせて事務所を後にし、私たちは二人っきりになった。
とりあえず適当に会話して相手のことを知れ、と言われた。
そんなん言われても難しい。
海老名さんはスマホを触って、私のことを完全に無視しているし。
かと思えば、スマホを机に置いて立ち上がる。
「すみません、御手洗ってどこですか?」
「ああ、あっちだよ」
私は指をさして教える。頭を下げた海老名さんは私の前から御手洗へと向かい、姿を消す。
机の上に置かれているスマホは光る。通知が入ったようだった。見るのはよくないよなと思いながらスマホをちらりと見る。
『@pyonpyon2222 勇者あいうえおさんがいいねしました『最悪 たまたまクズアイドル狭山琴寧と出会った 謝罪もせず逃げるヤバいやつ』』
このユーザーネーム、私のえぐいアンチのユーザーネームだ。
そのユーザーネームが表記されていて、いいねしましたという通知が入ってきている。つまりこのスマホの中にはアンチのアカウントが入っているということで。スマホの所有主は私のアンチ、ピョンピョンということで。
――私は、アンチとアイドルを組むことになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます