本編

「蛍」

(幼少期)

元(幼):「おはよう、楓。」

楓(幼):「あぁ、元(はじめ)ちゃんおはよう。」

「こんなに早くから、どこか行くの?」

元(幼):「うん!太一が、隣り村の池にでっかい魚がいたって言ってたから、捕まえに行って来るぜ!」

「楓も一緒に来るか?」

楓(幼):「うーん。お父様があまり遠くへ行くのは許してくれないから……。」

元(幼):「そっか…。」

楓(幼):「帰ってきたら、お話聞かせて!」

「元ちゃんのお話、楽しみに待ってるわ!」

元(幼):「おう!行ってくるぜ!」

 

元:九州の、のどかな田舎の村。

そこが俺達の育った場所だった。

俺は、元気だけが取り柄のクソガキで、毎日野山を走り回って過ごしていた。

楓は村長の娘で、穏やかで気立てのいい娘だった。

男女問わず友達が多く、男子の中には好意を寄せる奴も少なくはなかった。

そんな楓だが、なぜか俺とは馬が合い、共に過ごす中で、お互い恋心を抱くのも定めだったと思う。

そんな俺達は戦争が激化する中で育った。

  

(数年後、終戦が近づく中。)

 

元:「楓!行くぞ!」

楓:「元ちゃん、いつも迎えに来てありがとう。」

元:「気にすんなって!」

「最近、戦争も激しくなってきて、いつ何が起こるか分からないし、お前一人じゃ危ないからな。」

「楓の事は、俺が守る!なんてな、ははは。」

楓:「ふふふ、元ちゃん、頼もしい!」

元:「今は俺が楓のそばにいて、守ってやる事もできる…。」

「でも、学徒出陣も始まって、いつ御国のために招集されるか……。」

楓:「元ちゃん……。」

元:「まあ、そん時が来ても、御国と楓を守るため全力で戦ってくる!」

楓:「……ありがとう。」

元:「何しょぼくれた顔してんだよ!」

「お前は、そんな顔してないで俺のそばで笑ってればいいんだよ!」

楓:「うん!」

元:「あ、そうだ!」

楓:「どうしたの?」

元:「この間、いい場所見付けたんだ!」

「楓に見せたやりたいなって。」

楓:「わぁ、何かしら?」

元:「それは秘密!」

「そうだな…今日の夜、連れてってやるよ!」

楓:「夜出掛けるのは……ちょっと。」

元:「心配すんなって、村長には俺がちゃんと話してやるから!」

楓:「うふふ、ありがとう!」

「楽しみに待ってるわ。」

 

楓:元ちゃんは、真夏の太陽の様に力強く、いつでもキラキラ輝いている。

小さい頃から変わらない。

真っ直ぐな瞳で、どんな事にも全力で向かって行く、そんな元ちゃんが私は大好きだ。

いつまでも、そばにいたい…。

それが私の願い。

 

(その日の夜)

 

元:「楓!お待たせ!」

楓:「お父様……どうだった?」

元:「ん?(村長の真似をしながら)『元が一緒なら安心だな。楓を頼むぞ。』だってさ!」

「さすが、俺!ヘヘン!」

楓:「うふふ。ありがとう、元ちゃん。」

元:「それじゃあ、早速行くか。」

楓:「うん!」

(歩きながら)

楓:「ねえ、元ちゃん?」

「どこに連れて行ってくれるの?」

元:「村の小川まで。」

楓:「小川?小川に……何かあったかしら?」

元:「まあ、俺について来れば分かるって。」

(少し間)

