第15話
確かに不審な点はあった。みっつめの遺跡までの道を不死鳥は案内したがらなかったし、それ以前にも、太陽に照らされている間はその身を地につけなかった。かの鳥は長い間、夜闇にその身を隠すようにして空を飛んでいた。
「……私はずっとあれを不死鳥だと思い、接してきた」
王は、熾した火のゆらめきを受けて、その表情を揺らがせている。そこには失望や怒りが浮かんでは塗り替えられ、見ている客人のほうにも動揺が伝播するほどだった。
「だがもし、あれが偽物で、本物の不死鳥がいるとしたら─」
「カシュハさま……」
客人は王の様子を恐れながらも、そっと声を出した。
「けれど、あの方は戸惑いながらも、わたくしたちをここまで案内しました。本当にあの方が不死鳥ではなく、その事実を隠したいのなら、何をしてでもわたくしたちをここから引き離したはずです」
言いながら、タタユクの胸には違和感が残っていた。王はそれを見抜いて、するどく問いかける。
「ではそなたは、あれを何だと思っているのだ?」
「それは……わかりません」
「私もだ。二十年あまり共にいるのに、正体が分からないとはな。騙されていたのか、真実を話すに値しないと思われていたのか……真実を知りたくないと思ったのは、人生で初めてだ」
二人は焚き火が揺れるさまをずっと見つめていた。その日だけは口を閉ざして、自分しか信じられないとでもいうように、己の体を抱いて眠った。
翌朝起きると、水のたっぷり入った水筒が砂の上にふたつ置かれていた。不死鳥が持ってきたのだ。
「……本当にこの旅を続けてよいのでしょうか」
客人の声に王が振り向くと、途方に暮れたような顔があった。
「分からない」
王は、出立の準備を整えながら、はっきりと答えた。
「分からないが、続けられるのならば、続けたい。この国の真実がたとえどんなものでも知らねばならない。私はこの国の王なのだから」
タタユクはカシュハの明瞭な信念について、ほんの少し畏れを感じていたが、この頃には、それを理解せざるを得なくなっていた。
王は、王だ。その決断にはつねに責任と未来がある。
「わたくしも、可能な限りお供いたします」
「そう言ってもらえると助かる。私は一人ではこの国を歩けぬからな」
そう言いながら、王は客人よりはるかに滑らかな動きで足を進めている。
「あなたに翼があればよかったのに」
客人がぽつりと呟くと、王は吹き飛ばすように笑った。
「この私に? よせ、翼などあったら大変なことになる。私は際限を知らぬ。どこまででも高く遠く飛んで、この地に帰ってこないだろう。そなたもそうではないか?」
「……ええ。確かに、そうですね。知らぬ土地がある限り、そこに行きたいと望んでしまう気がします」
「人に翼がないのはそういう訳だな。土地が私たちを愛するがゆえに、縛り付けているのだ」
「それをただ享受するのはなんだか悔しくないですか」
「まあな。けれど心はいつでも自由だ、さほど腹は立たぬ。土地や星のかけらがどれほど私を縛り付けても、私はいつでも、どこにでもゆける。そなたが山を越えてここに来たように」
「あなたが王でありながら旅に出たように?」
「はは。そうだ」
二人はいつもの調子を取り戻して、次の遺跡をめざした。不死鳥が二人を呼ぶように遺跡の上空で飛んでいたため、迷うことはなかった。
変わったことといえば、夜になると二人は火のそばで隠れるように背を丸め、不死鳥の正体について話し合うようになったくらいだ。
「たとえば、元々不死鳥は双子で、赤い方が先に死んでしまったので残った片方が後を継いだのでは?」
「全く別の種類の鳥が乗っ取ったのかもしれない。豊かな暮らしを享受するため、本物を殺して成り代わったとか……」
「……魔法で姿を変えられてしまったとか?」
「魔法? 面白い考えだ。美しき鳥がなぜ醜く変身したのかは分からぬが……タタユク、そなたならどんな姿を望む?」
「えっ? そ、そうですね……まず、この髪をまっすぐにします」
「髪? その肌ではなく?」
王のてらいのない声音に、客人のほうが面食らった。戸惑いながらも言葉を続ける。
「あ……ええ、そうです。わたくしの国では、ある長さまで髪を伸ばさなければいけないのですが、このうねった髪はいつも視界を塞いで邪魔なので……」
「なるほど、そうか」
どうしても我慢ができず、タタユクはそっと王に問いかけた。
「……あの、なぜ肌だと思われたのですか?」
王は何を聞かれているか分からないという様子で首を傾げる。そして、太陽が毎朝昇ることを話すのと同じような声音で、こう言った。
「そなたの肌にはそばかすやほくろがあるだろう。それを消したいと願うものだと思っていた。肌は一色であるほうが美しいからな」
「──」
タタユクは一瞬、言葉を失ったが、すぐに顔を上げて王の瞳を見つめ返した。
「─森林の民にとって、そばかすや痣や傷跡は、木々の種や生い茂る葉に─あるいは空に満ちる星などに例えられます。それはつねに命や輝きを指すもので、醜さを指すものではありません」
王は客人の怒りに少し驚き、ひるんだあと、彼はこんな人だっただろうかと思った。
小さな体で、見知らぬ土地で、そして暗い宵闇の中で、これほど強く輝く人だっただろうか─。
「私の無知で、そなたを傷付けてしまったようだ。すまない」
王の謝罪は本物だったが、客人がそれを受け取るかどうかはわからなかった。ひと息遅れて冷たい汗を垂らしはじめた王は、火に照らされる客人の頬を見ながら、祈るような気持ちになる。
「このさき、わたくしの肌を汚れたものとして扱わないと、約束してくれますか?」
その声が震えていることに気付いて、王は自分の手をぎゅっと握りしめた。
「誓おう。もう二度と、そなたを形作るものをけなしたりしない。かぎりなく努力する」
客人はぱっと顔を上げて、いびつに歪んだ眉をさらしながらも、ふっと笑った。
「なら、いいです」
そのとき客人の心臓ははげしく動いていた。それが落ち着くころには、二人は小さくなった火のそばで、心地よい寝息を立てていた。
そんなふうに、不死鳥の謎は解けないまでも、二人は着実によっつめの遺跡に近づいていた。
いくつかの夜を越えて、遠くに石の影が見えはじめたころ、急に二人の上に大きな影が落ちた。
『カシュハ、タタユクよ』
「!」
太陽の光をさえぎるように羽ばたくその姿は、逆光のために影の色しか見えない。
『もう行き先は見えているだろう。我は少しのあいだ、王都に戻ることにした。最近、空気がどうにもおかしいので、少し王都の様子を見てくる。明日の朝には戻るだろう』
そう言って大きな足から筒を手放した。地上にいた二人の手に、水筒が落ちてくる。
『ではな』
二人の言葉を待たずにその鳥は高く舞い上がり、羽ばたいていく。遠くから太陽の光りを受けたその体は、やはり影の色をしていた。
「……空気がおかしいとは、どういうことでしょう?」
「さあ……ここにいると、ずっと同じ風が吹いているから、感覚がずれていくようだ。砂漠の国では何か変化が起こっているのかもしれぬ」
二人は不死鳥の体の色については何も言わなかった。すぐに振り返って、よっつめの遺跡に向けて歩き出した。
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