最愛よ、
水辺蓮花
最愛よ、
『陛下、王妃様、どうかお気を確かに……ッ!! どうしてこんな時に王立騎士団は動かない!? 城内の大聖堂で両陛下が襲われたというのに……!! ああお嬢様、申し訳ありません、このエンシエロめはお嬢様に不幸な目にばかり合わせてしまう。こんな私にお嬢様はあんなにも懐いて、愛を分け与えて下さったというのに、私には何も出来ない……!! お嬢様、敬愛するお嬢様。最期まで締まらないこんな執事を、どうかお許しください。そして、貴女は、貴女だけは、幸せになってください、ま、せん、か……』
何だか緊張した空気で、イリアの自室は満たされていた。姫様、と小さく手をこまねかれ、てててと近寄る。そこには、小豆色の髪を三つ編みに纏めた、わたしと同じくらいの背丈の女の子がもじもじとしながら待っていた。
「姫様、この子が将来、姫様の専属メイドとなるベリーですよ。姫様と同じ五歳です。ほらベリー、挨拶してください?」
「こ、こんにちは、イリアさま……! よろしくおねがいいたしますっ」
「……ええ」
「姫様……?」
「なんでもないわ。ベリー、よろしくね」
「はいっ!」
「ふふ、仲良くなれそうで安心しました。このまま遊びに行かれますか?」
メイド長はにこやかに声をかけるが、わたしは首を振った。
「うーん……いいえ、すこしひとりにさせてちょうだい」
「まあ。かしこまりました」
自室の扉を閉めた瞬間、座り込んだ。どことなく溢れてくる不安がわたしを襲う。膝に目を押し当てていると、ふいに扉の外から声が聞こえた。
「姫様、最近頭の中がうるさいっておっしゃるの。やっぱり、両陛下が亡くなられてから混乱しているのかしら……」
「きっとそうよ。王妹夫婦の政治だってまだ、安定していないでしょう? きっとご不安なのよ」
「それにしても。ベリーと姫様、良くやって下さるといいのだけれど。私達もいずれは老いる身でしょう、早く両陛下と執事の代わりになってほしいものね」
「えぇ、そうね……」
廊下から聞こえてくるメイド達の声が、頭の中の声と混ざって気持ち悪い。そんな、わたしはそんなもの望んでないのに。ベリーだって、まだ仲良くなれるかわからない。かあさまに言われたもの、イリアは人見知りだものねって。
「かあさま、とうさま、なんで……」
もう居もしない執事に向かってぼやく。わたしのしあわせは、どこ。
「せろ、せろ……」
――どうなさいましたか、お嬢様。
頭の中がうるさい。
――大丈夫、私はいつでも貴女の幸せを願っていますよ。
頭の中がうるさい。
――貴女が私を忘れない限り、ずっと貴女の中にいますから……。
頭の中が、うるさい。
ことり、と、飲み終わった紅茶の入っていたティーカップをソーサ―に置く。甲斐甲斐しくわたしの世話をするメイド達の中の一人が、わたしに話しかけた。
「姫様、あの。ベリーと仲直りしませんか? あの子も反省していましたし、お二人とも、悪気は無かったのでしょう。だから……」
「いやよ。……人払いをしてちょうだい」
は、はい、と尻込みしたメイドを背に立ち上がり、ベッドの上にぼふんと座る。金色の髪をくるくると弄っていると、不意に上から声が降って来た。
「――お嬢様。今度はどうしたのですか」
セロだ。最近わたしの前に現れた、新人の執事。
「セロだってその場にいたでしょう、わたしのだいじなペンダントが、池におちるしゅんかんを」
「元王妃様の形見のことですか。確かに、居ましたねえ。見たい見たいとせがんだベリーに抵抗していたら、ぽちゃん、と。見事に落ちてしまっていました」
「なかなおりなんてしないわ。あの子のこと、ずっとへんだなっておもってたもの。おかしなくらい元気だし、わたしを外につれ出そうとするし、なんでも見たい聞きたいっていうし。
さいきんのメイドたちだってしんじられないわ、何だかむりやり、わたしとベリーをなかよくさせようとしてるように見えるのよ」
「ふふ、お嬢様は目ざといですね。確かに、私にもそう見受けられますよ。……ですが、それと仲直りの話は別です。貴女はもう八歳、未来の国のためにもここは安泰に抑えなくては」