楓:「もうすぐ着くわね。」

元:「おう。じゃあ、ここからは目を瞑(つぶ)って。」

楓:「目を……瞑ってら、何も見えなくて……怖いよ。」

元:「大丈夫、ちゃんと手を引いて行くから。」

楓:「う……ん。」

元:「ほら、おいで。」

楓:「なんか……少し恥ずかしいね……。」

「手を繋いで……。」

元:「そ、そう言われると……ちょっと照れるな。」

楓:「手を繋いで歩くのなんて、子どもの頃以来だもんね。」

元:「そうだな。」

「子どもの頃から変わらない。」

「俺のそばには、いつも楓がいてくれた。」

楓:「うん。」

元:「これからも、俺のそばで笑っててくれ。」

楓:「うん、ずっと一緒にいようね。」

元:「あぁ、もちろんだ。」

(少し間)

元:「よし、着いた!」

「楓……目、開けて。」

楓:「(目を開ける)うわぁ……きれい!……蛍。」

「ここの小川に、こんなにたくさん蛍がいるなんて、知らなかった。」

元:「すげぇだろ?この間見付けたんだ。」

「ここを見付けた時、楓見せてやりたいなって思って……。」

楓:「ありがとう、元ちゃん。凄く綺麗……。」

「空のお星様が、落ちてきたみたい。」

元:「あのさ……楓。」

「俺、お前にちゃんと……伝えておきたくてさ。」

楓:「ん?どうしたの?」

元:「最近、戦争の状況が変わってる。」

「学徒動員も始まって、俺達と変わらない年の若者達も、戦地に赴いてる。」

楓:「そうね……村の若者にも、少しずつ召集令状が届いてるって、お父様が言ってたわ。」

元:「俺も、いつ招集されるか……分からない。」

「だから、今まできちんと伝えられてなかった事、楓に伝えておきたくて。」

楓:「……うん。」

元:「子どもの頃からずっと一緒で、傍に居られる事が当たり前だったけど、いつ離れ離れになるか分からないと思ったら……俺にとって楓の存在が、どれだけ大きなものなのかって、改めて思い知らされた。」

「今まで、ちゃんと口に出して伝えられなかった……だから今日は、言葉にして言おうと思う。」

楓:「……うん。」

元:「楓!」

楓:「はい。」

元:「俺は一人の女性として、楓の事が好きだ。」

「これからも変わらず、俺と一緒にいて欲しい。」

楓:「元ちゃん……ありがとう。嬉しい……。」

元:「へへへ」

楓:「私も、元ちゃんの事が大好き。」

「これからも、よろしくお願いします。うふふ」

元:「な、なぁ、楓。」

「蛍には、色々ないわれがあるんだ。」

「死んた人の魂が宿るとか、恋が成就するとか……。」

楓:「人の魂が宿っているっていう話は、昔の和歌にも残ってるわね。」

「でも、恋愛成就の意味があるって言うのは、初めて聞いたわ。」

元:「恋愛成就は、蛍の光が求愛行動って事に由来してるみたいだな。」

楓:「そうなんだ……。」

「儚げで、神秘的な光……ほんとに綺麗。」

「また来年も、一緒に見に来たいな……元ちゃんと。」

元:「……そうだな。」

「戦争が終わって、穏やかな日常が戻ってきてるといいな。」

楓:「……うん。」

元:「さぁ、あんまり遅くなると村長も心配する。」

「帰るか。」

楓:「うん。」

元:「今日は、楓とここに来られてよかった。」

楓:「また二人の思い出ができたね。」


 (間)

 

元:初夏の夜。

青葉の間を吹き抜ける風が、心地よかった。

激しくなる戦火、束の間の穏やかな時間だった。

しかし、次の日……俺の元に、招集の知らせが届いた。


(少し間)

(元のもとに駆けつける楓)

 

楓:「元ちゃん!召集令状が……届いたって、お父様から聞いた。」

元:「あ、あぁ……。すぐに楓に知らせたかったんだけど……伝えづらくて。」

楓:「うん…。」

元:「(決意を決めた感じで)不肖小林元、御国の為に身命(しんめい)を賭して戦地にて戦って参ります。」

楓:「(気持ちを抑える様な声で)おめでとう……ございます。」

元:「……」

楓:「……」

元:「出発は3日後だ。」

楓:「はい……お見送りに……行ってもいいですか?」

元:「あぁ、待ってるよ。」

「準備があるから、今日はこれで。」

楓:「うん。また……ね。」


(少し間)

 

楓:いつか来ると分かっていたこの日が、とうとう来てしまった。

入隊は御国のために戦う誉れと、喜ぶべきものだと理解はしている。

だが、私の心の中は、喜びとは反対の感情に占められていた。


(出兵当日)

 

元:出兵の当日。

 駅までの道のりは、村の婦人会の人をはじめ、大勢の人達が、旗を手に列続を作っていた。

方々(ほうぼう)から『万歳!』『おめでとう!』と俺を見送る声が上がる。

俺はこの村で、楓と過ごした日々、戦争ごっこをして遊んだ事や、学校の軍事訓練の事を思い出していた。

そして兵士として戦争に参加できる栄誉を噛み締め、この時を迎えていた。

しかし一方では、幼い頃から教えられた、御国のための戦死が名誉であり、親孝行であると言うものに、疑問も湧き、心が揺れ動く弱い自分もいた。


(少し間)

 

元:「本日、出征する事となりました。」

「御国のために戦地に赴く事は、何よりの誉れと喜んでおります。」

「今後は軍務に邁進致します。」

「皆様、お見送り誠にありがとうございました。」


元:見送りの中には、楓の姿もあった。

しかし、視線を合わせるだけで、言葉を交わすことはできなかった。

見送りの声を背に聴きながら、思いを断ち切る様に、振り向く事なく汽車に乗り込んだ。

 

(間)

 

楓:元ちゃんが出征してから一月程経った頃、一通の手紙が届いた。

逸る気持ちを抑えながら、封を開く。

そこには、見慣れた、力強い少し角張った文字が並んでいた。

 

元:「拝啓。お元気でお過ごしですか?」

「俺は上官から勧めもあり、海軍から航空隊に転属しました。」

「航空隊では、戦闘機の操縦技術の訓練に務めています。」

「いずれは、神風特別攻撃隊(しんぷうとくべつこうげきたい)として出撃し、一矢報いる所存であります。」

「また近いうちに手紙書きます。」

「遠い地より、楓のご健勝をお祈り申し上げます。敬具」

楓:「元ちゃん……。」

楓:神風特別攻撃隊(しんぷうとくべつこうげきたい)、通称神風特攻隊(かみかぜとっこうたい)。

爆弾を搭載した航空機で、敵機に乗員ごと体当たり攻撃する戦法を取る部隊。

これは戦死を前提とした戦法であり、元ちゃんが神風特攻隊として出撃するという事は、もう二度と私の元に姿を現す事がないと意味している。

私はただ、元ちゃんの無事を祈る事しかできない。

不安ともどかしさばかりが募る。

元ちゃんの名前を呼ぶ声と共に、涙があふれ出して来た。


(少し間)

 

元:楓に手紙を出してから、俺は訓練や配属地の移動など忙しい日々が続いていた。

近いうちに手紙を……と書いたのにも関わらず、書けずにいた。

ある日、訓練から帰ると、戦友から『おめでとう』と声が掛かった。

その言葉を聞いて、俺は覚悟を決めた。

基地の黒板に、俺を含め数名の出撃命令が書かれていた。

その夜、俺は楓に宛てた、最後の手紙を書いた。


(少し間)

 