「今その話はかんけいないじゃない! ふんっ、セロだって、わたしに味方してくれないのね。わたし、ひとりぼっちなのに」
セロが、ベッドに沈んだわたしを覗き込む。その瞳は、常に優しく、そして動じない。
「おや。そんなことありませんよ。私はいつだって貴女の味方だというのに」
気配の薄い、しかしはっきりとした存在感のある彼の言葉は、妙に信憑性があって。
ベリーにあやまってくる、と口に出すのに、そう時間はかからなかった。
「ねぇ、セロ」
「何で御座いましょう、お嬢様」
「私、まだ十一歳じゃない?」
「ええ。先日、誕生パーティーを迎えられたばかりですね。私も同伴させていただいた筈ですよ」
「そう、その、誕生パーティーのことで……」
「……もしかして、ご婚約のことを心配していらっしゃいますか」
「――そうよ。だって、おかしいと思わない? 隣国との諍いが発展しないように婚約を結ぶなんて……一国の姫である私を何だと思っているのかしら」
「……お嬢様」
「これじゃあ、父様と母様みたいにしあわせな生活はできないわ。二人とも、ずっと祈ってくれていたのに……。こんな国の、あんな所で死んだ二人に、娘のしあわせ一つあげられない」
「……」
「ねえ、セロはこの婚約に何とも思っていないの?」
「……そんなことは御座いません。むしろ、お嬢様のことを微塵も考える姿勢を見せない王妹夫婦方の政治、誠に遺憾に思っております」
この執事は私が思っていた以上に、私のことを思ってくれていたらしい。その怒りを正面から受け取った私は思わず目を見開いた。
「そ、そう。……ふふ、それなら良いわ」
満足気に紅茶を啜る私に、セロは不思議な様子であったが。
不意に、セロが私の前に跪いた。徐ろに、私の手が取られる。
「お嬢様。私は、いつでもお嬢様の心の中に御座います。病めるときも健やかなるときも、そして、お嬢様が何処に向かおうと。ここに居ります」
真っ直ぐな眼に貫かれ、思わず笑みが溢れる。
「ええ、知っているわ。何処までも着いてきてね、セロ。私の執事」
「ッセロ!!」
イリアの自室の扉がバンッと大きな音を立てて開かれる。音の持ち主は勿論私だ。室内を掃除していたベリーが、小さな悲鳴を上げた。
「ひ、姫様!? どうなさいましたか……?」
「セロ、セロはいる!?」
落ち着き払ったメイド長が静かに答えた。
「セロ様なら、いつも通りここにいらっしゃいますよ。それより姫様、もう齢十四になるのですから、そろそろ立ち振る舞いというのを……」
「お嬢様? どうなさいましたか」
「セロ……! 人払いをして頂戴。今すぐに!!」
息の荒い私を前に、新人メイド達がたじろぐ。
「メイド長、どうしましょう……」
「……今は話になりそうもありませんね。皆、捌けなさい」
「はっ、はい!」
途端に静まった部屋の中で、セロがゆっくりと顔を出す。
「……これはこれは、随分と騒がしい。どうしましたか、お嬢様」
「セロ、セロ、父様と母様の死因が、事故じゃないって……!!」
「……成る程。どこからその情報を?」
「いつも通り城の大聖堂へ父様と母様に祈りを捧げようとしていたの、そうしたら、大司教と侍女が話しているのを聞いてしまって……どうしましょう、どうしよう、セロ」
「一先ず落ち着いて下さい、イリアお嬢様。焦りは禁物ですよ」
肩にセロの手が置かれる。白い手袋越しに感じた体温は、ひんやりと冷たかった。
「お嬢様は、これからどうしたいですか。真実を知った以上やることと言えば……」
「……復讐。二人を殺した犯人を見つけ出すわ」
「見つけ出したら何をするおつもりで?」
「分からない。でも、この事実を揉み消したこの国で、私がしあわせになれる道なんて、無いわ。いっそのこと、私も一緒に死のうかしら? テロよ、一国の姫が上げた一大テロ。どうセロ、ワクワクしない?」
「……お嬢様」
震える手からティーカップが落ち、割れる。歪な破片を拾いながら、セロが静かに言った。
「お嬢様が成すことを、私は止めることが出来ません。ましてやテロなど、一介の執事にはどうすることもできないでしょう」
「せ、セロ、でもね」