楓:待ちに待っていた、元ちゃんからの手紙が届いた。

元ちゃんの見慣れた字だったが、幾分震える様な筆跡が気になった。

元ちゃんの近況が知りたく、慌ただしく封を開く。


元:「拝啓、楓。お元気ですか?」

「村の皆は、変わりないでしょうか?」

「なかなか手紙を出せず、すまなかった。」

「俺は、五日後出撃する事となりました。」

「今は、御国の、そして天皇陛下の御盾(みたて)として、お役に立てる幸福感で一杯です。」

「必死必中。日本男児として怨敵目掛け、華々しい戦果をおさめてきます。」

「出撃の日、村の上空をに航路を取る予定なので、俺の勇姿、笑顔でお見送りください。」

「今まで、本当にありがとうございました。」


楓:短い手紙を読み終えると、涙が溢れてきた。 

特攻隊に配属されたと知った時から、この日が来ると覚悟はしていたつもりだった。

元ちゃんとの楽しかった思い出が、頭の中を駆け巡る。

もう二度と、あの穏やかな時は戻らない。

その夜は、泣き疲れて眠るまで、元ちゃんの手紙を胸に抱き泣き続けていた。

 

(出撃前)

 

元:「田口…それはそろそろ出撃する。」

「お前に、一つ頼みたいことがあるんだ……。」

「最後の願いだ。」

「もしこの戦争が終わり、お前が生きていたら……この手紙を届けて欲しい。」

「ここに書いた住所と名前を頼りに……どうか……頼む。」

「(心を決めて一息つく)では、行ってまいります。」

 

(少し間)

 

楓:空を見上げた、初夏の澄み渡る青い空だった。

静かなこの村に珍しい、大きな音と共に、航空機の一団が通り過ぎた。

元ちゃん……私はいつまでも貴方と共にいます。

御武運を……。

 

(終戦後)

 

楓:元ちゃんが出撃してから数日後、日本の敗戦で戦争は幕を閉じた。

あと数日早く、戦争が終わっていれば、元ちゃんは……。

今更そんな事を考えても、なんの意味もない。

暗く沈んだ日々を送る私の元に、見た事のない田口と名乗る男性が訪ねてきた。

話を聞くと、元ちゃんの出撃前に、私宛の手紙を預かったので、届けに来たとの事だった。

もう二度と、受け取ることはないと思っていた、元ちゃんからの手紙に、心が震えた。

田口さんから、部隊での元ちゃんの話を聞かせてもらったり、幼い頃の話をしたり、二人で元ちゃんの思い出を分かち合った。

田口さんが帰ると、私は元ちゃんの最後の手紙を読み始めた。

 

元:「楓、この前の手紙には書けないことがあったから、戦友に手紙を託すことにした。」

「この期に及んで、俺が考えるのは、楓の声を聞きたい、話しをしたい、会いたい……まだ死にたくない……そんな事ばかりだ。」

「情けないだろう?」

「それは叶わないのは分かっている。」

「なので、散りゆく男として、楓に伝えておきたい。」

「俺の願いは、楓の幸せ以外なにもない。」

「俺の命は、明日にはもう無い。」

「楓がこれから生き続ける、『今』に俺はいない。」

「どうか、楓には『今』を大切に生きて欲しい。」

「過去になった俺に囚われず、『今』を大切に生きてくれ。」

「楓に出会えたのは、俺にとって最大の幸運だった。」

「小林元は、笑顔で征きます。」

「楓、今まで本当にありがとう。」

 

(間)

 

楓:手紙を読み終えると、頬一筋の涙が伝った。

夜風を入れるために開けた窓から、月を眺める。

心の中にいる、最愛の人を思い出しながら……。

吹き込む夜風と共に、窓から1匹の蛍が舞い込んできた。

元:「(回想)蛍には、色々ないわれがあるんだ。」

「死んた人の魂が宿るとか……。」

楓:二人で蛍を見に行った日の、元ちゃん言葉が蘇る。

元ちゃん……蛍になって会いに来てくれたのかな?

私も、元ちゃんと会えた事、本当に幸せだった。

私、元ちゃんが教えてくれた様に、『今』を大切に生きる……約束する。

私こそ、今まで本当にありがとう。

 

――完――

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桜雅 @harunimauyuki

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