「――ですが。お嬢様が眠っている間、協力することは可能です」
セロが片頬を釣り上げる。悪巧みをするときの顔だ。
「さあ、どこを爆破しますか。どこで死にますか。どこで、しあわせになりますか。全てはお嬢様にかかっていますよ」
「セロ……」
ティーカップの破片を手で繋ぎ合わせてみせたセロの表情は、楽しそうにも哀しそうにも見えた。
「私、勉強するわ。誰が二人を殺したのか、どうして二人は死ななければならなかったのか、どうすればこの連鎖を止められるのか、そして、どうすれば復讐が果たせるのか。……交渉とか、そういう敬語は苦手だからセロ、お願いね?」
「勿論で御座います。このセロに、全てお任せ下さい」
ふたりの長い髪が、開け放たれた窓から吹く風に揺れる。何かが、始まろうとしていた。
大聖堂の中心でただ、座り込んだ。三年間かけてやっと作り上げた大切なそれを抱え込んで、イリアは微笑む。もう、十七歳になる。
何度も何度も計算して、現地に赴いて、計画は完璧なはずだ。今、この国の聖堂には、人っ子一人いない。
……だから、爆破する。
大司教の反感を買った、ただそれだけの理由で、殺された両親。私のだいすきな、父様と母様。
宗教なんて吹き飛んでしまえ、それがもし誰かの大切を奪うものならば。聖堂や製造を作る工場にだって、爆弾が仕掛けてある。そこに人がいるかどうか何て、私の知ったことではない。ただ、遂行するのみ。それだけだ。
縒れた執事服を掴んで問いかける。少女はひとりだった。
「ねえセロ、一緒に死んでくれる?」
「――それがお嬢様のしあわせというのなら、喜んで」
三、二、一.最期へのカウントダウンがなされた後、大聖堂は炎に包まれた。
騎士団とメイド達で溢れ返った城内は、どの町のどの聖堂が、工場が爆破されたとかいう情報が行きかい困難を極めていた。
「姫様! 姫様!! どこにいらっしゃいますか!!」
「ベリー、落ち着いてください。セロ様に確認は取れないのですか」
「セロ……? セロとは、姫様が可愛がっていた人形のことではないのですか?」
騎士は目を丸くする。
「は……? では、姫様の執事は何という方ですか?」
「姫様に執事などいらっしゃいません。先代のあの事件があってから、メイド達のみでお世話をさせていただいております」
城の壁を打ち破った男達が叫ぶ。
「今セロって言ったか!? 三ヶ月くらい前だったか、うちの工房に、セロを名乗る不審な長髪の男が来てよォ、それが何か関係あるんじゃねェのか!?」
「おい、今すぐその姫様とやらを捕まえろ!! そいつ、この町の聖堂を嗅ぎ回ってたんだ、そいつが犯人なんだろ!! 長髪のイリアって奴だよ、なぁ!!」
ベリーは全身を震わせながら呟いた。
「犯人は姫様で、セロは存在していて、存在していなかった……?」
『――騎士団からの報告です!! 城内の大聖堂で、イリア様お一人のみの亡骸が発見されました!! 繰り返します、城内の……』
以下 国内聖堂及び聖堂工場大規模爆破・テロ容疑者の遺書より
「貴方がこの手紙を読む頃、私はもう死んでいるでしょう。貴方、が誰かは私にも分かりませんが。しかし、私が死んだ理由は貴方にもおありです。私のしあわせを、父様と母様を殺したのは、大司教であり、侍女達であり、観衆であるのだから。
私のしあわせは、生憎この国には無いらしいのです。だから、死にます。きっと、エンシエロが知ったら悲しむでしょうね。エンシエロは、私の父様達の執事。私のことも大切にして下さったわ、一生忘れない。死んでも、ね。
さて、皆様が抱えている一番の謎、それは私の執事、セロのことかしら? そうよね、だって彼は私の唯一で、誰にも触れられない存在だから。あえて答えを言うならば、私は彼で、彼は私だ、ということ。この意味が解ったら、私の死体の意味も分かるはず。
ではさようなら、この醜き世界。おやすみなさい。
最愛の父様、母様、執事エンシエロへ捧ぐ イリア・クライ・オーラローン」
最愛よ、 水辺蓮花 @renge_mizube
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